第22話:推しの為ならば
「……?」
痛みが来ない。それどころか、髪を掴まれている感触すら消えた。
ディアは恐る恐る目を開ける。
「ディア、大丈夫かい!?」
「クリス様!?」
空から降りてきたのはグリフォンに乗ったクリス。グリフォンは村に連れてきた残りの一体のようだ。クリスは地面に降りると、ディアを守るように立ち塞がる。
ニコルはどういうわけか二メートル程離れた場所で手を抑えていた。その手がここからでも分かるほど黒く焦げていたことから、おそらくクリスの光魔法を受け、後退したのだろう。
クリスはニコルから目を離さないまま、ディアに話しかける。
「村人達はみんな無事だよ! ジークのおかげでカインを始めとする僕の親衛隊が召喚されたんだ! それで、君を探しに来たわけだけど……」
ニコルは忌々しそうにクリスを睨んでいた。その瞳に憎悪がメラメラと滾っているのが伝わってくる。
しかし一転して、彼女は不気味な笑みを浮かべた。悪魔のように、口角をピンッと片方上げて。
「あぁ、そう。悪役令嬢のくせに推しとの関係は順調みたいね、ディア?」
「なにを企んでいるの?」
嫌な予感がする。
「アンタさぁ、攻略対象キャラ全員を幸せにするぅ~とかいう夢を本気で思ってるわけ?」
「本気よ。本気で救うわよ」
「……ほんっと、虫唾が走る。前世でもそういうお花畑思考のヒロインって大嫌いだったのよね。でも、いいわ。それなら存分に守ってみなさいよ!!
その瞬間。ニコルを囲んでいた狼、リスの魔物達が一斉にグリフォン二頭に襲い掛かる。ディアとクリスがそれぞれ連れてきたグリフォン達だ。
その一瞬にディア、クリス、ホープは気を取られてしまった。
ぐぐぐ、と力を溜めたニコルの両腕から二つの刃が放たれる。先程の刃よりも倍は大きい。
一つはホープに、一つはクリスに向かっていた。刃を放出したニコルは渾身の魔力を溜めたのか、その場に膝をつき、肩を上下させていた。
クリスとホープにも、魔物達が襲い掛かり、その対応で刃を避けられない。
どっちも守れ。ニコルの言葉の意味を理解したディアは固まる。
「あははははは!! この刃はアンタも全力で一か所に力を注がないと護れないわよ!! どうする? 魔力を分けて、二つ同時に盾を出すに賭けてみる? それとも、確実に一つの盾に魔力を充てる!?」
「……!!」
ディアが考えている暇なんてなかった。気づいた時には足が動いていた。クリスをめがけて。
それを見て、ニコルはそれはそれは満足そうに、腹を抱えて笑った。
「はぁ、あはははは!! やっぱりね!! アンタはどうせクリスを選ぶと思ってた! どんせアンタも最推しが一番なんでしょう!? 結局私と同じなのよ! どんなにいい子ちゃんぶってもさぁ!!」
「……何を言っているの? 私の意思は変わらない。どっちも守るわよ」
ディアは精一杯の強がりを吐き出した。その素っ頓狂なニコルの顔さえ見れれば満足だ。
足はクリスに向かったまま、手はホープの方へ掲げる。そして馴染みの呪文を叫ぶ。
「──
ホープの前方に白い盾が現れる。その盾は今度はしっかりと刃を受け止め、そのまま横にスライドし、ホープに襲い掛かる魔物の横腹に食い込んだ。
「嘘、ホープの方を守った!?」
ニコルは自分のその言葉がすぐに間違いだと理解する。
何故なら。
「──推しのためなら、」
ディアの身体が宙を舞った。血が散り、クリスの頬を汚す。
クリスが我に返ったのはディアがそのままクリスの前で地面にべしゃり、と倒れた後だ。
「ディア────!!」
クリスが叫ぶ。ディアの背中に、その細い身体を横断する傷が見えた。
慌てて周囲の魔物を光で追い払い、彼女に駆け寄る。ディアの顔からどんどん血の気が引いていくのがはっきりと分かった。
「ディア、しっかりするんだ!! なんて無茶を!! 自分の身体を盾にするなんて!!」
ディアは答えない。意識がないようだ。クリスは自分の上着を脱ぎ、ディアの背に押し付ける。
「止まれ! 止まってくれ! お願い、だから……!!」
「はは、ははは……。馬鹿な、女……」
ニコルは震える足で立ち上がる。しばらくディアの真っ青な顔を見ていたが、森の向こうからクリスを呼ぶ声がしたので、ホープに視線を移した。
「この馬鹿女のおかげで命拾いしたわね。次は殺すわ」
「……お前は、ニコルじゃねぇ」
ホープの言葉にニコルは嘲笑を浮かべ、地面に現れた楕円形の闇に吸い込まれていった。
途端に魔物達の狂化が解けたのか、狼達は逃げ去り、リス達は心配そうにディアの元へ集まってくる。
森の茂みから、十数の足音が近づいてきた。
「クリス様、ディア様!!」
「カイン!! 助けてくれ!! ディアが、ディアが!!」
クリスが泣きながら叫ぶ。カインはディアを中心に形成される血の水たまりを見て、目を大きく見開いた。
「こりゃあまずい! おい、医者だ!! 少しでも医療に心得があるやつはこっちに来い!!」
クリスはディアの頬に触れる。それは驚くほど白く、冷たかった……。
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