第7話 続く世界

『ちょっと待って!』


 君は久しぶりに声を張り上げた。


 もう一か月もこんな大きな声を聴いていなかった。


 せっかくだから、最期に君の声でも聴いておこうか。


『有、何しに行くの』

『君、まだ俺に興味だけはあったんだ』

『興味だけって何? 私はまだ有のことが――!』


 そこで俺の心は揺らいだ。


 別に君に恨みがあるわけじゃないから、君がまだ俺に意味を感じるのなら踏みとどまるのも悪くないかもしれない。


『じゃあ、なんであんなに素っ気なくなったの?』

『だって、有が……私が死んだら後を追っちゃうような気がして……! それを咎めたくて』

『俺の生死なんて、君には関係ないんじゃないの?』


 この質問で、俺に意味を見せられないのなら直ぐこの場を立ち去ろう。


『関係ないわけないでしょ! もう一年も、毎日会ってるんだからね!? 私は君のこと、好きだから幸せになってほしい!』

『死んだ方が幸せになれそうじゃないか? 人生なんて楽しいのか?』

『大丈夫だよ、君のことは全部わかってるから言うけど、君の人生はきっと楽しくなる』


 確かに俺の頭は別に悪くはない。


 普通の高校に入るくらいは楽にできるかもしれないが、俺は努力ができない欠陥品。人生が上手くいくとは思えない。


『何より』


 君が言葉を続ける。


 まるで俺を離さないために。


 必死の形相で言葉を続けて紡ぐ。


『君が死んだら私が報われない。私が死んだ世界で君が精一杯生きてくれることが私の幸せになるから』


 俺は、自分の意味なんかないと思い始めてからずっと考えていたことがあった。


 自分で自分に意味が見つけられないなら、他の人の手助けをして、幸せにして、それで自分の意味を見出せばいいのではないかと。


 君の――命のその提案は、俺が生きているだけで命を幸せにすることができる、俺が求めていたものだった。


『ねえ、命』


 もはや定型文と化したその言葉。


『なに、有』


 命は今度はいつも通りに返答してくれる。


『ありがとう』

『こちらこそ、だよ。先に助けてもらったのは私が先だからね』


 あの夏の俺の言葉は、余計なお節介になっていたわけではなかった。


 ちゃんと君を救えていた。


『これからもよろしくね』


 もう、俺の意味は見つけられたかな。


 命の幸せに貢献できるのならそれだけで十分な意味となっているだろう。


『ねえ、有』

『なに、命』


 いつも通りのその言葉。


 また繰り返す。ずっと繰り返していたい。


 いつか消えてしまうけど馴染みのある言葉。


『私と付き合ってくれない?』




 それから一年間、俺と付き合ってからの命は俺にもっと多様な意味の持ち方というものを見せてくれた。


 俺は受験で忙しくはなったものの、頑張って一日二時間は命と話す時間を作るようにした。


 その他の時間も勉強だけに充てたわけではなく人とコミュニケーションと試みたりもして、そこそこの数の友達ができた。


 ちゃんと勉強もして、県で上から4、5番目の高校へと進学することもほぼ確実と言われた。




『ねえ、命』

『なに、有』


 あれから一年経ってもやはり、会話の始まりはこの掛け合いだし、話をするときは命が上手く俺の話を聞き出してくれた。


『高校、受かったよ』

『そりゃあ良かった、高校生活もこれからの人生も満喫してね』


 あれから一年間の間、命がいずれ亡くなるということに不安を感じ、それについて話したことはなかった。


 内心でもちろん不安に感じることはあったけれど、言葉にはしなかった。


『じゃあ命は死んでも天国から見守ってね』

『そうだね、高校生活もこれからの人生も見守っておいてあげる。有はあんまり私のことばっかり考えないでね』

『善処するかな』

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