第14話 ショッピングモールに君を見る

 空崎先輩とカラオケに行く予定の当日。俺は重要なことに気が付いてしまった。


 ――俺は歌がとても下手だ。


 別に歌が下手なことは気にしていないのだが、それを他でもなく空崎先輩に聞かせることになると考えるとどうしても気になる。


 君は歌が上手だった。もしもここにいたのが君ならば、と傍から見ればくだらないことで君を求めてしまう。


「空崎先輩、こんにちは」

「こんにちは」


 空崎先輩の私服は、なんというか普通だった。


 かといって俺の私服はすごくセンスがあるのかといえば、普通だ。


 この二人が並ぶとどうなるかというと、たぶん何も起こらない。


 俺も君みたいなセンスが欲しかったと思いつつ無言でとりあえずショッピングモールに向かう。


 あの夏の日の君の恰好、凄かったなあ。


「どこ行く予定」


 君に関する話じゃないときは、空崎先輩は未だ疑問符もつけない。


 が、空崎先輩のこの発言で、まだどこに行く予定だったのか告げていないことに気づく。


 今ここで、ゲーセンに行く予定だとでも伝えれば俺の下手な歌を空崎先輩に披露せずに済む。


 ただ、俺のポリシーとして出来る限り嘘はつかないというものがあり、君はそれを気に入っていた。


 嘘をつくことはできない――


「カラオケにでも行こうかと思うんですが」

「嫌だ」


 あの空崎先輩が自らの意見を発信した。


 驚いて何十秒もフリーズしてしまった。


「それは、どうしてでしょうか?」

「歌が下手だから」


 まるで俺と似たようなことを考えている。


「そうですか。俺も下手なので別の場所にしましょう」

「ゲーセン行きたい」


 ゲーセンも何度か君と行ったことがあるので、そこでも問題なく遊ぶことが出来ると思う。


 何より、ゲーセンに置いてあるゲームはカラオケより得意だ。


「二階ですよね、確か」

「私は行ったことないけどたまに通る、気になってた」


 俺も、君とゲーセンに遊びに行く前は、通るたびに気にしていた。


 だがゲーセンで遊ぶ中、問題点がある。


 空崎先輩の声が聞こえない。ゲーセンは基本的にうるさいものだ。空崎先輩が大声で話せることはちょっと想像できないので、多分相手の声が聞こえなくて会話に困る。


 しばらく歩くとショッピングモールについた。


 そしてエスカレーターに乗って二階に上がり、ゲームセンターに入る。思ったよりはうるさくなかった。


「じゃあ何します? 太鼓でもやります?」


 俺が尋ねたのは、知らない人はいないレベルに有名な太鼓のゲームだ。とりあえずこれを言っておけば外れることはないと思う。


「やってみたい」


 あのゲームは有名なだけあり、何か所かに設置されていたので、使えないということはない。


 今のところ俺はこのゲームをプレイするのは一度きりの予定なので、記録できるカードは買わないつもりだった。


 しかし空崎先輩がやる気満々で記録カードを買いに行ってしまったので、俺もついて行く。


 さすがに空崎先輩だけ買って俺は買わないというのも妙な空気になりそうなので、俺も買う予定に変更。


「意外と高いですね」

「このくらいなら余裕」


 そのカードは千円近くの値段がかかった。


 だがどうやら空崎先輩は余裕で払えるらしい。


「そんなにお金持ってるんですか?」

「お金の使い道がない」


 これまでも孤立気味だったのだろうか、お金の使い道がなかったようだ。


「これから多めに活動する予定なので溜まってるなら好都合です」


 ちなみに俺は全然足りない。食費でも削ろうか。

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