第5夜 trigger

 静かになった台所で猫が鳴く。



 僕は血に染まった手のひらを、舐めさせるように差し出した。

 

 ごろりごろりと血を舐めながら、猫は喉を鳴らす。



 そこで、遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。


 こうしてはおれない。


 果物ナイフの柄を掴んで、刃を喉元に当てながら、軽く刃先で突いてみた。


 血がしたたり、焼けつくような痛みが首にまとわりつく。



 いい、この調子だ。



 一度、刃を放すと、深くため息をついた。


 瞬間、走馬灯のような景色が目の前に生じた。


 生まれた日から今日までの映像が脳裡によぎる。


 涙ぐんでいたかもしれないが、もう後戻りはできない。


 そうしたのは自分なのだから。



 カッと目を見開くと、今度はひと息に、深く深く……喉元を突いた。


 刃は首の筋肉と血管を破り、すぐに血が吹き出す。


 呼吸が苦しくむせたが、意識も酩酊して、まわりが昏くなっていった。



 これでいい……、こうする理由が欲しかったんだ。



 最期の一息を押し出すと、背中の後ろで猫が心配そうに鳴いた。

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