第19話 続く世界に俺はいない

 この世界に、俺の信頼できる人間が一人たりともいなくなった。


 もう俺は何を目標に生きればいいのかもわからなくなった。


 目的のない人生は空っぽで虚ろだ。


 今は俺は、空崎先輩が飛び降りた日に、ずっと屋上に雨の中座っていたせいで寝込んでいる。


 寝込んでいる間に春休みに突入したが、春休みが明けると学校に行く、ということが想像できない。


 空崎先輩のいない学校はあまりに虚しい。


 空崎先輩が生きていても空崎先輩は卒業したのだが、俺は空崎先輩によって心を支えられていたといっても過言ではなかった。


 そんな空崎先輩に二度と会えない。


 君を亡くした時の感覚が思い出される。


 こんなことを考えるだけでも、かなりの労力を要する。


 どうすればいいんだろうか。


 君や空崎先輩がいた間は、その瞬間瞬間が楽しかったし、それだけを楽しめばよかった。


 でも今はどうだろう。何事にも意味を感じられない俺がいる。


 こういうのを依存というのかもしれない。


 だが仕方がない。そうでもしないと俺は人生をやっていけない。


 かといって俺が死ぬことはありえない。それこそ君の願いではないから。空崎先輩は俺が死んだ方がいいと思っているかもしれないけど。




 何をするでもなく春休みを過ごすと、長いようで短い休みが終わりを迎えた。


 休みだからと言って何をするわけもなく暇なのだが、学校が始まるとそれはそれで苦しい。


 とはいっても俺は自分からは何もできない気分なので、大人があれをやれこれをやれと指示してくれる授業はありがたい。


 そう考えながら、指示された内容をこなして授業が終わる。


 楽しくない人生には虚しさしか感じない。


「永井君」


 話しかけてきたのは進藤聡。確か、生徒会の人だ。


「なに」

「そう気を落とさないで。空崎先輩のことは残念だったろうけど――」

「お前にはわからないだろ」


 俺が気を落としているのは残念なんじゃない。


 俺のせいで空崎先輩が死んでしまったこと。


 意味がない世界に生きる道標を失ったこと。


 それらは残念なんじゃなく、言葉では言い表せない感情を俺の中に作り出した。


「そうだね。僕はわからないかもしれない」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ関わらないでくれ。お前に興味がない」


 彼に対して多少は持っていた興味も、今では全くなくなってしまった。


 二年前の俺は空崎先輩に興味を抱いたが、今の俺が何かに興味を抱き得るとは思えない。


「まあまあ、そう言わずに。誰とも関わらない人生はきっと辛いよ」


 進藤聡は俺のことを考えてその言葉を言ったから、多分いい人なのだろう。


「信じて別れる方が辛いよ。経験したことがないからわからないんだろ」


 君が死んでしまう、ということはあらかじめ覚悟は出来ていたから辛くはあったが何とか耐えられた。


 でも、空崎先輩は突然死んでしまった。


 君のように死んでしまうまで、長い時間があると思って安堵しながら付き合っていたのに。


 それが俺の責任であるということが余計に俺を混乱させる。


「俺のせいで他人が死んだ。その責任の重さはわからないだろ。ほぼ俺が殺したようなものだ。自分が辛いのは自分のせいだから、誰かに責任を押し付けて楽になることもできないんだよ。無関係だと考えることもできない。同じことが起こるかもしれないと思うと、人と関わることなんてできるはずないだろ」

「君がいなかったら、空崎先輩はもっと辛く苦しい死に方をしていたかもしれない。君は間違いなく空崎先輩を救ったと思う」


 そんなわけがない。俺はわかる。最期の瞬間、やっぱり自分の意味はなかったんだなと失望を抱いて死んだに違いない。


 俺があの時、あのまま自殺していれば多分そんな感情を抱いて死んでいたと思うから。

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