12 行く当てがないのなら
2人とも同族から見捨てられて行く当てがないというのはかなりつらい状態だよな。
獣人の女性の方は攫われた結果ではあるが、デミエルフの女性は本当に踏んだり蹴ったりでどう声をかければいいのかすぐに思い浮かばない。同じように落ち込んでいる彼女に獣人の女性もどうすればいいのか悩んでいるようだ。
本当にどうしてこんな世の中になっているのか。
いや、だが、元の世界でもひと昔……ふた昔前までは、表立っての差別とか奴隷なんか当たり前のようにあったんだよな。この世界ほど過激だったわけではなさそうだったが、社会の発展がそこまで進んでいない世界だと考えれば、この状況はそこまで不自然とは言えないのかもしれない。
「……こういう言い方は悪いかもしれなが、過ぎたことを考えてもどうにもならないから、これからのことを考えた方がいい。今さっき人間を殴り殺した俺が言うのはなんだけどね」
「そうね」
獣人の女性が呆れ果てた表情で俺を見てくる。
この世界の常識的に人間を殴るという禁忌レベルのことを自らやった俺が、こんなことを言えば呆れられるのは当たり前だろう。俺の場合はどうとでもなりそうだが、他の人間にばれれば奴隷にされるよりも最悪の展開も考えられる。しかも、助けた女性2人も巻き添えで同じことをされる可能性は十分にある。
それを考えればかなり無責任な発言だ。まあ、俺がやったことだからちゃんと責任はとるつもりだけど。
「あの、でも、助けていただいたことは本当にありがとうございます。あのまま何もしないでいたらどんなことをされていたか……」
おそらくあのまま俺が来なかった場合の先を想像してしまったのか、デミエルフの女性が言葉を言い切る前に顔を青くして声を詰まらせる。よく見れば体も少し震えていた。知らない男たちにいいようにされそうになっていたのは、この子にとっても相当に怖かったようだ。
その様子に気づいた獣人の女性がデミエルフの女性のことを抱きしめ、震えている体を落ち着かせていた。
しかし、行く当てがないのなら俺ができることは限られる。
あまり乗り気にはなれないが、自分から助けたのだからそれを見捨ててここに2人を置いていくのは無責任すぎる。
「まあ、戻る先も行く先がないのならとりあえず今俺が住んでいる場所に来るか? 大して広くはないし住みやすいわけでもないが、雨風くらいなら防げる」
「え? ……いいんですか?」
「まあ、事情を聞いて、そうですかで帰るのは無理だろう。それについて来るかどうかを決めるのは君たちだし、その辺は好きにすればいい」
様子を見る限りデミエルフの女性は乗り気のようだが、獣人の女性は俺のことを警戒しているようですぐに返事を返しては来なかった。
「あなたが住んでいるって1人で? それとも他に住んでいる人がいるの?」
「俺も含めて2人だな。もう一人は女の子だよ」
獣人の女性の眉間にしわが寄る。おそらくもう1人が女の子だといったのが引っ掛かったのだろう。
男女1:1の生活環境はいろいろ勘繰り易いし、そこに連れて行こうとしているとわかればいい印象を抱くことはそうそうない。
「別にそういう関係ではないからな」
「…まだ何も言っていないのだけど?」
「そういう顔をしていたでしょ」
俺がそういうと獣人の女性はばつが悪そうな顔をして視線を逸らした。
最終的に獣人の女性も当分の間、あの家で生活することになった。2人にはレナについても軽くではあるが、同じ境遇の存在だと説明している。
その後、証拠隠滅のために男たちを埋める穴を掘っていると変人を見るような目で獣人の女性が俺の様子を観察していたが、説明すればおよそ理解はしてくれた。
どうにもこの女性は疑り深い性格らしい。人の性格は生来のものもあるが、生活している周囲の環境にも大きく左右されると聞いたことがある。このことから獣人の村の環境がどういうものなのか少々気になった。
「使えそうな物はあったか?」
「あんまりね。一応着られそうな服があったからそれ持ってきたけど、お金がたくさん入っていた袋もあったし、もしかしたらあいつら商人とかも襲っていたのかも」
確かに、獣人の女性が着ている服が先ほどとは異なる。デミエルフの女性も同様であられもない姿ではなくなっている。
あの男たちは身なり的にも盗賊のようだったから何も不思議なことではないだろうな。今回は2人を奴隷として売ろうとしていたようだが、常に奴隷として売れるような女性が手に入るわけではないだろうし、普段は同じ人間を相手にしていたということだろう。
しかし、そうだとすると、レナを奴隷として連れて行こうとしていた男たちがどういう存在なのかがわからなくなるな。
女性を攫って無理やり奴隷にするという流れは盗賊あるあるだと思うんだが、思い返してみればあの2人は身なりがそこそこよかったし、持っていた剣もお揃いだった。そのあたりを見ると盗賊らしくはない。奴隷商だった可能性もあるが帯剣しているイメージはないので違う気がする。
「金はとりあえず持っていく。他は……俺も見てから決めるか」
「お金なんて持って行っても使い道なんてないでしょ。持っていく必要なんてあるの?」
「金属だからな。使い道ならあるだろ」
「あなたまさか…」
はい。溶かすつもりです。
まあ、それができるようになるまでどれだけ時間がかかるかはわからないが、森の中で暮らすのなら金属は割と貴重だ。それに鉱石から金属を取り出すよりもすでに形になっているものを使った方が楽なのもある。
硬貨を溶かすのは元の世界であれば犯罪行為だが、こちらの世界なら問題はないだろう。法律がどうこうという意味ではなく、犯罪だったとしても今さらという意味合いでだが。
あの男たちが持っていた物の中で使えそうな物を一通り集め、同じようにあの男たちが持っていた袋と木箱の中に詰める。食料もいくらか存在したが、なんとなく嫌な予感がしたので、持っていく物の中には入っていない。
持っていく物を洞穴の外に運び出し、それ以外の物は男たちと同じように洞穴の内部に穴を掘って埋める。今後のためになるべく何かあったという証拠を残さないようにしなければならない。
できればこの洞穴そのものも完全に埋めてしまいたいところだが、人力ではどうにもできないのでとりあえず出入口だけ埋めることにしよう。幸い、この洞穴の出入口は1か所だけなので、人力でもそこまで手間はかからないだろう。
「あの、そういうことなら私、魔法が使えるのですぐにできますよ」
「本当に?」
「はい。魔法に関しては母がしっかり教えてくれていたので、このくらいの洞穴ならそこまで時間はかからないと思います」
魔法で洞穴の出入口を潰せるのなら、そちらの方が絶対いいだろう。洞穴の規模的に結構な負担になりそうな気もするが、本人が大丈夫と言っているのなら大丈夫だろう。顔を見る限り無理をしているような感じでもないし。
しかし、魔法が使えるとなれば一緒に生活する中でレナとやれることが被るような気もする。そのあたりは後々調節した方がいいかもしれない。
「問題ないならお願いしても大丈夫か?」
「はい!」
俺がそう頼むと、デミエルフの女性は嬉しそうに返事をして洞穴の前に立つと、何かに塚らを籠めるような動作を始めた。
そして数秒も経たないうちに周囲の地面が揺れ始める。それが収まった瞬間、洞穴の入り口内部に大小さまざまな土の柱が何本も生え、一気に洞穴の内部を埋め尽くしていった。
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