14.ただ、それだけしかいらなかった



:槿花きんか…ムクゲの花のこと。もしくは、ムクゲが朝に開き夕方に萎むことから儚い栄華の例え。

:落葉らくよう…葉が落ちること、老化に伴い切れて離れること。



“わたし”は。

幸せに。なりたかった。


どんなことがあっても、何をしても。

たとえそれが砂糖菓子みたいに甘い夢でも、氷みたいにいつか溶けて無くなってしまうものでも。

幸せがほしい。生きていてよかったって、心から思いたかった。



何をしてでも、私は幸せになりたかった。














“前回のあらすじ”

いっけなぁ〜い、大変大変!

苺大福が美味しくってついつい私ったらほんとハムスター⭐︎

水樹くんを驚かせちゃおうって突然現れたらびっくり!

なんとなんと水樹くんがコワモテのおぢさんに絡まれちゃってて私いったいどうしたらいいの〜!?



「『あ、睨まれた。これは多分巫山戯てないで助けてくださいよ!ってこととみましたよ!』」



水樹は思った、心の底から。

わかってんならどうにかしてくれ____と。


野生を忘れた猫みたいなポーズのまま宙を漂うツヅラにぐっと水樹は腹の底あたりに力を込めながら俯いた。そうでもしなければ名状し難い怒声が声からまろび出てしまいそうだった。

前髪の間から覗いた木蓮の顔は驚き、というよりも理解ができないような困惑に満ちていく。


木蓮の瞳には今現在に至ってもなお、水樹の感情が“色”という形で映っている。水樹の木蓮たちに対する怯えや困惑、疑念や秘匿といった感情の一部がツヅラのせいで彼女に対する苛立ち等々に塗り替えられてしまっているせいだろう。ついさっきまでオロオロしていた少年(そうさせた自覚はある)が急に感情を急変させたので、木蓮の困惑は、そりゃあごもっともだが都合がいい。


色で感情を判別する、つまり漫画のウニフラッシュや小説の()のように文字で思考回路を読み取れる訳ではないと言うこと。どうしたって水樹が沈黙する限り、木蓮は“ユイキリ”の答えには辿り着けない。それに応じる質問が出ない限り、感情の色だけでは判別できない。

当然として木蓮は水樹の“答え”を知るまで解放する気はない事実に変わりはないが、それだけでもまだマシだ。


高望みをするならこの隙を縫って逃げ出したいところだが、やはり水樹だけでは不可能だ。いくら困惑の感情を抱いているとはいえ、水樹と扉のルートには木蓮になずなまでいるのだから。


だからこそツヅラに、それこそ水樹の姿を隠したりとか(出来るかは知らないが)“そういう”のを期待していたのに!


言い訳をするのならば、ツヅラからすればにゅるりと現れて一番初めに見た光景がカツアゲ疑惑だったために、状況把握ができていないと言ったところだろうか。


(あー、あー、まっじどうしよっかな……催眠的な能力で俺は嘘ついてませんって状態とかになれたら多分、誤魔化せるんだろうけど自己暗示能力高くねぇしフツー無理だしまじどうしたらいいわけ?)

「『はいはい、なるほどカツアゲじゃありませんでした?このお守りについて追求されててどうしよって、ことですかね。』」

きょろきょろ左右で色の違う瞳を交差させたツヅラのようやくと出した推測は大体合っていた。同じように視線を彷徨わせていた木蓮もまた、怪訝な顔で首を傾げる。


「何かいるのか……?」


けれどどこを見たってどう見たって、木蓮の瞳には彼女の痕跡などひとつたりとも映らない。

だって、彼女はそれを望んでいなかったから。


「『……うーん、流石に隊長たちって放置された髪の毛以上にやばい絡みつき方してるから記憶とか弄ると結構、縁の糸が傷つくんですよね。」

腕を組み態とらしい考えこむ仕草をした後とっても名案浮かんじゃった!などと言いたげな、漫画とかアニメなら光る電球のイラストが出てる様相で「そーだっ」と手を叩く。


「『別に既存世界の生物たったひとりだけしか協力者にしちゃダメなんて法則はないんですし、後で隠せば・・・いい話ですもんね!」

彼女は笑う。


それは____あぁ、それは____水樹の前に初めて現れた時と同じ。

矛盾しながら存在している、ひとでなしの態とらしくとってつけたような表情だった。




ぐるり、と視界が歪む。




瞬きの刹那、そこには、ひとりの女がいた。


彼女はなんとも、見たことしかない・・・・姿をしていた。

夜に溶けてしまいそうな黒色の様相。

黒い水兵服に似てデザインされた改造隊服。

セーラー帽にあしらわれた五弁花と蔓の飾りが、彼女の動きに合わせてしゃらりとゆれる。

袖の広がった少しオーバーサイズのセーラー服の裾には蔦模様の刺繍が施されていて、襟から覗く赤紫色のスカーフは器用に結ばれていた。

上着同様黒の、こちらもふわりと裾が広がっているハーフパンツからすらりと伸びた足は肌色を覗かせたかと思えば、すぐに蝶々結びがあしらわれたブーツに覆われている。


ちらりと瞳が淡い光を揺らす、違和感しかないその、色。そこにあったのは左右違った色をした瞳で、左はエメラルドみたいな碧、右はアメジストみたいな紫、宝石を嵌め込んだようなそれはとても綺麗なのにどうしてか、ほんの少し、作り物にも見えた。

メッシュというよりかは、白色と黒色が互い違いに混ざって肩ほどまで伸びている髪は空気を含んでふわりと揺れる。






そこに、いた___のは_______





「…はは、は………こりゃ。冗談、きついだろ。」


つい、まろび出た言葉はみっともないくらいに震えていた。灰色の瞳が映し出したすべてを脳が受け入れるのを拒否する。少しでも気を緩めてしまえば泣いてしまいそうな、決壊寸前の表情はくしゃくしゃに歪んでいく。


突然と(2人からすれば、そうだ)宙から降って沸いて、まるで水樹を庇うように後ろ手で制した“彼女”は目を見開き硬直しているその姿にご満悦で口元を緩ませた。


「そこまで吃驚してくれるんなら、もうちょっと楽しい感じで現れればよかったですね?少女漫画風に壁ドンでもしてあげればもっとよかったです?」


皮肉だ。

そしてその言葉は、残念ながら彼らの確信をついてはいなかった。



「あは、どうも。正しく、初めまして?私は____縁を切ったり結んだりで定評しかないユイキリのツヅラさん、とーぅじょーう!です。」



矛盾だらけのくせに当たり前のように降り立った領域外の人外は。一番初めとおんなじように、ふざけた様子で敬礼のポーズをとって笑った。









これは決まった!ちろりと背に庇った水樹を見やるとじんめりとした視線を向けられた。


「あり?なんか思ってた反応と違いますね……」


まさか、そんな。

そう、まるで事態を悪化させたみたいな顔で睨みつけられる謂れはないはずなのでツヅラは首を大きく傾げる。


「ツヅラさん、問題です。」

「あいあい?」


パイプ椅子に座ったまま、水樹は目もすわらせた。


「今____全容こそよくわかんないすけど、疑い等々かけられて詰問されてる奴がいます。」

「うんうん。」

2人が混乱と困惑が勝って次の一手に出兼ねているだけなのをいいことに、危機感も全くなく会話を続けるその胆力はさすがだろう。否、元々ツヅラにそういった危機感はなかったし水樹は一周回って開き直っているだけともいう。


「そこに突然降って沸いた正体不明理解不能のよくわかんない推定人外がそいつを庇うような形で相対します。」

「はいはい。」

「そもそもそいつのいる組織ってモノは違えど人外に対抗する国家公認の秘密組織で、要するにそんなとこに突然現れてるってわけで。」

「ほうほう。」

「しかも詰問してた人、めちゃつよの遊撃部隊なひとな訳っすよ。」

「おーおー。」


「そうしたら、さぁ!」


ぶわりと、室内なのに風が巻き上がる。

哀れ、恐らくは事務員らが仕舞っただろう書類たちは粉塵とともに吹き荒れて、それに紛れて細かい紙片がイワシの群れみたいに宙を舞った。



「こうなるに決まってんじゃん!!!」



怪結隊は、国家公認の秘密組織でありその活動内容は“人と怪との間を取り仕切る”こと。その本部(つまり、ここ)は当然秘匿される。



侵入者が現れた?オッケーオッケー、そんなこともまぁありますので任せてください。


「旋風。硬化。……紙吹雪。」


ぶん殴って、蹴り飛ばして、ふんじばって、目的も正体も裏も表も全部全部全部全部全部全部全部もうでないって泣いちゃうくらいしてあげるのが、怪結隊の流儀ってヤツ。

なずなのただでさえ目つきが悪く怖いと定評のある顔つきが、陰った表情も加わり幽鬼が如くといったところか。


「ありゃ、こわ。」

「危機感ーーーーーー!!!」


そこになければないですね。


幸いと言っていいのか、よっつの濁った瞳が向ける敵意も殺意も全てはツヅラに向けられていた。つい先ほどまで水樹へと向けられていた恐喝じみた詰問の圧など可愛らしく思えてしまうほど、充満する感情に抑えつけられそうになる。

ぎゃあぎゃあと叫んでいられるのは良くも悪くもツヅラが“いつも”どおりのせいで、お陰だろう。


「ふ、ふふふじさ、ななななまどさっ!一回話聞いてください!」

「話?話、を。する気がなかったやつが言うセリフとは、思えねぇな。」

それに水樹は反論できない。

だって水樹は木蓮の目さえなければ、それこそ、なずなだけであれば煙にまいていた。

隠そうとした張本人でなしがそれをあえて見せるとは思いもよらなかったが、そうせざるを得なかったのだ。


『隠せばいいですもんね!』


水樹がツヅラを、ユイキリを認知しているのはツヅラがそうしているからに過ぎない。ツヅラの持つ根絶の能力は協力者がいた方が都合がいいから、という理由だけ。


もしも____水樹がこのまま査問会にかけられでもすれば、どうしようもなくなれば。ツヅラは容赦なく縁を糸を断ち切るのだろう、あの、裁縫鋏で。したくないだけで、できないなんて言ってない。

そうして全ての記憶を都合よく改竄してしまえばツヅラの存在などどこにもない、全てが正しい位置に収まってお終いだ。


だが、そんなことをすればただでさえ傷んだ世界を余計に痛めるだけなうえに本来のチギリギリ討伐というタスクに欠けるはずの力を無為に消費する。対象がたった2人ぽっちだったからこそ自分自身を明らかにして、引きずりこんだ。


「髪が、髪がぼさぼさになりますー!」

「んなこと言ってる場合かー!!!」


………多分。

水樹の推察はおおよそ間違っていないはずだ。

ただ、ツヅラのその日常の中に入り込んでおかしい癖に矛盾している様子のせいで毒気が抜けてしまうだけで。


「なんだよ、これ……っる、せぇんだよ…!その口開くなよ!」

「あぇっ、無茶言いますね?」

「んだ、その、敬語っ、にあわねぇんだよ!」

「喧嘩売られてます!?」

吹き荒れる風がなずなの怒号に合わせて紙片を巻き上げて、触れた場所はナイフで傷つけられたように鋭い痕を残していく。


藤なずなは霊式を持っている、指定したものの硬度を任意に設定できる特異能を。

その霊式をもってすれば風で巻き上がる紙片をダイヤモンドのように固くすることなど造作もないこと。それはただしくかまいたちよりもタチの悪い、刃の嵐に成り果てる。


「洒落が聞きすぎてて笑えねぇんだよ、ふざけ、んな……!」

「む、失礼ですねっ。確かにまじめな話は似合わないって有名でしたけどこれでも実はとっても真面目っぽいかもしれないじゃないですか!」

ツヅラが喋れば、それだけなずなの表情が歪んでいく。

紫色の髪を、彼女がおんなじだと笑っていた髪を、ぐしゃぐしゃと無意味に乱雑に掻き回す。うっすらと扇子を握る手はそれを取り落としてしまいそうなくらい力を込めていた。



未だ、後悔を抱いてばかり。

目が覚めれば背筋が冷えていくだけの悪夢で、あの隊室に彼女が野生を忘れた猫みたいな格好でへらへらと笑っている日々の続きがあるんじゃないか。


どこにも、いないのだ。

あの夕暮れに連れ去られて、砕けた彼女は、あの日。


『なずなっ、月が、月がぁ〜!!!』

『んぁ?なんだ、喧嘩でもしたのかよ。』

『私のとっておきのおやつ食べたんだけどっ!サイテー!名前書いてあったのにっ!』

『あー。そりゃだめだな、よしよし、にいちゃんが新しいの買ってやろうな。』

『お兄さん間取り持ってください!葛お願いだから無視しないで!』

『お前にお義兄さんと言われる謂れはない!』

『うるせーーーー!葛ごめんってば〜!!』


くだらない日常の日々を。

彼女が何よりも愛していた幸福を。

あの日全て踏み躙ってくだいたのは紛れもない。


『呪われちまえ!』


世界の全部、呪ってしまっていいから、生きててほしかったのに。

たったほんの少し、ありきたりで平凡を何より愛したお前の幸せを諦めさせて、全部全部全部台無しにした俺たちのせいで、あんな、あんな顔を、させた最後を。




「あ、あぁ、ああ、ごめん、ごめん、なぁ、……!」



嗚咽と共に吐き出した名前は風音にかき消されてしまった。

豪と襲い掛かった紙吹雪はしかして眼前でその勢いを殺されて、止めたのは透明の壁。制御を失った紙片が床へと散らばり落ちる。

ツヅラと水樹を紙吹雪から守り使命を終えると燃え尽きていく札には、水樹もよく知る紋様が描かれていた。


「結界の札紙…」


残念ながらそれを発動させたのは水樹でも、もちろんツヅラでもない。


「七竈さん……」


木蓮は俯いたまま表情は読めなかった。


それが部下の暴走を止めるためだったのか。ツヅラたちの態度から敵対する理由はないと判断したからか。

それとも。

“彼女”を傷つけたくなかったための愚かで咄嗟の行動だったのかは定かではない。


「………水樹。」

「っはい!」

「…………話せ、一から、全て。それで____それで全てを判断する。」


結局は誰も、彼も、みっともなく泣きそうな顔を隠しているだけに違いはなかった。

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