第17話 続く世界には、もう誰も――

 空崎先輩は先に部室から出て行った。


 しばらく部室に残ってから、先輩も帰ったしそろそろ帰ろうか、と荷物をまとめて外に出る。


 ずっと部室にいたから気が付かなかったが、外は三月だけあってだいぶ暗く、しかも冷たい雨が降っていた。


 先の空崎先輩の発言に対する既視感について考えながら校門へ向かうと――


「俺に、似てた……」


 空崎先輩の発言は、君が素っ気なくなった時に俺の意味が求められていないと思って自殺を考えていた時のものだった。


 その発言は、俺に似ていた。


 空崎先輩が俺に似ていたと言えば、俺が基本的に人に興味がないように、空崎先輩も人に興味を示さなかった。


 自分の意味が分からなくなったのは、君もそうだが君はどちらかと言えば諦めていたのに対し、俺はどこかに存在すると思っていた。その面から君よりも俺に似ている。


 俺は君に、楽しいか訊いたことがあったが――空崎先輩も、東屋に行った時俺に楽しいか訊いていた。


 細かいところだが歌が下手だったり服装のセンスが普通だったりもした。


 ゲーセンの帰り、楽しかったか訊いた時の回答も、過去の俺と重なった。


 俺は空崎先輩を、君に似ていたと評価したが、間違いだった。


 空崎先輩は君ではなく俺に似ていた。


「まさか――!」


 俺は、過去自殺しようとした時の記憶を思い起こす。


 あの時考えていたのは飛び降りだ。本当に空崎先輩が俺に似ているのなら、多分学校の屋上から飛び降りようとするだろう。


 俺は必死で階段を駆け上った。


 あの時、君は俺が死のうとするのを止めてくれた。


 だが俺はどうだろう、空崎先輩を止めていただろうか。そんなことはない。


 やはり、この場にいるのが君であったならば、空崎先輩を止めることが出来たかもしれない。


 もしくは俺がもう少しだけ、ほんの少しだけ鋭かったらあらかじめ止められたかもしれない。


 間に合うだろうか。


 この心配が杞憂であってくれないだろうか。


 探求部は文化部に分類される。当然運動はあまりしていない。


 たった五階分の階段を上るのに、息を切らしてしまう。


 屋上への扉は、既に開いていた。


 普段ここの扉は閉まっているはず。先に誰かがいるのは間違いなく、たまたま無関係の人がこのタイミングに限って屋上にいるとは思えない。


「空崎先輩!」


 これまでに出したことがないほどの大きな声を上げる。


 そこにいたのが違う人だったとしてもそれは後で考えればいい。


 先ほどより強くなっている冷たい雨に怯みながら目を開けると、まるで世界がスロー再生されるかのような感覚になる。


 そこには、屋上の柵から飛び降りた空崎先輩の姿があった。


 目が合った。


 俺の声に反応したのか、顔だけこちらを向いているが、その顔が見えたのは一瞬で、そのまま下に吸い込まれるように消えていった。


 ここは五階建ての屋上だ。素人目に見てもだいぶ高く、落ちたら助かることなどまずありえないように思える。


 そもそも、空崎先輩が助かるか助からないか以前に、俺の責任で飛び降りさせてしまったということが問題になり俺を責める。


 俺はその場から動けなかった。


 先ほどよりもさらに強くなった冷たい雨が、俺の体をまるで責めるかのように打つ。


 冷静に考えたらまずは救急車を呼んで、空崎先輩が助かる可能性に賭けるべきだったのかもしれないが、俺は体が竦んで動けなかった。

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