第16話 卒業

「空崎先輩、卒業おめでとうございます」

「ありがとう」


 空崎先輩が出席する最後の部活動で、そのやり取りは行われた。


 運動部は三年生の夏で活動を終わるようだが、我らが探求部は堂々の文化部なのでまだ活動が続いている。


 結局、探求部は俺が二年に進級した年も新入部員が来ることはなく、俺が卒業したらそのまま朽ちていくことになりそうだ。


「永井君、歌ってなかった」


 卒業式恒例、在校生が卒業生に歌を歌うみたいなそういうイベントは、この高校でも行われた。


 そのイベントで、俺は歌わなかったのだ。


「俺は歌が下手ですから、歌ったら逆に祝ってないのかと思われそうですし」

「許す」


 空崎先輩から許しを頂けたので、次の話題に移る。


「それで、虚って名前の由来は教える気になりましたか?」

「分かった。教える」


 そういって空崎先輩はゆっくりと話を初めてくれた。




 空崎先輩はごくごく普通の家庭に生まれた、と語っているが俺はそんなことないと思う。


 そのごくごく普通な家庭は、子供が生まれることを求めていなかった。


 求めていなかった子供が生まれてしまうというのは珍しい話ではないだろう。ただそこから先が普通でなかった。


 求めていなかったからという理由で、空崎先輩の両親は空崎先輩に虚と名付けたようだ。


 普通ならそんな酷い名前、通らないと思うのだが、なぜか通ってしまったらしい。


 それが虚という名前の由来らしい。


 そんな空崎先輩は、両親に必要とされることもなく、むしろ邪魔に思われていることから、自分の存在意味などないのではないかと考えるようになった。


 だが、他の人たちが皆生きているのだから、自分にも何かあってほしいと願い、探求部を立ち上げて自分の意味を探求したらしい。


「そんな私は、永井君に意味を貰った。ありがとう」


 沈黙しながら空崎先輩の話を聞く。


 そうか、俺は空崎先輩に意味を見せてあげることが出来たか。


 空崎先輩と付き合っていくうちに、俺じゃなく君ならば、と何度思ったかわからなかった。


 だが、結果的に空崎先輩に意味を見せられたのなら、それは良かった。


 空崎先輩に意味を見せられたのは、


 空崎先輩も、俺も、君も。この瞬間にいくつも存在意味を発現できたのかもしれない。


「それなら良かったです」

「永井君」


 俺と君の間でおなじみだったあのやり取りではないが、その素っ気なさがやはり君に似ている。


「なんでしょうか」


 空崎先輩は、怯えたような目をしていた。


 これまでの人生の辛さと関係しているのだろうか、人と関わってしまうことが怖いのかもしれない。


「私と、付き合ってくれない」


 相変わらず自分のことに興味はないのかもしれない、その言葉に疑問符はついていなかった。


「すみません。少なくとも高校を卒業するまでには、命のことだけを考えていたいので……」


 俺は、君が亡くなってから二年以上の時が経っても、まだ君の元に心がある。


 空崎先輩は君に似ていて、仲の良い先輩であり、確かに高校生活のこれまで二年間ある種の生きる意味であったことは間違いない。


 だけど、空崎先輩は君ではない。別人だ。


 だから、空崎先輩と付き合うというのは想像ができない。


 ゆえに、断った。


「そう。……私はもう帰るね。じゃあね、永井君」


 俺はその言葉に、どこか聞き覚えがあったような気がした。

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