2  人はどこだ?


 


 異世界転生。


 ネット小説や漫画ではよくあるネタではあるが、現実には存在しない物だ。いや、しないはずだった、というべきか。現に俺がこうなっているわけだしな。


 しかし、どうしたものか。

 ここは見渡す限り樹しか見えない場所だ。他に人が住んでどころか入ってくるような場所ではないだろうし、何をするにもどういう世界なのかもわからない。そもそもちゃんとした人間がいるかもわからないんだよな。


 小説とか漫画のような、ちょっと移動したらいろいろ教えてくれるような人がいるといった展開は一切望めない環境だ。


 ともかく少なくても誰でもいいから接触して、いろいろ教えてもらわないとだめだろう。右も左もどころか自分のことすらよくわからない状況で、しっかり生活できるほど俺のサバイバル能力は高くない。

 さすがに追い詰められたらどうにかするしかないが、できれば現地の人の補助が欲しい。


 さて、となればどこに行けば人がいるような場所に出られるのか。

 獣道すら見つからない場所で、闇雲に動き回って人のいるところへ着くのは至難の業だ。


 樹の上まで登れれば遠くまで見える気もするが、もとより俺に木登りの技能はない。それに今の体の大きさを考えると、遠くが見えるところまで登れるとは思えない。


 まあ、適当に歩いていくしかないよな。考えたところで人が目の前に来てくれるわけでもないし、何か目印があるわけでもない。そんなものを一々探していたら日が暮れる。

 今何時か知らないけど。


 ともかく、あれこれ考えていてもきりがないので、最初にいた場所から移動を始める。

 進む方向は適当だがなるべくまっすぐ進んでいく。下手に曲がったりすれば、そのせいで余計に迷うことになる。それに、真っすぐであれば戻るときも楽なはずだ。




 移動を始めてからしばらく時間がたったが、変わらず周囲は森のままだ。何かが見えてくる気配はなく、獣道すら見つかっていない。

 一応、何かが動いている音はするので、何も居ないというわけではないのだが、俺の前には一切出てこない。


 大丈夫だ。この先には何かがある。そう自分を励ましながら進んでいく。


 これは動かなかったほうがよかったのではないか、そう思い始めたところで、視界の先にほんの少し明るくなっている場所が見えた。これは初めての景色の変化である。


「うおおおぉい!!」


 一縷の望みをかけて俺はそこに向かって走る。テンションが上がりすぎて奇声を上げているような気もするが周囲に人がいないのだから気にする必要はない。

 森の中で障害物は多いが、どうやらこの体は身体能力が高いのか、難なくその障害物を超えていく。


 そして、その明るくなっている場所に近づいたことでそこがどんなものなのかがはっきり分かった。

 そこは完全に森が途切れた場所だった。さらに進み木々の間を超えれば、そこは人の手が入っていることがわかる道になっていた。


 よかった、あの選択は間違っていなかった。そんな想いがどっと押し寄せてくる。


 安堵し上を見上げれば、空はすでに暗くなり始めていた。

 それを見た瞬間、早く人のいる場所に向かって安心して眠りたい。別に疲れているわけではないが、本当に安心したいという気持ちが高まっていく。


 しかし、道は左右に伸びている。これはどちらに向かうべきだろうか。


 残念ながら道の先に何があるのかはわからない。しかし、道が伸びているということはどちらに行っても人がいる場所にはつくはずだ。

 問題はどちらが人のいる場所に近いのか、ということだ。


 出来れば近い方がいいに決まっているが、左右のどちらが近いかなんて俺がわかるわけがない。

 ではどうすればいいか。まあ、そんなのはわかりきっていることだな。


 そう、運任せだ。こうやってなんだかんだ道を見つけたのだから、今のところうまくいっているのだ。それに今回は近いか遠いかのどちらかだ。どちらを選んでも外れはない……はずだ。


 しかし2択か。

 よくある方法としてはコインの表裏で決めるわけだが、持ち物が何もない以上無理だな。ならその辺に落ちている枝を投げてその先端が向いているほうに進もう。

 うむ。実に運任せだな。


 細い方を先端として、地面に落ちて動かなくなったときに左右どちらかに少しでも向いている方に進む。左右どちらにも判断できない場合と地面に刺さってしまった場合は、道を使わずにこのまま真っすぐ進むことにしよう。

 すでに森は向けているので、このまま道なき場所を進んだところでそう迷うことはないだろう。まあ、そもそもそんなことにはならないだろうが。


 適当に近くに落ちていた枝を拾い、先端が人のいる場所に近い方向を指すように念じながら上へ放り投げる。

 投げた枝がどこに落ちてもわかるようにじっとそれを見つめていると、ふいにその枝が視界の外から高速でやってきた何かにかっ攫われていった。


「おい、マジかよ!?」


 シルエットを見る限り鳥のようだが、さすがにこれは想定外である。そして、これでは枝が指し示す先がわからない。


「ちょッと待てぇえ!! その枝落としてけ!」


 再度枝を拾って同じことをすればいいのだが、なんとなくそれは縁起が悪い気がして俺は全力で枝を奪っていった存在を追いかけ始めた。




「…完全に見失った。それにこれもう実質左じゃん」


 枝を奪った鳥のような存在を完全に見失ったころには完全に日は暮れていた。日が完全に落ちているにもかかわらず、普通に周囲が見えているのはこの体のおかげだろうか。

 一応道沿いに進んできたので、これから迷うことはないだろうが、なんともモヤモヤが残る。


「ん? お!?」


 仕方ないとそのまま道を進んでいこうと先を見つめたところで、その先に光る何かが見えた。さらに目を凝らしてみれば、その光の元は家のような物から出ているようだった。


 これは確実に人がいる。

 そう俺は確信して、先ほどよりも軽い足取りで道を駆け出した。


 

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