第22夜 だれかに願いを託して、人類(わたしたち)は生き続ける

わたしはもうすぐ死ぬ。


医者から、そう宣告された訳ではない。


何か、気が狂ってそう思っているのでもない。


ただ、直感的に“あるもの”が視えてしまうのである。


物心ついた時から、わたしの目には、ひとの頭上に数字が視える。


それは、そのひとが残り、どれだけ生きられるかを指し示していた。


そして、それは鏡を通して自分の頭にも確認できたのである。


「残り500時間か……」


今のところ、わたしには大きな病気もなく、それなりに健康な日々を家族と過ごしていた。


「一体、何が原因で…………」


怖い。


その先を考えるのが、とても怖かった。


まるで死刑宣告のタイムリミットのように、残酷に数字だけが減っていく。


限られた日々を、わたしは大切なひとと過ごしたい。


そう願って、わたしは前々から好意を寄せていた相手に、それとなく気持ちを伝えてはいた。


だが、相手の返事はそっけなかった。


わたしは、やり場のない想いではちきれそうだった。


誰かこの少ない時間を、ともに過ごしてくれるひとはいないのか?


家族……


家族はだめだ。


一番わたしの死に様を見せたくない相手だから。


お父さん……


お母さん……


両親とも、わたしよりもずっと長生きする。


それは頭の上の数でわかっていること。


わたしは、自分が死ぬとわかった日から、わたしなりに親孝行をした。


両親に負担をかけまいと、学費のかからない公立の学校に行ったし。


仕事で得た給料も、同居する親へと、自分の小遣いも少なめにあげていた。


そんなわたしを、両親はこの上なく愛してくれた。


きっと、そんなわたしが目の前で亡くなったら、彼らは耐えられないだろう。


死期を前に、両親から去ることは、わたしの最後の親孝行だった。


そうして、とうとうそうの朝が来た。


残り3時間。


わたしは昨夜から、海の見える、海岸の宿場に泊まっていた。


一体、自分の命日を知っているひとが、死刑囚以外にこの世にどれくらいいるだろう?


そんなことを考えながら見る、朝焼けの海は、神々しいくらいに美しかった。


なにか、宗教的な……


天国があったら、あの雲の向こうに……


そんな気持ちを起こさせる、朝焼けの海だった。


わたしは宿場を出ると、浜に向かって、裸足で歩いていた。


手鏡で頭を見ると、残り15分。


もうすべてがどうでも良かった。


生きとし生けるもの。


鳥もカニも、足元の小さな虫でさえ。


何もかもが、輝いて見えた。


最後にわたしは砂浜に膝をついて、腰を落とすと、手を組んで祈りを捧げた。


それはわたしが子供の頃、カソリック系の幼稚園で習った、拙い祈り方だった。


つたないながらも、心をこめて、残してきた両親と、友達のことを願って祈った。


そして、そのときがきた。


流星がきらめき、沖で爆発したかに見えた直後。


地上数百メートルもの大波が地平の先からやってきた。


それを見たわたしは、ほっと安堵した。


わたしがいなくなっても……


大勢の人たちが犠牲になっても……


人類はまだ死なない。


あのふたりは、お父さんとお母さんは生き続ける。


風が頬をなぜ、すべてを破壊する津波が今まさにわたしを呑み込もうとする時にあっても……


わたしの心中は穏やかだった。

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