第19夜 共生

 私は平和主義者だ。



 交通事故に遭ったり、路上で他人に刺されるのは嫌なので、いつも家の中にいる。



 世の人々はといえば四六時中、他人と比べて愚痴を言ったり、悪口をこぼすことに夢中だ。



 そうして15年が過ぎた。



 気づくと外がやけに静かだった。



 試しに、重い体を起こして、外へ出ても誰もいない。



 通りでは、毒々しい色のキノコがびっしりと生えていた。



 何かの夢かと思い、一つ摘んでみると、とても芳ばしい香りが。



 口に含むと、甘美で濃厚なハーモニーが舌先で踊った。



 私は無我夢中で、キノコを食べた。



 きっと人が見ていたら、咎められただろうが、今は誰もいない。



 だが、口に頬張って嚥下していると、急に大きな声がした。



 いや、人の声ではない。



 怒鳴っているようだが、人間とは明らかに違っていた。



 怒りに染まった声の主が、地面を蹴って近づいてきた。



 後ろを振り向いた瞬間、大きな衝撃を感じて、私は気を失った。



 ーー音がする。



 遠雷がどこかで鳴り響いているような、ぼんやりとして、それでいて地平の先まで響く音だった。



 また地面が揺れて何かが近づいてくる。



 急いで起き上がりたいが、体に力が入らない。



 今、自分がどんな様子かも分からなかった。



 ーーやがて奴が来た。



 醜悪な顔をした番人は、巨大な腕で私の片足を掴んだ。



 そうして、力任せに、キノコが生い茂る洞窟のような場所まで引きづられた。



 痛い……



 足がちぎれそうだ!



 そんな玩具みたいに扱わないでくれ!!



 私は叫んだが、余計に力を込めて引きづられるだけだった。



 やがて、私はゴミ焼却施設のような大穴に投げ落とされた。



 物凄い勢いで転がっていくと、何かに当たって悲鳴が聞こえた。



 見れば、そこには通りにはいなかった大勢の人たちがいた。



 だが様子がおかしい。



 老若男女を問わず、彼らの体は溶けて、一つの巨大なキノコに生まれ変わっていた。



 私は恐怖で絶句した。



 そして、間をおいてから悲鳴をあげた。



 いやだ!



 ここにいたくはない!!



 誰か助けてくれ!!



 気づくと、その様子を巨大な番人が、穴の上で腰掛けて見ていた。



 くっくっく……



 ふっはっはっは!!



 な、なんだ!



 なにがおかしい!!



 お前はまだ分かっていないようだ。



 なんだと!?



 番人は私の目を射抜くように観ている。



 まるで、人間の恐怖を食い物にするかのように。



 お前も、もうじき私達の仲間になれる。



 い、いやだ!!



 なにが嫌なものか。



 お前は望んでいるよ。



 他の何者にもなれなかった自分が、ようやく周りに受け入れられることに。



 番人は、醜悪な笑みを浮かべて私を見下ろす。



 私の視界はかすみ、恐れや怒りといった感情が消え去ると、代わりに全身に温かい血が巡っていくように感じた。



 安堵して、身を横たえると、最後に一番仲のよかった妹の名を呼んだ。

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