√s 1_1 君たちこそが幸福で
____2番隊について、と聞かれると大抵に返されるのはその自由奔放ぶりへの苦言や、呆れ、いっその好奇と享楽。それから一番最後に付け加えられるのは決まって「仲がいいよなぁ」なんて云う生ぬるい言葉。
人間関係は植物に似ている。水をやらなければ育ちはしないくせに、与え過ぎれば根が腐る。適度な放置と良い距離感、上手に上手に付き合ってようやく花を咲かせる。身も蓋もなく合う、合わないで簡単に枝分かれするので厄介だ。一番初めからパズルのように当て嵌まる関係というのは希少であるし、その逆もまた然り。
すっかりと10年以上の来とばかりに互いが互いの隣を譲らず確立した6人組だとしても、その道理は譲らない。
これより語るは、今や知らないものも多い一番初め。”何やかんや”で”色々あって”結成された2番隊の、馴れ初め話。
扨。
かつての怪結隊
役割こそ変わらず、精鋭が配属されるある種の花形ではあったがなまじその実力があるからこそ厄介で、行き過ぎた霊式主義に伴う過剰な自信と傲慢な態度。たかだか態度が悪い程度で済めばよかったが、霊式を持っていなければ人間ではないとばかりの虐め行為だけでなく、点数稼ぎに一般怪の報告をでっちあげ裏ノ怪として討伐するなどの問題行動すら起こしていたので救えない。
けれどその行為が黙認され怪結隊の中で蠱毒の様に成り果てていたのは、結局、実力があったからとそういう常識が引かれていたからだ。まともな人間が非難を訴えかけても上層部が黙殺するのでどうしようもなかった。
増え続ける人口に伴い、感情からか生まれる怪も多様化していく。純粋な分母が増えれば裏ノ怪への変質も増える。だがそれらが視える者たちはいつだって少数派のマイノリティ。
当時の怪結隊には前線に立てる純粋な人員が足りなかった。霊式至上主義が蔓延ったのも、あまりに強力な裏ノ怪に霊式なしで立ち向かうことは困難を極めたというのもある。1+1は2になるが、1を足し続けて1000を無くすことができるという保証はどこにもない。
ひっくり返ったのは天暦918年6月8日にとうとう起きた内乱革命”槿花落葉”、霊式などなくとも戦えると証明させたのはちっぽけな少女のくだらない願いが始まり。
内乱革命”槿花落葉”は革命側の勝利で幕を下ろすこととなる。一部の上層部は首をすげ替えられ、怪結隊の総隊長には1番隊隊長と兼任して革命の中心の1人として参加した鬼野灯が着任する調べとなった。
1番隊 隊長:鬼野灯 副隊長:
2番隊 隊長:七竈木蓮 副隊長:真咲葛
3番隊 隊長:ヤー・チャオ 副隊長:ディギ・ダリス
4番隊 隊長:
5番隊 隊長:花車橙 副隊長:ニイカ・カナ
6番隊 隊長:笹リュウタン 副隊長:カトレア
(正式名及び敬称略)
また、以上の通り怪結隊の隊員たちはぞろりと入れ替わることとなる。今まで黙殺されていた違反行為の数々は目溢しされることなどなく、いっそ犯罪行為とすら変わらないと縄についたものすら出る始末。膿を出し、少しどころか多分に正隊員の数を減らしながらも怪結隊はようやくまともな組織の形を取り戻しつつあった。
例え人員が入れ替えられても隊の役割は変わらない。それぞれの隊が担う役目に長けた者が隊員として配属される。故に遊撃部隊として役割を確立した2番隊には、それ相応の実力者が配属されるのは当然のことではあった。
しかし、後に七竈木蓮はこの人員配置においてマイナスとマイナスを掛け合わせればプラスになるような思考が働いていたと語る。
___雰囲気は最悪だった。
付け加えれば態度も最悪だった。ただ1人、同期からは「いい意味で豪胆、悪い意味で気にしなさすぎの大雑把」と称される七竈木蓮が「もうどうにでもなぁれ⭐︎」とばかりに開き直って諦め切ってしまっているくらいには最悪だった。
2番隊に正隊員として配属されたのは隊長、副隊長を除けば4名。数こそ少ないが少数精鋭という言葉がぴったりと当てはまる実力者。しかし実力者だけで片付けてしまうには色々と問題も含んでいた。
元自警団”小箱の冠”の桂木月並びに藤なずな、旧時代の被害者”冬沈み”の日草一白とその幼馴染山菊桃。内包している過去は怪結隊への反旗を翻しかねない不安の芽も含んでいたのが問題の厄介さを物語る。
心配そうな瞳で一白を見るばかりで他に目を向けることのない菊が一番”マシ”と思えるのが辛い。張り詰めた空気を纏う月に、野生の海のような警戒を向けるなずな、視線だけで他人を刺殺さんとばかりに刺々しい一白。月となずな、菊と一白、と信頼する1人がそばにいるせいが余計に溝を作っているようだ。
資料だけでは人となりは理解できはしないし、所詮他人を理解することなど到底できはしない。ただ、情報として知っている過去を見るに他人____特に一白などは、怪結隊そのものの憎悪すら燻らせていても仕方がないとすら思えた。事実、木蓮のふたつの義眼に映る感情はどれもこれも、憎悪や怒りに満ちている。
とりあえず自己紹介でもするか?と捻りのない言葉をかけたところ全員揃って名前しか発しなかったので(そうだけどそうじゃない)と項垂れる。
(これどうすりゃいいんだよ。)
途方に暮れる木蓮の姿を見てだろう。今まで沈黙を貫いてじっと座っていた葛が立ち上がる。
真咲葛、木蓮にとっては妹を通り越えて娘のような存在であり、先の革命を勝利に導いた1人者とすら言える”稀代の開発者”。感動したのは葛が人見知り、というよりも人間関係の不慣れさがあったからだ。
彼女は出自が出自で、育ちが育ちで、真っ当な人間関係を築けるような幼少期が存在しなかった。不幸だったと憐れむつもりはないが、腹立たしく今なおその原因の顔を腫れ上がって青くなるまで殴ってやりたいとは思っている。
怪結隊に保護された後主に面倒を見たのは木蓮で、それから彼の元チームメイトであった鬼野と周防であった。年上ばかりの環境で末っ子として育てたために、葛は年齢の近い相手との付き合いがほとんどない。
どうしたって言いたいこと、したいことをなんとなく察することのできる自分たちや、共通の知り合いがいての同世代ではない。完全なる他者との交流、木蓮の瞳が隊長として、ではなく、親としての心配が色づく。まるで初めてのお使いをみているかのように、ゆっくりと開かれる小さな口の行末を息を呑んで見守った。
「……木蓮…隊長が、困ってる。自分の機嫌を取らせようとしないで。」
わーーーーーーーぁ!ちゃんと俺のこと木蓮って名前じゃなくて隊長で呼ばなきゃっていうの覚えてて偉い!俺が困ってるからなんとかしようとしてくれたの嬉しい!でも着地点が完全に喧嘩売ってる!
「…は?なに、喧嘩売ってる?」
「それはそっち。隊長じゃなくてもわかるくらいの苛々を態とらしくこっちにぶつけてこないで。」
いの一番に反応したのは月だった。鋭さを孕んだ瞳が葛を睨め付けるが、彼女はまるで知らぬ顔で、むしろ馬鹿にするように鼻を鳴らした。それがますますと神経を逆撫でしたのだろう、嫌味な笑顔で「へえ」と首を傾げる。
「あの稀代の天才様とあろう人にもなると随分と他人に偉くなるんだね。」
「…くだらない。私が偉そうに視えるんなら随分他人に謙って生きてるんだね。」
「おいテメェ、さっきからいい加減にしろよ。先輩だろうと副隊長だろうと言い過ぎたろ。」
荒っぽく口を挟んだのはなずなだ。月と長い付き合いらしいなずなは葛の態度に青筋を浮かべている。
「いい加減にして欲しいならもう少しマシな態度をとってよ。あんた達の行動全部、隊長の責任になるんだよ。配属されて初日の態度がそれじゃ、この先の任務が心配すぎる。」
「心配されなくても別にい〜よ、やることはやるし。ていうか態度とかさぁ、君だって言える程良くないじゃーん。」
「お、おい一白…」
一白が言葉を挟む。口調こそ緩やかだが声色はひどく冷酷で、語尾はいっそ突き放してすらいた。葛がムッとだまってしまったせいだろう、ちらちらと心配そうに一白を見ていた菊が思わず名前を呼ぶ。
「言い過ぎですよ…」
「む、別に言いすぎてないし。事実じゃん。」
「だからって…」
「つーかそっちの金髪はさっきから何ぼそぼそしてんだよ。」
「あ?別に関係ないでしょう、お前には。」
「腰巾着かよ、急に饒舌だな。」
「そっちだってそんな感じじゃん。」
「はぁ?目腐ってんのかよ」
とうとう葛そっちのけで各々が言い争いを繰り広げ始めたので、木蓮はすっかりと自信を無くしてしまいそうになった。
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