√s 1-2 形が歪だろうと構わない










「_____で?そっからどうしたの。」

「いい加減にしろって怒鳴って取り敢えず解散させたよ…」

「あははは、大変だね。」

「他人事だと思いやがって…!」

大人しそうにすら見える整った顔からは想像できない山賊じみた仕草で酒を煽る周防花薊に木蓮はぎりぎりと噛み締めた歯を鳴らす。反対の横に座る鬼野灯が前に並べられたからのジョッキと比例しない鉄仮面を少しばかり項垂らせたので、木蓮はぐるんと首を回し視線の的を変えた。


「鬼野ォ、なんであんな問題詰め合わせヒットパレードみたいな隊にしたんだよぉ。」

「実力は確かだ。」

「それはそれ、これはこれ、だろーよ。あいつら各個撃破は出来ても集団戦は危なかしっくて許可できね。」

「…そんなにか?しかし周防がどうしても、あの組み合わせでと聞かなくてな。」

「お前のせいじゃねーーーーーーか!なーに他人事みたいにしてんだ!」

「あっはははは!」

酒が回って感情を抑えきれなくなりつつある木蓮が勢いよく立ち上がったかと思うと花薊の胸ぐらを掴む。そのままぐわんと揺らすが、それすらおかしろいと花薊の笑い声がこだまする。

3人は同期で、元は3人編成のチームを組んでいた。怪結隊史上最大の内乱主犯格であり、革命の先導者とも言える。

革命が成功に終わりチームこそ解散されたが友人とだけは言い表せない共犯的運命共同体や気安い信頼、腐れ縁とも言える関係性が3人を繋いでいた。


「いや別に、俺だって面白そうって理由だけで言ったわけじゃないよ。」

「ゲラゲラ笑ってたくせにどの口おまいうだわ。」

「この口俺いうかな。なんかこう、うまいこと噛み合いそうな感じがしたんだよ。」

「ほぉ?そのこころは。」

「勘。」

「あーソ。」

けろりと何の悪びれもなく、根拠のない要素を持ち出した花薊にとうとうと木蓮は声を上げることすら面倒になったようで酒を一気に煽った。


「葛は大丈夫そうか。」

「でた。意外とこの中で一番過保護だよね、鬼野。」

「過保護じゃない。」

「過保護だよ。俺たちの可愛い娘なだけじゃいつまでもいれないんだし、子離れしないと。」

「そりゃ俺もわかってるんだけど急には無理だろ。」

あからさまに口をへの字にさせる灯と頷いているようで反論する木蓮に、花薊が大袈裟なくらい大きなため息を吐く。


「今まで葛の周りには俺たちと、そもそも俺たちがよく知ってる奴しかいなかった。浅木のとこの羽衣だったり、花車だったり。葛が自分でいちから人間関係を築くってのも大事だよ。」

「正論言うなよぉ、しょーじき俺、葛から洗濯物わけてとか臭いとか言われたらなく。」

「話が一足飛びし過ぎだろ…まぁでも、いつかは来るんじゃない?13歳だし。反抗期が来たりとか、彼氏だか彼女だかと連れてきたりとか、一人暮らししたいとか。」

「葛を家族に迎え入れたいのならまずは私たちへの挨拶が先だろう。」

「鬼野まで?ごめん、その話降った俺が悪かったよ。七竈はともかく酔ってないのにボケて…るんじゃなくてガチだもんね。うん、俺が悪かったよ。」

鬼は御伽噺では揚々と酒を煽っては退治されたりする代名詞だが、灯はそれに属さない。キャパシティが大きい上に、気分が喜怒哀楽に左右されることもない。蟒蛇、笊、いっそ枠。

解禁年齢になったからと3人で酒を飲んだ初めての日に日本酒を一本空けた灯の枠具合を、花薊はとっくに旧知の事実で、故に、「お前に娘はやらん!」「ならば私たちの屍を超えていけ」をしたがる父親のような言動を鉄仮面のまま宣う灯がちゃんと正気なことを理解していた。理解していたから、深くつっこむことをやめて話を逸らすことを選択した。


「えーと。でもさ、事実あの4人、実力はあるよ。」

「まぁそうだろうな。日草一白と山桃菊は薊が連れてきたんだっけか」

「そう。まぁ、保護と要観察って意味もあったけど。」

「”冬沈み”な。」

「正直恨まれて然るに当然だけどね。それはそうと、怪結隊の敵に回られるのも困るし。」

「…耳の痛い話だ。」

「桂木月と藤なずなは一応スカウト枠に入るんだろ?」

「そちらも監視の意味が強いが、一応な。善良かつ狂った怪に手を出されては厄介だ。」

「元自警団…”小箱の冠”だったよな、確か名前。」

「本人たち自称っていうか勝手に怪結隊がそう呼び始めただけだけどね。あんまりにも手際がいいもんだから自警団ってしてたけど、実際にはあの2人だけの行動だったわけだし。」

「よくまともな武器もない中で”ヨヨヨヨヨ”なんていう都市伝説級の裏ノ怪討伐したよな、あいつら。」

木蓮が関心の声を上げると両脇の2人も頷く。


「上手に噛み合ったらいいチームになると思うんだよね。桂木は独学とはいえ剣術にたけてるし、藤の霊式は多方面的。日草は射撃能力がずば抜けているし、山桃は身体能力が発達してる。葛はオールマイティで活躍できる。七竈が上手に舵を取ってさえやれば今度こそ”遊撃隊”の面目躍如ができるんじゃない?」

「そこに至るまでのハードルが高杉くんすぎるんだよ。」

「がんばって。どんな隊だって形になるまではひとつやふたつ、から騒ぎがあるものだよ。」

「元凶がよぉ…」

「わかった、今日奢るか」

「すいませーん、メニューのここからここまで!あと一番高い酒ください。」

「おかわりください。あと季節のパフェとシャーベットマスカットください。」

「ら、って言い終わる前に注文し始めるなよ。あと鬼野もちゃっかり便乗しようとするな。…2人とも聞いてる?」

まるで遠慮する気のない2人のせいで数十分後の花薊は白蛇のようなレシートを店員から渡される羽目になる。






_____木蓮の懸念は晴れることなく、胃痛の種がただ増えるだけであった。

隊室の空気は依然最悪、とは言えそもそも部屋に集まることも碌になく任務の際にようやく揃う程度。顔を合わせると痛々しいまでの沈黙で終わればまだいい方で、刺々しい言葉が飛び交うことなどザラ。流石に任務になれば…と考えもしたが彼らはまだ酒も飲めないどころかの年齢。仕事だから大人になれという方が酷な話だ。


桂木月は独断専行の気があり憂人への躊躇がまるでないし、藤なずなは気が早く煽りに弱い。日草一白は怪への感情移入が過ぎるあまり盲目に陥りがちで、山桃菊は前線にですぎるあまりいっそ自己犠牲的。葛はオールラウンダーであるが他4人との連携が出来ず結果として後手に回る。


同じ怪結隊の仲間とはいえ所詮は他人、仲良くしろなどと喧しくいうつもりは無いが、その険悪が任務に支障をきたすようなのであれば看過することはできない。木蓮がとうとう頭を抱えたのは、ちょうど大きな討伐任務がなかったことをいいことに少々”気難しい”理由を抱えた怪の間任務が与えられた時だ。


樹齢300年を超える樹木の怪に裏ノ怪への転移予兆が確認されたため、その調査と予防を兼ねた任務だった。これは後にわかることだが本来は2番隊が引き受けるはずのない、1人の思惑によって意図的に、木蓮が任務に最初から参加できないよう細工すらされた任務であった。

この予兆に際した”気難しい”理由がお誂え向きに彼らの問題をダイレクトで突き刺した。樹木の怪、通称”きぃさん”は木蓮をのぞいた2番隊5人の前に現れたかと思うと刃の葉を降り頻らせ徹底的な拒絶の姿勢を露わにした。


「帰れ!怪結隊なんぞに世話になるつもりはない!」

「きぃさん、落ち着いて。このままじゃほんとに裏ノ怪におちちゃう。浄化を受けてほしい。」

「…お主は…覚えておる、七竈の末の枝葉、松葉の寵愛の子供か。厄介なものを連れてきよって…儂の春の楽しみを、お主らが奪った分際で何を浄化など。帰るが良い!」

とりつく島もないとはこのことで、どうにも怪結隊そのものへの憎悪に近い感情を燻らせる樹木の怪をさりとて討伐するわけにもいかず。1時間ほどの押し問答と度々抵抗の証として見せられる刃の葉に一番最初に匙を投げたのは月だ。


「もーやめだ、やめ。つーかそもそもさぁ、あのジジィ何であんなに俺たちのこと恨んでるわけ。」

月の疑念は最もで、他の3人も同じことを思っていたのだろう。突き刺す視線が恐らく、知っているのだろう副隊長の葛に向かう。葛は少し、複雑そうに俯く。


「…ある種の”冬沈み”。」

慣れない表現、されど、聞き慣れた言葉。一白の表情ががらりと落ちる。


「きぃさんの樹木には、春になる度、鳥の姿をした渡りの怪が子育てのためにやってきてた。」

感情の残滓によって生まれる怪は、その誕生に応じた行動原理や習性をもつ。勿論全てというわけではないが、それ故にか自身で決めた生息区域に棲みつくものが多い。所謂縄張り。そのため”渡り”…その名の通り、渡り鳥や海を越える蝶々と似た習性を持つものは珍しかった。


「毎年、毎年。きぃさんはその渡り怪がやってくるのを…子が育って、巣立っていくのをすごく楽しみに、していて…でも。」

「でも?」

「……2年くらい前に、その渡りの怪を…善良な性質を持っていたその怪を、見慣れなかったというだけでなく、点数稼ぎのために裏ノ怪と偽って殺害した隊員がいた。」

「_____は?」

問いかけていた月からすれば想像もつかない返答で、目を見開く。


「その怪は消滅。きぃさんはすごく、憤って…それでもその時裏ノ怪に堕ちずに済んだのはきぃさん自身の中庸性で…ただ怪結隊への信用は、もちろん地に落ちた。きぃさんは人間に憎悪を抱いてしまってる、だから、よりいっそ感情汚染の影響が強くて、このままじゃ近いうちに裏ノ怪になる。」

「…そいつは。」

「え?」

一白が突然と低い声を挟んだ。


「その殺した隊員はどうなったんだよ。どうせ…どうせほとんどなんの処分も受けずに、今の怪結隊にはいないって程度だろ!?他人の大切な存在を、怪だからって理由で人間に甘く設定した法則で裁くばっかりで!」

「一白…!」

「いった…!」

思わずと言った様子で葛の肩を掴む一白に、流石にと菊が抑えに入る。いくら菊が一白にいつも寄っているとはいえ小柄で、直接憎悪を向けられるべきではないだろう葛に八つ当たりに近い行為をしたことを、流石に放置はできなかったのだろう。


「何が冬沈みだよ!春を奪ったのはお前らの方じゃないかぁ!」

「一白!落ち着いてくださいっ、彼女は張本人じゃない!」

「ぐ、ぅぅう…!」


「ふーん。じゃあその元隊員ってやつ連れてきてやれば?」


激昂する一白も、止めようとする菊も、顔を歪ませる葛も、全て冷めた瞳で見つめた月はとんでもないことを口にした。


「は?…あんた、何言ってるか、わかってる?」

「じゃあこのままどうするんだよ。あの怪にずっと報われないままいろって?奪われた側がただ嘆くだけで終われって?____自分の大切を奪ったやつがのうのうと生きている世界で、悲しむだけで生きろって?」

「それは」

「無理だよ、憎悪は、時間で癒えることなんてない。時間はただ、炎で一番大切なところを酷く炙り続けるだけだ。」

夜空を照らす月がさめざめとした鋭さを持って葛を貫く。


「あの怪に必要なのは時間による癒しでも、他者による励ましでもなんでもない。ただ、ザマァ見ろと思えるだけの復讐でしかない。」


誰も否定はしなかった。それだけが答えで、答えだ。どうしようもないほど、それが真実だ。葛が俯き、その表情を陰で隠す。震える小柄な体を見下ろしながら泣いたかと錯覚して、面倒にすら思った。

「ふ…」

「…ふ?」


「っざけんな!」


「がっ?!」

ひとかけらの涙を流すことなく、繰り出されたのは怒声と躊躇のない鳩尾への蹴り。驚いたのは、口が悪く木蓮以外に敵対的なだけと思っていた葛が暴力的な手段をとったことだ。


「ってぇな、何しやがる…!」

「ふざけんな!他人の人生背負い込みもできないくせに、復讐だなんて綺麗事抜かさないで!」

ただ怒鳴っているようなのに、どうしてか悲鳴にも聞こえるのだから不思議だ。蚊帳の外に置いて行かれたなずなたちが言葉を挟む隙も与えず、葛は益々とその激情を増す。ほとんど馬なりになって胸ぐらを引っ張るので、月の隊服はぐしゃぐしゃに皺が入る。


「例え汚染されてようと悪意を持って人を殺した時点で怪が、裏ノ怪がどうして討伐対象になると思う!一度殺害を犯した時点で、もう取り返しがつかなくなるからだ!魂に染みついた狂気が他者への危害を訴えて止められなくなる、人間の区別なんて無くなるんだ!きぃさんほどの怪がそうなったら、どれだけの被害死者数が出ると思う、どれだけの感情汚染被害が出ると思う!____人間とは、違うんだよ!たった1人の復讐で済む話じゃなくなるんだ!」

「だったらこのまま自分の憎悪で、あの怪1人だけの被害ですませて万々歳ってことにさせるつもりかよ!」

「そうならないために!そうしないために…」


「お前ら何、やってやがる!」


止めたのは、遅れて現着した木蓮だ。割り込む隙を与えず互いが互いの感情を憤らせ続ける2人を無理やり引き剥がす。


「お前ら、いい加減にしろよ。いくら討伐じゃないとはいえ、任務中だぞ!」

「…もくれ……隊長…」

「はぁー……もういい。このままいたところで、下手にきぃさん刺激するだけだ。一旦上がれ。」

「……っち。」

「舌打ちすんな桂木!日草も一度頭冷やしてこい」

「…はいー?」



「全員、怪結隊の職務をもう一度理解し直してこい。お前らの事情なんて、他人は知ったこっちゃねぇんだよ。お前らはなんのために、その紋章を背負ってやがる。」



____なぁ薊。これが形にまでのひとつやふたつのから騒ぎだってんなら、ちょっと複雑でデカすぎるぜ。

引き締めた顔の裏側で、木蓮はとうとう泣き言を漏らした。

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夕暮れひとつ、花空ひとかけ 鑽そると @taganesolt

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