第12話 空崎虚

「空崎先輩」


 五月に入って正式に探求部に入部した俺が、部活中に空崎先輩へ声をかける。


 あの後探求部に見学が来ることはなく、部員は俺が増えて二人になった。


「なに、永井君」


 俺が探求部の見学に来てから、考えていたことがあった。


「部活時間が終わってから、課外活動しませんか?」


 君が俺に意味を見せてくれたように、俺が空崎先輩に意味を見せてあげたい。


 それで、俺の自己満足として、俺の存在する意味にしたい。


「それ、意味ある? って普段なら聞くけど永井君が言うなら行ってみる」




 俺が空崎先輩を連れ出した先は、君と初めて会った公園の東屋だった。


「何もないね」

「何もなくても、俺にとっては大切な場所です。空崎先輩にはそういう場所ありますか?」

「……ある」


 俺は東屋の椅子に座り、いつも君が座っていた場所に空崎先輩を座らせた。


 この動作でやはり空崎先輩に君を重ねてしまう。


 無関係な人を巻き込むのは良くないとはわかっていても、勝手に空崎先輩に君の幻影が重なる。


「どういう場所」


 空崎先輩は唐突に俺に尋ねた。


 質問の意味が分からず首を傾げると、空崎先輩が言葉を続ける。


「ここは、永井君にとって」


 ようやく、ここが俺にとってどういう場所なのか訊かれていることに気づき、少し迷ったのちに話し始める。


「信用できる人以外には話さないんですけど――」


 そうして空崎先輩に、君と俺のことを少しだけ話した。


 空崎先輩に君を重ねてしまうことなど、都合の悪いことは隠す。


「そっか」


 空崎先輩は大して表情を変えずに聞いていた。


 途中までは空崎先輩の表情がはっきり見えたのだが、今は陽が落ち、君と初めて会った時くらい暗くなっている。


 暗くて空崎先輩の表情は見えない。


 きっと今も無表情で言ったのだろう。


「楽しい?」


 空崎先輩の声に、初めて抑揚が付いた。


 まるで多くの感情の中から絞り出したような声だった。


「命が生きていた時よりはつまらないけど、悪くはないですね」

「ならよかった」


 返しの言葉ではいつもの平坦な声に戻ってしまった。


 それから、俺と空崎先輩の間にしばしの沈黙が落ちる。


「もう暗いですし、そろそろ解散にしますか?」

「わかった。また明日」




 空崎先輩と別れた後、俺は真っすぐ家に帰った。


「ただいま」


 一応声はかけてみるが、誰もいない。


 中学のころ、君とあってから家に帰った時に母を大喧嘩をし、そのまま別居することになった。


 受験する高校を決めるときにも、一人暮らしできるという条件が付いた。


 母からの仕送りはいくらか送られてくるので、生活はできるだけの額があり、お金に困ってはいない。


 お湯を沸かしてカップ麺を二分で頂く。


「命だったら何部に入ってたんだろう」


 というか、高校に何部があるのかすべては覚えていない。


 サッカー部とか野球部があったのは覚えているが。


「まあ、空崎先輩に出会えたからそんなこと気にする必要はないか……」


 ただ、俺の眼は空崎先輩に君を重ねても、どこか釈然としないというか、違和感があった。


 どこか、俺が知っている人と似ていて、俺の頭の中ではそれが君だと思っているのだけれど、実は違うかのような、そんな感覚だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る