第6話 続かない世界

 季節は巡り、君と出会った春がやってきていた。


 君が亡くなるのはこの一年後の春だった。


 今から思い返すと、そこから一年も生きるのだからあの時君の病状が悪いのではないかなどと疑ったのは全くの勘違いだった。君に訊かなくてよかった。


『今年から受験学年だよ、まったく』


 中学三年生になった俺はもうすでに塾や学校や様々な場所で勉強させられる立派な受験生になっていた。


 将来の夢はまだ見つからず、それに基づく志望校もまだ決まっていなかった。


『そっか。私は受験の必要がないから楽でいいな』


 君は初めて会った時と比べるともう一年も経っているので素っ気なさは消え、だいぶ丸くなった。


 初めて会った時と変わらず、聞き上手の部分は健在だった。


『せめて中学卒業してから死ぬようにしてくれよ。俺なんて中学在学中にこの世界の意味を見つけるのは無理そうなんだから』

『善処するね』


 君の返事だけは、変わらず素っ気なかった。


 そんな素っ気ない返事をする君の顔は少し哀しそうで、こちらにもその哀しさが伝染ったのか、目の奥がツンとした。


 哀しそうな君を慰めるように、すぐそばに生えていた桜の花びらが何枚か東屋の中に入って君の顔にかかった。


『いや、やっぱり』


 中学卒業なんかじゃない。


『俺が人生を卒業できる日まで、生きててくれよ……』


 これまでの日々を思い出しながら言うと、思わず俺の目から涙が溢れ出た。


 俺たちは定期的に折れそうになってしまう。そのたび互いに支え慰めてきた。だけれど、君が亡くなった後の人生ではそんなことできない。


 そう考えると、人生に救いが一つもないように思えてきて、涙が激しくなる。


 君はまだ何も言わない。


『ねえ、有』


 いつも俺から話題を振るときと同じように君は言った。


『なに、命』


 俺もいつも命が話題を訊くときと同じよう返す。


『私が死んでも、君は生きてくれるよね……?』


 不安そうな顔で君は俺に尋ねた。


 俺は何か答えることができなかった。




 その日から君の対応は明らかに素っ気なくなった。それこそ初めて会った時と同じように。


 ちゃんといつもの場所に入るのだけれど、全然話してくれない。返しが短い。


 迷った挙句、俺は君に直接訊いてみることにした。


『ねえ、命』

『ん』

『なんでそんなに素っ気ない対応なの?』


 いつもの返しが来ないことに少し哀しみながらも、できるだけ責めるていると受け取られないよう、できるだけ柔らかい口調で訊いた。


『別に』


 別にってどういうことなんだ。そんなに変わってないと自分では思っているのか? それとも構われたくないだけなのか?


『なんか対応変わってない?』

『いや』


 やっぱりそんなに変わってないと自分では思っているのだろうか? それとも構われたくないだけだとでもいうのか?


『その、だいぶ変わってると思うんだけど』

『……』


 君は一瞬、見たことのある哀しい顔をしたが、直ぐに、初めて会った時よりも変化のない無表情になる。


『関係ない』


 そうか。


 やっぱり君から見ても、俺の意味はないに等しいのか。


 俺は君といても、自分の意味なんか見つけることはできなかったのか。


『……俺はもう帰るね。あと俺はもう明日からはここに来れない』


 意味がないなら仕方がない。


 求められないのに生きるなんて、自分が辛い。


 楽しくない人生よりは、死んだ方がマシに違いない。


 こんな辛い世界で生きていくなんて俺はやっていられない。


『じゃあね、命』


 命の名前を呼ぶのもこれで最後か。


 さようなら。

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