第三章 ホープ編

第13話 ニコルの故郷へ

(な、なな、なななななななんで、どうして、ここにがいるのよ……!)


 石のように固まるディア。

 そんな彼女の目の前にはどこか嬉しそうなクリスと、今日知り合ったばかりの美青年が立っていた。


「紹介するね、ディア。こちらがカインに並ぶ僕の親衛隊の隊長、ジーク・フリクフト。僕の魔法の師でもあるんだ。今回の旅、僕とディアの護衛役をかって出てくれたんだよ」

「初めまして、ディア様。クリス様から常々貴女様のお話は聞いております。よろしくお願いしますね」

「あ、あぁ……ああ……よろじぐッッおねがいじまずッッ……」


 ディアは人間らしからぬ声を発することしかできなかった。

 何故なら彼、ジークは──


(ジークはっ!! クリス様とっ!! 「よくカップリングにされるキャラ・第二位」の人気を誇るキャラクターッッ!! サディストのジークと子犬系王子のクリス様は相性抜群なのよっ!)


 ディアは思わず鼻を抑える。案の定、鼻血が漏れていた。


(ど、どどどどどうしてジークがここにいるのよ!! 急にジククリ(ジーク×クリス)なんて目の前に現れたら尊すぎてこうなっちゃうじゃない!! 前世ではクリス様、カイン、ジークの主従トリオのほのぼの家族パロが流行っていたのよね~~! 私も大好きだった! とにかくジークはクリス様を語るにはなくてはならない存在ッッ!)


 ジークがそっとディアに手を差し出してくる。カインの腕の半分しかない白く細い腕に心臓が昂った。


(きゃあ! ジークが握手を求めてくる!? ファンサが凄いわ!!)


 ディアは鼻血をハンカチで拭き、震える手で差し出されたジークの手を握る。

 エメラルドによく例えられる彼の鮮緑色の髪が常に謎の光の粒子を放出しており、彼の顔のよさも相まって人間離れした印象を受けた。


(はっ! そうだわ、今は鼻血を流している場合じゃない! おお、落ち着くのよディア! まずは一旦落ち着いて、今の状況を整理しましょう!)


 ひとまずディアは深呼吸をする。しかし鼻血は未だに止まらない。

 仕方なくハンカチで抑えたまま、状況を整理する。


(え、えぇっと……先日、「黎明のリュミエール」の主人公、ニコルが闇落ち(?)してしまったことが発覚して……。私は思いだしたの……。ニコルに幼馴染がいたことを。それは、攻略対象キャラの一人であるホープ。ツンデレ世話焼き系イケメンのホープよ! 今回は彼の現状を確認するため、ニコルの故郷であるキタス村に出向きたいとお兄様に相談したのだけど──)


 ──「次期王妃候補としてキタス村周辺の森の魔物調査をしたい」という建前を添えて、リオンに相談するや否や、彼は「危険だ」とディアの相談を一蹴した。


 しかしディアは引くわけにはいかなかった。

 ホープは前述した通り、主人公の幼馴染。原作ではチュートリアルから登場するキャラクターだ。

 ニコルがあの状態だということは彼にも何かしらの影響が出ているはずだろう。ゲームの舞台である魔法学園に入学するまで、それを確かめなければならない。


 ……なぜなら彼も「クリス王子ラブラブ♡イチャイチャ溺愛大作戦」の一員(一方的)なのだから!


 だが、リオンが「危険だ」とディアを一蹴するのは当然のことだった。

 主人公の故郷であるキタス村はエーデルシュタインのずっと北の方に位置する辺境で、近くにエーデルシュタインで一番広大だとされるツルリの森がある。つまり、森を住処にしている魔物が出現するのだ。


(お兄様の気持ちは嬉しいわ。でも、私は「黎明のリュミエール」のキャラ達を全員守りたい。その一心で必死に頼み込んだら……どういうわけかクリス様が同行してくれるようになったのよね)


 実は今回の旅には最初はリオンが同行するはずだった。しかし彼はもう十五歳。あと一年に迫ったエーデルシュタイン魔法学園入学のための準備に忙しい。


 そこで、リオンが相談した相手がクリスだったというわけだ。彼はディアとの遠出を喜んで引き受けた。勿論、公爵令嬢と王太子を二人きりで遠出させるわけにもいかない。

 そこで王国一の魔法使いであるジークが同行することになったようだ。


 ──つまり、今の状況を簡単にまとめると、


①ニコル闇落ち発覚

②攻略対象キャラのホープの現状を確認するためニコルの故郷に行ってみることを決意

③ニコルの故郷への旅にクリスとジークが同行することになった


というわけである。


 状況の整理が終わったところで、ディアはクリスに質問をする。


「ところでクリス様。今回の旅はどのような乗り物で行くのでしょう? 馬車ですか?」

「ふふ。馬車で向かったらどんなに早くても半月はかかってしまうんだ。だから、もっと手っ取り早い方法で向かうよ」

「手っ取り早い方法?」


 コテンと首を傾げると、隣のジークが意味ありげに口角を上げた。

 ディアはなんだか嫌な予感がした。ゲームの知識によってジークが実はサディストであることを知っているからだろうか。


「──ディア様は、乗り物酔いはよくされますか?」

「乗り物酔い??」


 その時、ディアの背後から何者かが唸っている声がする。

 慌てて振り返ると、そこには──。


(……げぇッッ!!)


 ディアは突然現れたそのに全てを悟り、顔を青ざめた。


(げ、原作でも、コレに乗る描写はあったけれど……あまりにも揺れるから主人公が思わず嘔吐して、それを攻略対象キャラが介抱してくれるのよね。ファンの間からは「ゲ〇イベント」なんて言われていたけれど……!)


 鷲の頭に獅子の身体。そう、ファンタジー作品おなじみのグリフォンである。

 原作でも主人公達が急いでいる状況でよく移動手段として用いられていた。だが、前述の通り、乗り心地はよくないらしい。


(前世でも絶叫系マシーンは絶対無理だった私がグリフォンに乗れるのかしら……!)


 そんなディアの不安が伝わったのか。クリスが優しく彼女の手を握った。


「ディア、大丈夫だよ。僕が君を支えるからね」

「へあっ!? く、クリス様!?」

「気持ち悪くならないようにちゃんと酔い止め薬も用意してるから安心して。僕が君をキタス村まで安全に乗せていくから」


 突然の推しの柔肌がディアを襲う。石になるディアにクリスは照れ臭そうに微笑んだ。

 頬の熱を抑えるため、ディアは両頬を両手で隠し、クリスに背を向ける。


(な、なんだか、ニコルの一件からクリス様がやけに可愛い可愛いと私を褒めてくださったり、こうしてスキンシップをしてきたり、その、距離が近くなったような気がするけれど……し、心臓に悪いから困ってしまうわ……)


 しかしジークがそんな甘酸っぱい二人の間を割って入った。一瞬、ディアは寒気を覚える。


「いけません、クリス様。ディア様は私と同じグリフォンに乗ります。クリス様を信頼していないわけではありませんが、お二人に何かあった時、この方が都合がいいのです」

「えぇっ!」


 ジークの言葉にクリスは恥ずかしそうに頬を赤らめた。ディアにはその頭に垂れ下がった子犬の耳がはっきりと見える。

 可愛い。その一言を青空へ叫びたかったが、なんとか耐えた。


「ディア、ごめんね。僕が君を乗せたかったんだけれど……」

「いいえ、クリス様。クリス様のそのお気持ちだけで私はとっても嬉しいのです!」


(というか、クリス様が呼吸をしているだけで私は幸せなんだけどねっ!)


  結局、ディアはジークに後ろから支えられる形でグリフォンに乗った……のだが。


「ディア様、乗り心地はいかがでしょうか?」

「はぅっ!?」


 思わずディアは耳を抑える。

 ゲームでよく聞いた儚げな美声が耳元、それも背後から聞こえるシチュエーションに興奮しないオタクがいるだろうか。


(ジークが後ろでよかったわ! 逆だったら、ジークの服を鼻血で汚していたでしょうに……! というか、なんていうか、後ろから男性に抱きしめられるのって、前世も含めて家族以外初めて、なのでは……!?)


 ドクンドクンと素早く踊るディアの鼓動。グリフォンを御すための手綱を握るその腕の細さに驚きつつ、それに浮かぶ血管に目が向かってしまう。


(男性の腕に浮かぶ血管って……なんだかとってもドキドキするわよね……。これは──次の同人誌のネタにしましょう!)


「ディア様? 大丈夫ですか?」

「ハッ!! え、えぇ、だ、大丈夫ですわ!! えぇ、よろしくってよ! おほほ……」


 明らかに動揺を見せてしまったディア。そんなディアを見て、ムスッと唇を結ぶのはクリスだった。


 道中、たしかにゲームでニコルが嘔吐するのも頷けるような揺れと浮遊感にディアは襲われたが──ジークから漂ってくるフローラルな香りと彼の血管に夢中でディアがそれに気づかなかったのは幸いだったのかもしれない。

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