第8話 君と俺だけの修学旅行
「ねえ、有」
「なに、命」
夏休みの時、君が俺にいつも通りに話しかけた。
「修学旅行、行かない?」
「修学旅行はもう行ったよ、この間報告したじゃん」
修学旅行の記憶はもうすでに俺の中に存在していた。
その間君と会えなかったという悪い印象の方が強かった。
「私と行こう、っていう話だよ。お金なら私が出すから」
「ああ、そういうことね。じゃあ行こうか、俺たちだけの修学旅行」
それから君は俺に解説した。
俺は当初、自分で払うつもりだったが、君は死ぬまでにお金を使いきろうと思っているらしく、それならと引いた。
「で、どこ行くの? 修学旅行だから定番の奈良とか京都?」
ちなみに中学の修学旅行は初夏に北海道へと行った。
「うーん、そうしようか」
とりあえずは京都駅に到着した。
「関西って空気感が関東とは違う気がしない?」
「そうだね。新幹線降りたてだからかもしれないけど」
君は、つい最近修学旅行にも行っただろうに、だいぶはしゃいでいた。
「ちょっとはしゃぎすぎじゃない?」
「三年ぶりなんだしはしゃいでもいいでしょ!」
三年ぶりということは、秋に修学旅行がある学校に在籍しているのだろうか、と何となく考えた。
「まあいいけど、秋にもあるんでしょ? だったら先に楽しみすぎるっていうのもどうかと思うよ」
「いや、ないよ」
淡々と君は言った。
ないということはつまり――
「私は中学校に、所属はしてても行ってないからね。修学旅行にも行く予定はないよ。だからあえて有と修学旅行に行くことにしたの」
「ご、ごめん」
思わぬところを突っついてしまった。
「気にしてないよ! さあ楽しんでいこう!」
それからまずは京都を巡った。
俺たちは修学旅行とは違い、宿を京都と奈良の両方にとって、一日目には京都を巡り、二日目は京都から奈良へ移動しながら双方を回り、三日目はちょこっと奈良を見てから帰りの新幹線に乗るというルートをとる。
それから俺たちは、行きたいと思ったところを行きたいと思った順に行った。
修学旅行と口では言ってみるものの本物の修学旅行よりもはるかに楽しかった。
それは君がいるからなのかもしれないし、もしくは自由が保障されているからなのかもしれない。
一日巡って、日が暮れる頃に京都にとっておいた宿に到着した。
「それじゃあ、ここで一回分かれようか」
「分かれないよ?」
分かれないとはどういうことか。宿についたんだから、それぞれの部屋に戻るんじゃないだろうか。
「宿、一部屋しかとってないから。一緒の部屋だよ」
「ん?」
「だって私が払ってるんだからそれくらいは良いでしょ? あ、私と一緒は嫌なんだ?」
確かにこの修学旅行の代金は全て君に払ってもらっていた。そういわれると断りようがない。
それに、君と同じ部屋というのは非常に甘美な響きがある。
「嫌じゃないけど……逆に命は大丈夫なの?」
「もう二年近く一緒にいるし、信用してるから。あとはもし間違いが起きても、有ならまあ……」
フラグか? フラグなのか?
だが俺は紳士だ。旅行先で関係が変わっても混乱してしまうだけだし、何かをするつもりはない。
それから、俺たちは観光名所からここどこだよというようなところまで、様々な場所を巡った。
「これが、最後の修学旅行かあ……」
その旅の終わり、君はしみじみと言った。
「三年後まで生きてくれよ。それでもう一回、二人で修学旅行に行こうよ」
「善処はするよ」
寂しさが胸の中に残ったが、涙は零れなかった。
せめてこれから君の最期の瞬間までは、笑顔を見せたかったから。
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