√s 5-1 きれいなものだけでつくられた
_____この世に人知れずとして存在するもの。
_____不気味である、ばけもの。
_____不思議であやしいもの。
_____大変、優れて常識を超えているもの。
世界のいきものたちが取りこぼした、放置した、忘れた、放棄した、感情たちの残滓から生まれたものたちは、“そう”いう意味の名前をつけられた。
不可視の独自性ルールに則り生息するそれらによって多発したのは理解不明の事故、怪我、**、■■、▲○、???。凡ゆるいきものたちの中で最も幅を利かせたとされるいきものたちの大凡は、自らが生み出したはずのそれらを視ることができなかったので。
大凡以外の少数の“視えるもの”によってそれらといきものたちの間を取り仕切り結び目を作ろうと、良き隣人だけで済むようにと。100年以上も前に設立された秘密組織は蝶々結びの花輪に、“そう”意味を込めた。
_____ところで。
怪結隊には隊、所謂部署のようなものが存在する。何故、などとはいうまでもなく、多岐にわたる役割を分担するために。凡そ100余りの人員は6つに分けられた隊に所属する隊員、隊をサポートする補佐隊員とに分けられた。
その中のうち、最も所属隊員が少ないにも関わらず最強と揶揄される部隊があった。
攻撃の一切を、指先ひとつの動きを、感情の起伏すら見通す特殊な眼を持つ“測定者”。
最大射程は1000m、口径と同等の穴に銃弾を打ち込むことすら可能とする圧倒的射撃センスを誇る“銃の天才”。
ダイヤモンドを砕く剛力、新幹線に並行する速度、常人離れした身体能力により対人戦闘で常勝を誇る“金剛獅子”。
紙ですら銃弾を弾く、あらゆる物質に硬度を付与し操る、圧倒的な数と多面性による強力な防御性を誇る“吹雪く盾”。
鋒は目で追う事すら出来ず音すら置き去りにした高速斬撃、空中に斬撃を留めることすら可能にした“剣の天才”。
本来霊式を持たざるは冷遇された所以をただひとつの発明でひっくり返した汎用的擬似霊式“札紙”の原点、“護符”を独自開発した“稀代の開発者”。
隊員総数6名で結成される秘密対処裏遊撃部隊 2番隊。
凡ゆる隊員たちからの畏敬の念を一心にあつめ、最強の称号をあるがままにした彼らの。
ほんの少しのおはなし。
酷く張り詰めた静寂に支配された部屋があった。いつもは音に紛れてばかりの時計の針が進む音が、いやにかち、かち、と響く。
部屋の中には5人の男と紅一点。
寛ぐためのはずであるソファに隣り合って座る2人の男女はどちらも緊張した面持ち。吐いた息ひとつ、唾を飲み込んだ音ふたつ。
夕焼け色の瞳は緊張の色を灯し、向き合う月色の瞳を見つめる。どちらも表情は固く指先ひとつ動くだけで張り詰めた。
動いたのは夕焼け色、頬を伝った汗が静かに落ちる。はっ…と迷いを打ち切ろうと小さく息を吐いたあと、神に祈るかのように固く瞳を閉ざし腕を伸ばした。
引いた手に握られているカードには赤いハートがひとつ。ふたつとそろって夕焼け色は手に持った2枚のカードを机に叩きつけた。
「_____っの、
「うァァァァ!!!!負けたァァァァ!」
ソファの上で跳ね上がった夕焼け色とは裏腹に、月色は手に残った嗤うピエロのカードごとソファを殴りつけた。
「よーっし、第609回奢りトーナメント最下位は月だな。」
「くそがぁぁぁぁぁ!!」
「ゴチだな。」
「月負け〜、弱いな〜」
「ふん、ポーカーフェイスも出来ないとはまだまだですね。」
本気で悔しがりながらソファで足をじたばたさせた月色に返ってきたのは慰めの言葉でもなんでもない。
茶髪の男はにこやかに笑って小さなホワイトボードに『敗者決定!
「隊長が!一番!ひどい!」
誰も当然のように慰めやしないことに憤慨しぎゃん!と叫ぶ。
_____ここは、怪結隊2番隊の隊室。
最強部隊と揶揄され畏敬の念すら抱かれる彼らの“いつもの”おふざけじみた日常の一コマ。
ひとつひとつと整理すると、まずこの無駄にシリアスさを孕んでいたババ抜きは2番隊で恒例恒常に行われる奢りトーナメント、“昼食を奢るのは誰か”を決めるために開催されたゲームだ。609回も行われている由緒正しくも歴史もないトーナメントに抜擢されるゲームは各々が適当に持ち込んだそれで行われる。
今回はこそババ抜きだったが、同じトランプでも7並べ、大富豪、神経衰弱、はたまた将棋、チェス、人生ゲーム、カラオケ、海賊危機一髪、エトセトラ、etc。
そして今回の奢りトーナメントは月色の瞳をした“剣の天才”こと
「お前ら途中から狙って俺を最下位にしようとしやがってぇぇぇ!!」
「お前だって前俺に似たようなことしてただろーが!!」
「うるせー!借金まみれになるお前が悪いんだよ!!正直俺らが何かしなくてもお前は自分の運に負けてたんだよ!!5回連続で借金マスに止まるとか逆に奇跡だからな!お前は自分自身に負けてたんだよ!!」
「ちょっとうまい風に言ってんじゃねぇよ!!」
跳ねた藤色の髪の男はただでさえ目つきが悪い灰色の瞳を吊り上げて、月と言い争いを繰り広げる。“吹雪く盾”
なにせ前回行われた人生ゲームでは他5人とは1桁どころか3桁程借金の桁が違った借金まみれで、地下施設で堂々の最下位を飾った伝説を築いたものだからソレが伺える。妨害にあったりしたわけでもなく、ただただルーレットを回し、マスに泊まり、順調に借金を増やしていっての繰り返し。誰も何も手を加えずとも、いっそ途中から同情してしまうほど、なるべくしてなった果てなので月の言葉は偽りなかった。
「そもそもお前は顔に出すぎなんですよ」
「うるせー、カラオケ対決の時にジャ○アン顔負けの音痴披露したくせに」
「それは今関係ないだろう!?」
「そーだそーだあんまり酷いからカラオケマシーンに強制終了させられたくせに」
「……お前らそこに座りやがれ!その口二度と開けないようにしてやりますよ……!」
呆れたように金色の髪の男が口を挟めば、言い合っていたくせに突然手を取り合って反撃に来た月となずなに青筋を立てた。桃色の瞳を一瞬で怒りに染めて拳を握る、よく見ればメリケンサックを嵌めており何がとは言わないが“ヤる”気だ。“金剛獅子”
こと対面系のゲームでは早々に抜けるほうだが、この男
芸術的なセンスが全く、ない。
壊滅的に、ない。
多分神様が入れ忘れたどころか溢してマイナスにしたほどに、ない。
過去にカラオケ対決が行われたのだが菊の成績は最下位。正確には順位不可、ドクターならぬマシーンストップ。
例えるなら某青いロボットアニメのガキ大将、某ゲームのドラゴンレディ、放たれるのは歌ではなく音響兵器の類と言っても過言ではない。個室でマイクを持ちその口から発せられた衝撃波はカラオケマシンから“死ぬ。無理無理死ぬからマジで”と強制終了がかかったほどなので身体能力のかわりに抜け落ちたのは間違いではないだろう。
「あは〜、お前らどんぐりの背比べって知ってるかぁ〜?」
「うるせぇ将棋のルールすら覚えれてなかったやつには言われたくねぇわ!!」
「香車掴んで突撃ー!とか言って投げつけてきたやつは黙ってろ!!」
「何年参謀やってるんですか!出直せ!」
「お前らなぁ。撃ち殺してやろうか〜??」
笑顔で毒を吐いた赤い髪の男はその結果、3人にフルボッコにされる。笑顔を浮かべているくせに橙色の瞳の奥は一切笑っていないまま、ガションと音を立てて愛銃を構えた。
“銃の天才”
称された通り2番隊での役割は参謀に属し作戦指揮の専らは一白が担っている。その経験が活かされたのか今回のババ抜きでは6位中堂々の1位。
なのだが、その癖に。
過去行われた将棋対決において「突撃〜!」などと叫びコマをぶん投げ物理的にプレイヤーを倒す、という反則行為で最下位を飾った。
「おいお前ら……いい加減にしろよー?毎回毎回飽きねーな、なんでそう喧嘩になるんだよ。」
「負けられない!」
「戦いが!」
「今!」
「ここに!」
「「「「ある!!!!」」」」
「良く綺麗に揃ったな!?」
トランプを片付けながら注意した茶髪の男の言葉に4人は仲良く言葉を重ねてハモる。緑色の瞳を丸くさせて驚く男に4人は悪口は返さなかった。
“測定者”
それから純粋に。
尊敬している隊長だし、年はそれほど離れてないけど感覚的に父親みたいだから言い争いしても嗜められればすぐに負けちゃうってのは言い訳だ。
「仕方ないよぅ隊長、あいつら馬鹿だもん。ところで月ー!私今日はからあげ弁当ね、ゴチでーす!」
「わぁってるし!……1人で行くの寂しいからついてきて?」
「やだ月ちゃんかわいい!寂しいと死んじゃううさぎちゃんかしら。」
「うん、月チャン寂しいうさ。」
「やだもう仕方ないなぁ。1人で行っておいで」
茶番を繰り広げた紅一点、“議題の発明者”
ひとりでいけ、そういうことである。
「成人超えた大人が何うさとか言ってるの。」
「ひでぇ!フラれたから、乗ったのに!」
「敗者は黙って勝者の言うことを訊けば良いのぜよ。」
「キャラ変わってんじゃんっ!」
成績は5位で、長く辛い戦いを終え辛くも勝利を収めた葛はその勝利の余韻に浸るのに忙しいらしかった。ソファで偉そうな猫みたいなポーズでふふん、とドヤ顔を披露する葛に月はむぎゅと顔を歪ませる。
ちょっと、だいぶ、かわいかった、なんて思ったりして。
「ちなみにうさぎの鳴き声はうさじゃないですよ。」
「知ってるわ!馬鹿にすんな、ぴょん、だろ。」
「ちげ〜よ馬鹿だなぁ月は〜。きゅっ、ぷうぷぅ、ぶ〜、ぷ〜ぅっきゅ!だろ〜?」
「何その無駄な特技。」
恐ろしく無駄な特技 うさぎの鳴き音を披露した一白に一同は軽く引いた。真顔でぷうぷぅ言う成人男性、これはもはや案件では?
一白の顔つきは所謂幼めの薄幸美人系といえるので、そんなに“やばい”ことになってないのが余計になんか、やだ。
肝心の本人は出来に満足して「似てるだろ〜?」と自慢げに腕を組む。一白はこの中では葛に次ぐ年少なので、年上勢はちょっと判断が甘い。
幼馴染の菊はそっと札をあげた、札にはセウトと書かれている。セーフ寄りのアウト、やっぱりそれなりに甘い彼らからしても「ぷぅぷう」言う成人男性というパワーワードのインパクトには負けたらしい。
「つーか、んなことどーでもいいからはよいけ。」
「くそー!買ってくるよ!」
「俺日替わり弁当な。」
「かき揚げちくわ天きつねうどんで頼む。」
「オレは麻婆丼辛さ増し増しの増しで〜」
「僕は天ぷら蕎麦でお願いします、いってらっしゃーい。」
「いってきます!!」
けらけら、くすくす、笑いあってテンポの良い会話が繰り広げられる。不満げに財布を持って隊室から飛び出していった月の背中に葛が手を振った。
その十数分後、帰ってきた月は一白の頼んだ麻婆丼辛さ増し増しの増し、ただただ真っ赤なものを引っ掴んで「一白テメェこれ頼んだ時食堂のおばちゃんにすげぇ目で見られたじゃねぇか!」と叫んだ。
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