第3話 君と俺
君と名前を教えあった後、俺はたまにあの公園に行って君と話をした。
君と話すことはたわいもない世間話で、よく知っているわけでもない政治話だったりした。
だけれど、君はどうやら人間観察の他にも人の話を聞くことも得意だったらしく、君と話す時間は楽しかった。
俺と君がよく一緒に座っていた東屋のベンチには、今は小学生か中学生のような子供たちが座っていた。
休日の昼間なので、仕方がないことだ。
初めて会った君は達観していた。
そんな君を心を継いでなのかは自分でもわからないが、俺は大抵のことに対して心が動かなくなった。
……心が動かないと言っても、君に関することに於いては、君が亡くなる前と変わらずすぐ感情が籠ってしまうのだけど。
『ねえ、命』
『なに、有』
君は口が多い方ではなかったので、俺が呼び掛けても大した返答はない。
でも、俺と君の間にはそれで十分だった。
『体育祭は好きか?』
『それ、体育祭に出れるわけでもない私に勝ち誇ってるの?』
君が冗談めかして言った。
でも当時の俺はそんなことが見えていなかった。
君は、ここ数年体育祭に出ていなかったのだろう。これは病人に体育祭の話を聞いた俺が悪かった。
『いや、そういうわけではなくて、ごめん』
『体育祭の練習で嫌なことでもあったんだね?』
やはり人間観察が得意だというのは本当のようだった。
俺はなるべく疲れた顔や嫌そうな顔をしないようにしていたのだが、簡単に見破られてしまった。
もしくは、俺の感情がすぐに顔に出てしまうのかもしれないけど。
『うーん、まあ大したことではないかな』
『いちいち話題に出したってことはその話がしたいんだよね。ほら、言ってみて』
君は世界に諦めがついていたからか、このように人に優しかった。
変に抵抗しようとしてもエネルギーを多く消費するので、人に優しくするのは効率がいい生き方だ。
『いや、大きなことがあったわけではないんだよ。ただ疲れるし嫌だな~ってだけで。意味ないし』
『そうだよね。私だって体育祭に出てた頃もそう思ってた』
……。
病気になった後でも意味ないって思っていたってことだ。
それはさすがに諦めが早すぎではないかと思っていたのを覚えている。
『ただまあ、こんなくだらない行事に意味を求めるのは諦めるべきなのかな……』
『そのまま世界の意味まで諦めたのが私だよ~』
と、そんな冗談すらも言っていた。
結局、君が亡くなったら俺も世界の意味を諦めることになってしまう。
しかし、当時の俺は君がいるからそうはならないと君に言い、君がいつか死ぬという現実から目を逸らしていた。
『ねえ、命』
『なに、有』
世界に諦めの感情すらも抱いてしまうほど打ちのめされていた君は。
『楽しい?』
俺の質問に、君は意図がわかっていないということを示すふうにしてから、気づいたように手をポンと打ってから答えた。
『……うん。楽しいよ』
『そっか』
君が少しでも世界の意味を見つけられる手助けになりたかった。
これも余計なお世話だったのかもしれないけど。
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