第18話 約束

 降りしきる雨の中、その日は誰も来ない屋上で俺はしばらく何も考えず座り込んでいた。


 体が冷え、怠く、本当は動きたくなかったが、空崎先輩との約束を思い出したので動かないといけない。


 空崎先輩が亡くなったら、お通夜くらいには出席すると。


 空崎先輩の遺体は、帰宅途中の先生が見つけたらしい。


 警察がやってきて、おそらく飛び降りの可能性が高いということで、二十二時ごろに屋上まで警察が来た。その時に俺は発見された。


 いろいろと事情は訊かれたが、全て正直に答えた。


 警察の人は、俺が悪いわけではないと慰めるようなことを言っていたが、そんなものは何の慰めにも気休めにもならない。


 空崎先輩の死は、正真正銘俺の責任だ。


 また、空崎先輩のお通夜は通常通り行われるようだった。


 そもそもお通夜が行われる状況が通常だとは思わないが、自殺だからと言ってお通夜を行わないということはないとのこと。


「命……。どうすればよかったんだろ……」


 もし生き残ったのが俺じゃなく君で、探求部に入っていたのが君だったらこんなことが起きるはずがなかった。


 俺が死のうとしていたことを見破った君なら、空崎先輩だって止められただろうし、それ以前に空崎先輩が死のうと思うような事態にならなかったろう。


 空崎先輩が亡くなったことで、俺は存在しない方がいいのではないかと思えるようになってしまった。


 空崎先輩は俺のせいで死んだ。


 俺の存在意味がないだけなら、俺が辛いだけなので別にそれでも生きている選択はありだが、俺の存在が他人に迷惑になるならいない方がいいに決まっている。


 学校の屋上は空崎先輩が飛び降りたことによりがっちり閉鎖されている。


 今からちょうどいい屋上を探すほどの気力は残っていないので、お通夜に行って寝て休んでから飛び降りよう。




 空崎先輩のお通夜には、それほど多くの人は出席しなかった。


 何なら空崎先輩から両親の話を聞く限りでは、お通夜を開かないという決断をしてもおかしくないとさえ思っていたのだが、さすがにそんなことはなかった。


 空崎先輩の交友関係は予想通り狭く、同じ学校からは俺くらいしか出席しなかった。


 一応空崎先輩の担当教師は出席していたらしいが、俺はその姿を目に留めることが出来なかった。


 写真の空崎先輩は、俺の眼から見ると何の感情も見つけられなかった。表情の変化が少ないのもそうだが、感情の変化自体も少なかったのだろう。


 空崎先輩の遺体は見に行かなかった。一応置いていていたのだろうが、近寄ったら感情の抑えがつかないような気がしたので、行かないことにした。


 後で調べたところ、飛び降りなどの遺体は縫い合わせるがそれを見ることはできず、棺の窓を閉めるらしい。


 空崎先輩との約束、お通夜に出席するというものはもう果たしたので俺は帰ることにした。




 目の前に君がいた。


 君は亡くなったから、対面しているということは俺も死んだのだろうか。


 いや違うな、俺は先ほど家について寝たばかりだ。多分これは夢か何かだろう。


『ねえ、有』

『なに、命』


 夢の中でも、会話の始まりはいつものやり取りだった。


 懐かしい君の声が聞こえて、目頭が熱くなる。今でも脳内で再生できるが、これは夢とはいえ脳内で再生するのとは違う感覚がある。


『死のうとしてるでしょ』

『ああ、そうだね』


 これは夢なのだから、君の記憶は俺の脳内から提供される。


 なぜ死のうとしていると知っているのか、それは俺の記憶にそういうものがあるからだ。


『言ったよね。私がいなくなっても、君の世界は続くよ。いいや、続けてね。勝手に終わらせることは、あの世から見守ってる私が許さないから、って』


 今もなお俺の記憶に鮮明に残っている、君と最期に話した時の言葉。


 それを記憶から引き出される。


『私、ちゃんと見守ってるからね。だから、終わらせないでよ。続けてよ』


 ああ、やはり。


 君は本当にすごい。


『約束だからね?』

『善処するよ』

『駄目、約束して』


 俺の心が折れそうになって瞬間にちょうど、夢に出てきてくれる。


 君はもしかしたら本当に、あの世から見守ってるのかもしれない。


 そういえば君は、話を引き出すのが上手かったな。


 見事に引き出されてしまった。


『わかった。続けるよ、最後まで』


 その言葉を聞いて、君は納得したように笑った。

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