第20話 俺は、意味になれただろうか

 その夜、夢を見た。


 出てきたのは空崎先輩。この間の君の時と似たパターンだ。


『ねえ、永井君』


 初めて会った時俺が訊いたように、空崎先輩は俺に尋ねた。


『なんでしょうか、空崎先輩』

『ごめんね』


 空崎先輩が謝ることはあるだろうか。


 いや、これは俺の夢なのだから俺の願望が空崎先輩に謝らせたのだろう。なんと失礼な脳みそをしているのだろうか。


『それはどういう?』

『私が死んだせいで、永井君は苦しんでる』


 違う。空崎先輩が死んだせいじゃなく、俺が空崎先輩を殺したせいだ。すべて俺が悪い。だから苦しむのも自業自得だ。


『それなら謝る必要は――』

『いや、私が悪いから謝る。これからは、できれば私のことは気にしないでほしい』


 これは空崎先輩が俺にそう言って、楽になりたいという願望だ。だからこんなに俺を庇うようなことを言うんだ。


 本当の空崎先輩は、自分の意味を俺のせいで見失って翻弄されて、俺のことを恨んでいるに違いない。


『ねえ、永井君。私の器が小さく見積もられてる気がする』

『え?』

『私は、永井君に私の意味を見せてもらった。それなのに勢いで自殺して迷惑かけてごめん』


 空崎先輩は珍しく長文で喋った。


 空崎先輩がこんな喋りをするはずがないから、やはりこれは脳内で勝手に作り出した幻想で願望なんだろう。


『私のことなんだと思ってる。そんな器狭いと思ってる』


 疑問符のつかない独特な喋り方。


 それを聞いて、懐かしくて目頭が熱くなって、これが俺の幻想ではないと信じてみたくなった。


『そりゃあ――先輩ですよ』

『そう』


 空崎先輩は考えるような仕草をした。


 これが俺の幻想ではないのだったら、本当に考えているのだろう。


『私はもう、そう言われて自分に意味がないとは思わない』


 やはり、空崎先輩が自殺したのは、俺が空崎先輩の告白を断ったからだったのだろう。


 それで自分の意味がないと思って、原因は違えど俺と同じような思考回路で、止める者もいなくて自殺してしまった。


 気づけたことだった。


『私の精神状態に問題があっただけだから気にしないで』


 この夢が、俺の幻想ではなく本当に空崎先輩が思っていることだと信じて、空崎先輩の言う通り気にしないでみよう。


 確かにこの空崎先輩の言う通り、空崎先輩はこれまでの俺の想像よりも器が広かっただろう。


『じゃあ、空崎先輩』

『なに』

『俺は空崎先輩にとって、自分の意味を見つける手助けに――空崎先輩の意味に、なれたでしょうか?』

『もちろん』


 空崎先輩は多くは語らなかったが、その気持ちを余さず読み取ることが出来た。


 例えこれが都合のいい夢だったとしても、空崎先輩の器が広いこと、延いてはこの夢の内容通りに思っていることを信じてみようか。


『永井君』

『はい』

『別れの言葉がまだだった。今までありがとう、さようなら』


 そう言うと、空崎先輩がぼんやりと解けて行った。


 溶けたというよりも存在が解けた、そんな感じだった。


 空崎先輩が、現実でもこんな亡くなり方をできていたら、と思う。


 そして、飛び降りた衝撃で原型をとどめない空崎先輩が夢に出てきたりしなくてよかったと思いなおした。

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