√s 5-2 きみたちがくれたきらきらした

2番隊の隊室は他の隊室と比べても少し変わっていると言わざるを得ない。書類整理のためにと設置された隊員それぞれ用のデスクの上は各々の個性が出ていたが、これはさして差異はない。変わっているのは他だ。


木蓮用のデスクの後ろに置かれた本棚には書類などが挟まれたファイルたちなどが置かれているが、もう一方、別の壁際に置かれた本棚には漫画や雑誌などといったものが所狭しと置かれカラフルに彩って、壁の上部に設置されたウォールシェルフにはぬいぐるみがぎゅみっと置かれていた。更に座り心地の良さそうなソファが一対、間に置かれたガラステーブルの上にはお菓子やカードゲームなどが散乱して、ちょうどそこから見えるようになっている場所には大型テレビ、しかもテレビ台になっている棚にはレトロなものから最新なものまでゲームが豊富に充実。更には何故か知らないが壁紙がパッチワークのように張りあわされていて、よぅくと凝らすと若干の焦げた跡なんかか見えた。


某隊の隊長曰く、「これほどまでに隊室を第2の家もしくは第1の家みたいな感じにしてる奴らはあいつらだけ。」とのことらしく。特段任務もなく、急ぎの書類もない時などは彼らが隊室で好きなことをして駄弁ってなんかをしているのもいつものこと。


事実から彼女たちに取って隊室は順当に、自分たちの安息部屋に違いなかった。木蓮は書類の整理、一白は武器の手入れ、菊は専門書を読んで、なずなはテレビゲーム、月は漫画を読んで、葛は裁縫を。


ちく、ちく、と針を刺す葛に漫画から目をあげた月はじぃっと葛の手元を覗き込む。


「何作ってんの?」

「お守り。……よし出来た!」

「うわ器用。……へぇ、夕焼け色の花に蔓?綺麗だなっ。」

頬がくっついてしまいそうなほどに顔を近づけて、きゃっ、きゃ、とはしゃぐ。肩にもたれ掛かられたくらいで2時間くらいフリーズしたまんまだった癖に、こういう距離感は近いよナ、なんて。ソファにわざわざ横並びで座っている月と葛の姿を、向かいのソファに寝っ転がるなずなは言葉には出さずにちらりと横目で見た。


「何、素直に褒めるとか照れちゃう。まぁ?器用な事で定評な葛さんなので当然ですとも!」

「真顔ですネ。」

「は、見なよこの照れ恥じらいりんごちゃんほっぺの女の子の顔。」

頬に手を当てて、照れ恥じらう乙女のポーズで体をくねらせる葛の顔は、真顔。どこをどう見ても真顔、どこに出しても恥ずかしくない真顔、辞書で引いたら参考として出てくるくらいの綺麗な、真顔。林檎を自称するにはちょっと、いや、かなり不相応。


「真顔じゃん。…え?真顔じゃん。まっちろですよほっぺた!」

「ぇ〜?」

態々二度見までしたけれどやっぱり葛の顔は微塵も照れてなどしていなくて、指差せば「行儀が悪い!」と指をつかまれる。


「いた、いたたたた、いたい!すいまっせん!」

葛がぐぅ〜っとそのまま逆さに畳んでやろうとしたので、慌てて手を引っ込める。多分、確実に、ちょっと、本気だった。


指をさする月にあからさまにぷいと顔を背けた葛は「何にも気にしてませんよ」みたいな顔で手に持っていたお守りをぽいっ、と月に放った。


「わ、わ、わ。あぶね。」

「…ぁげる。」

「んぇ?」

ぼそ、ぼそ、と口の中でこもった声を出すのでついうっかりと、ちょっと怪訝な色を含んで返事をしてしまったので。葛はギッと半ば睨みつけた形相で、わっ!と叫んだ。


「あげるっ!」


態々と「なんてことないですよ」みたいに取り繕ったのに、月のせいで台無しにされた八つ当たりだった。


これは月が悪い、と白けた視線が背中に突き刺さる。言わずもがな、他の4人だ。


葛は彼らに対して“そういう”照れ臭さは感じていないらしくって、春の嵐の巻き添えを食らった4人はちょっと口の中がじゃりじゃりしてきた心地がする。

「………えっ!?」

手の上に転がるお守りと葛とを何度か視線を交わしたあとにようやくと理解したのか、目を見開いた。


「くれんのっ?」


嫌なんて言っても返してやんない、みたいな風にぎゅっとお守りを握りしめている癖に態々問い返した月に、むぐむぐ唸る。月は見えているのか、いないのかは分かりはしないがなずなの位置からは紫の髪から覗く耳の端が真っ赤になっているのがよぅくと見えた。


なずなは器用だな、と顔は必死に取り繕っているので妙に感心する。少し視線をずらして木蓮の方を見ると、なんだかとっても、形容し難い表情をしていた。


木蓮にとって葛は、歳こそそれほど離れていなくとも娘みたいな存在だ。なにせ怪結隊に保護された幼い葛を育てたのは木蓮と言っても過言なんかじゃない訳で。なずな達にとっては「お父さん(7割冗談)」でも葛だと「お父さん(8割以上本気)」。


マ、こんなとこで無意識だろうがいちゃついてるだけ不健全に健全だからいんじゃね?なんてなずなは思っている。どうやら木蓮も同じところに着地したのか、レモンを放り込まれたみたいな顔でぐっと言葉を呑み込んでいた。


肝心の2人はといえば、葛がちょうどくるくる右薬指に髪を絡めて、必死に目があわないように逸らしながらよくわからない方向への言い訳をしているところだった。


「月って、変なとこで油断するから。前も討伐してハイタッチしようとしたポーズのままずっこけてたし。七味の蓋外れて真っ赤なラーメン一白に食べてもらってたし。前遊びに行った時値段のタグつけっぱなしだったし。」

「えっ?待って、それいつ!?」

「後頭部の寝癖に気付いてなくて正面から見たらちょっと猫耳みたいになってた時あったし。背中に“I'mAmerican coffee!”っていうシールつけっぱになってたし。」

「ねぇ、それいつのはなし!?」

月だけは気付いていなかったらしい残念極まりない事実は、生憎と葛だけではなく2番隊全員が知っていた。気づいていたけど指摘してやらなかった。

一白が「あのシール、ちょ〜変な顔のやつが吹き出しだしてたよな〜」などと頷くので、思い出した菊は笑いを堪えるのに必死だ。他の案件はほとんど月の身から出た錆みたいな油断からだが、最後のシールだけ戦犯はなずなである。


転んだのはともかくとして、服のタグとか、寝癖とか、全然気付いていなかったらしい月は(俺そんなカッコ悪い!)と項垂れる。年がら年中、万年いつも、カッコつけたいお年頃。


「だから…マ、その。ダサいのは守ってあげれないけど。」

「ダサかった??忘れてお願い。」

「…そーいう。怪我とかは。守ってあげれますよーにって!呪いを込めておいたからっ。」

おや?と。聞き逃せない言葉があった。

ダサかったらしいのは忘れて欲しいがそれ以上に、こいついま。


「えっ?今呪いって言った??」

「うん。」

「祈りとかじゃなくて?」

「呪い。」

「…おまじないの間違い?」

「ひとはり、ひとはり。懇切丁寧に。思いを込めて。のろいを込めた。」


「…俺呪われるの!?」


ぎゃん!と叫ぶ。

途中までは完璧だったのに、なんでかくるりと反転して恐ろしいものが篭っていたことに、月は「えっえっ?」を無意味に繰り返す。


「かっ、解呪は出来ますかっ。」

「教会で頼まない限りむりっ、装備も解除出来ません!」

「俺、“この そうびは のろわれている!はずす ことが できない…”状態なの!?」

1人用なのになんでか、見守りプレイで6人でしたRPGを思い出す。ネタ装備と思ってノリで装着したら呪われてた、みたいな。


今回はノリでもなんでもなく、寧ろ嬉々として受け取った側であるのはともかくとして。


舞い上がったところを叩き落とされた心地の月の肩に、ぽん、と手が置かれる。振り返るといつのまに移動していたのかは知らないが、菊が立っていて満面の笑顔で親指と人差し指を輪っかの形にした。俗に言う¥マークのジェスチャー。


「大変です、あなた。呪われておりますよ。でも大丈夫、私は実は教会の者でして。呪いの装備解除を承っているのです。」

「なに“自分には特殊な力がありまして気付いたんです”、みたいな雰囲気醸し出してんだ。ホットリーディングみたいな事してんじゃねぇよ。」


ホットリーディングとは

…事前に対象者の事を調べて行う読心術のこと。

今回は盗んでもいない普通にきいた事を口にしているだけなので、それ以下なのだが。


「呪いの装備解除には寄付をお願いしておりまして。」

「あぁ、いつもの。」

「50万でお願いします。」

「はいはい50万ね、たっかいわ!寄付という名のぼったくりじゃね??!」

RPGお馴染み、寄付という、恐らくそこそこいい武器を買うよりもはるかに高い教会への資金。最初は低い代金から、徐々に足元を見て吊り上げていくスタイル。

初回の値段にしてはひどく高すぎるそれに月が「下げろ!」と叫ぶと、何を言ってるかまるでわかりませんと腹立たしい顔で肩をすくめた。アメリカンコメディみたいな仕草してんじゃねぇよ、と月の顔が歪む。


するとそこに、横から参戦してきたのは一白で、腕をクロスさせてちょっと厨二病みたいなポーズを決める。


「くくく、そんな装備で大丈夫か?」

「なんか変なの出てきたしなんだオマエっ、ポーズだっさ!」

「我こそは、魔王様の幹部。四天王がひとり〜!」

しゃっき〜ん!という効果音は市城自身が口に出した。デスクのお菓子入れから引っつかんできたらしいチョコバーを構える一白の様子に、月は冷静に「お前こそそんな装備で大丈夫か」と返すが、普通に無視される。


「え〜と……あの、あれ。その…あれだぁ!」

顔だけは真剣な癖に口から出てくる言葉は特に何も考えていなかったらしいぐたぐたさが見てとれた。


「ぐっだぐだじゃねぇか!」

そのツッコミには遺憾だと、むっと頬を膨らませて小動物の威嚇みたいな顔をした一白はチョコバーを構え直す。一白は銃の名手ではあるが剣や鈍器の類は扱わないので、ボタンを押したら光ったり音がなったりする戦隊モノのおもちゃを構える子供みたいにすら見えた。


「魔王様はともかくオレへの数々の侮辱許さんぞ〜」

「事実しか口にしてねぇし、魔王様はいいのかよ!」

「覚悟ぉ〜」

覚悟も何も感じさせない、いつもの一白の延長戦にいる間伸びした声でぴょ〜んとその場で飛んだかと思えばくったり力が抜けて、なずなが寝っ転がっているソファへと倒れ込んだ。なずなは一瞥もせず漫画を読んだまま体勢を変えてなんて事ないように一白を避けたので、柔らかいソファにくたびれたぬいぐるみみたいな格好で腹を見せてもたれかかった。


「う〜やられたぁ……」

「俺、何もしてないが!?まじか四天王、これ四天王???」

「見たかっ、これが呪いのお守りの力!」

「このお守りそんな効果あるの!?………んぁっ、てか葛おま、いま呪いのお守りって断言したなはっきりいったな!?」

ばたんきゅ〜、この効果音も目を回したふりをする一白が自分で口にした。

はっきりと呪いだを明言した葛に月が吠える。


読みおわったらしい漫画を机の上に落ちて、徐に立ち上がったなずなが一白へと寄って、手を添える。


「死ぬなっ、死ぬなよ…!お前には、お前にはまだっ…奥さんと子供がいるじゃねぇかっ…!」

項垂れ、慟哭を嗚咽混じりに叫ぶ。

悲壮に暮れるなずなの様子に、遠からずは要因になるかもしれない月は冷や汗を垂らす。


「俺のせいなの?そいつ自爆以下のすっころんだみたいなやられ方したけど。」

「もう……オレはだめだぁ…これを。せめてこれをあいつに……」

震える手でなずなへと渡したのは握りしめていたチョコバット、多分いくらか涼しい気温ではあるがちょっと溶けてる。受け入れられたくないと、一瞬手を引っ込みかけたなずなはがしりとチョコバットを受け取る。


「たの、んだ……」

「っ、チョコバーーーーッッツぉぉぉぉぉ………」

「巻き舌やっば、てか名前チョコバットかよそのままだな!!」

がくーっ、最後まで自分で効果音を演出して目を閉じた一白のなずなは巻き舌の酷い叫びで名前を呼ぶ。数回体を震わせたなずなはチョコバットを握りしめ、顔を上げた。


ぐるりと視線を彷徨わせたなずなは月の後ろで相変わらず¥マークを指で作ったまま立っていた菊と目があう。チョコバットと菊と一白を見返した後、うん。と頷く。


唇を噛み締めゆっくり、ゆっくり歩みを進めほんの数歩先にいた菊の隣に立ったなずなは長い旅乗りを終えた後みたいに息切れしながら「これ、を、これっを…お前にっ……!」なんてつっかえながらチョコバットを渡した。菊は「これは、父さんのっ……」と息を呑み、恐る恐ると手を伸ばす。


「そんな、うそだ……父さんっ…」


アカデミー賞並みに震えた仕草で俯いた菊の胸に抱えられたのがデカデカとロゴマークが入った賑やかなパッケージのお菓子でなければ完璧だった。


顔を上げ睨みつけたのは当然の方向性で、月だ。


「父さんの。父さんの仇っ……!」


復讐に燃えながらチョコバットを構える。

菊は所謂肉体派の近接戦をメインとする武闘家タイプなので、開始5秒後には武器を放り投げるだろうな、みたいな、大分武器が邪魔そうな感じのポーズを決めていた。


「お前教会の人じゃなかったのかよっ、別キャスティングっ?ややこしっ。」


格好もそのままなので書き分けもされていない顔が一緒の別キャラみたいな様子に指をさして「手抜きか!」と指摘する。1人2役するならメイクとか服装とか髪型とか変えてくれないと、お客さんが困惑してクレーム発展しちゃうでしょうがっ、なんて言葉の裏に潜めて。


「俺は…ハーフ…魔族と人間との間に生まれた子でした…」

陰った表情で視線を落とした菊に、アこれ回想シーンカナ、なんて思う。野生を忘れた猫みたいな格好のままの一白が「ほわほわわ〜」などと回想シーンの効果音は言い出したので、月の憶測は当たっていたらしかった。


「人間の姿をした俺は魔族には馴染めず、父さんと一緒にいることはできませんでした。俺と母さんは人間界へ隠れ住み…母さんは女でひとつで俺を育ててくれました。俺は、母さんに楽をさせてやりたい一心で教会の……なんやかんやで結構いい立場を手に入れました。」

途中まではシリアスに、真剣に話していたはずの菊の言葉が急にふわふわしたので、多分考えんの飽きてきたんだろうな、と。事実菊は早く次のシーン進めたいな、みたいな顔になっていた。


「許してください母さん、俺は、俺はっ……父さんの仇を倒さなければならないんです………!見敵必殺!呪装備解除五十万!」

「呪文みたいに唱えてんじゃねぇよっ!!長々と回想シーン使っといて決め台詞がださいんだよ!」

明かされる正体____⭐︎

巻末にそんな担当者のコメントが入ってしまうかのような衝撃的真実、初期に出てきた普通のサブキャラかと思っていた人物が実はストーリーに大きく関わる人物だったと明かされた胸熱展開。1人一役だったのでクレームはひとまず免れたことには一息安堵をこぼしたい所。


殺気だって睨みながら対峙する菊に、葛はぴょんと飛び立って腕を組む。つん、と気取った仕草で斜め上を見上げて鼻で笑う。


「ハーフだろうとなんだろうと関係ない、魔族の味方をするならみなごろしに変わりないのよ!」

「1人だけ殺意高くない?何があったのお前に!?」

はっと、手に何も守っていないことに気づいた葛が口をへの字にしてポケットを漁る。手をゴソゴソさせて取り出したのは蛍光色のパッケージのロリポップで、指の間に挟んで漫画の表紙みたいなポーズを決めた。


「どこからでもかかってきなさいよぅ、こっちには月がいるんだからぁっ。」

頼りになる仲間がいる、といった意味ではなさそうだった。月の背中を無理やり押して半ば盾みたいな感じにして後ろに隠れていたので。


「俺自爆特効盾要因なの!?」

喚いた瞬間、引き摺ったガタッという音。

椅子を倒しかねない勢いで立ち上がったのは今まで沈黙を保っていた木蓮で、つい先程まで整理していた書類を叩きつける。


深い深い、ため息に騒がしかった隊室に緊迫した静寂が襲い掛かる。

かつ、こつ、木蓮の足音が重たく響く。


「お前ら、さっきからなぁ……」


木の葉に似た明るい翠の瞳が鋭く吊り上がって、わちゃついた5人を睨みつける。

誰かが息を呑む。木蓮の口がゆっくりと開かれる、這うほどに低い一呼吸。



「この魔王の力を見せてやろう!」

“おめでとう 木蓮が参戦した!”



寧ろこれで参戦しなければ2番隊ではやっていけないといっても過言ではない。右目を片手で隠した通称“瞳が疼く”ポーズの癖に、木蓮がやるとなんだかちょっと、サマになっていた。

ノリノリで構えたのは適当に引っつかんだココアシガレット、そんな装備で大丈夫か第二弾発足の瞬間だ。


「魔王……村を焼いた貴様を私は許さないっ!」

「そんな重たい設定から始まってたのこれ!?」

顔をひどく歪ませて泣きそうな顔で葛が叫ぶ。


「父さんの仇め、余所見とは舐めた真似を。くらえスーパーウルトラスイートチョコバット特別ビーム!」

「長いしダサいしなんで特別だけ日本語なんだよ!」

ダサい技名を叫んで菊がビームと称してチョコバットを投げ、綺麗にキャッチされる。


「今だけは協力してやるよ、合わせろよ。」

「せんせー!なずなくんが1人だけかっこつけしてます!」

ニヒルに笑ったなずなに腹が立ったので月が木蓮にチクって。


「有罪、罰としてヒゲ眼鏡でダンシング!」

「HIGE ROCK DANCING」

「あはあははキレがいいヒゲめがねっ」

罰としてヒゲめがねを装着させられたなずなは真顔でそのままキレのいいダンスを披露して葛が笑い負ける。


「我こそは〜魔王様の幹部四天王がひとりポテチ〜」

「なんかさっきまで死んでたやつ別の役してんだけど!?チョコバットからポテチに鞍替えしてるやついるんだけど!?」

いつのまにか起き上がっていた一白が今度はジョロキアハバネロ味の真っ赤なパッケージのポテトチップスを掲げて登場。


「と、父さん…!」

それに驚き戦慄く息子こと菊。


「記憶を失い彷徨ってたオレは何か大事なことを忘れてる気がするような……オレはぽてち…でも… 何か大切なことを…」

「チョコバット=父さん=ポテチの相関図ややこしいなぁもう!」

こんがらがってきた人物相関図にとうとう月がややこしいと指摘して。


「それよりも勇者よ。実はお前はこの魔王の息子なのじゃ。」

「さらにこんがらがったぁ!」

もっとややこしくなる。


きゃぁ、わは、ぎゃあ、わぁ、どん、どた、わた、きゃー、あはは。

何の打ち合わせもしてない即興劇みたいな茶番劇で喧騒は湧く。怪結隊最強を冠するに相応しい実力を持つ彼らの彼らによる彼らのためだけのお遊びは実に真剣そのもので、真似だけで繰り広げられる殺陣は目で追うだけでやっとだろう。

彼らの中でいかにして、誰も見ることもない本人たちの思い出だけのワンシーンをアニメとか、ドラマとかで見るようなカッコイイシーンにするか、それだけのためだけに熱量は注がれていた。


わぁ、ぎゃー、あは、どん、わは、どかっ、あはは、がしゃ、ごしゃ。





べきゃ




「「「「「「あ」」」」」」




副音声:やっべ、やっちまったよ。と共に6人の声が綺麗にハモッた。













怪結隊総隊長兼1番隊隊長鬼野灯おにの あかりは激怒した。

灯には詳しいことはわからぬ。

しかし決してかの実力だけはある馬鹿どもを許してはならぬと決意した。



「2番隊、貴様ら。何度目だ。」



そう、仕事とは関係ないところで備品を壊したこの馬鹿どもを許してはならぬと決意した。


成人済みの大人6人を並べて正座をさせた(もちろん、廊下である。)灯は真っ赤な瞳を吊り上げ修羅を背負う。大人であろうと子供であろうと固まってしまうだろうほどに恐ろしく圧のある顔、その声は地を這うよりも低く氷のように冷たい。


肝心の“それ”を向けられているはずの6人は灯の問いかけに互いの顔を見合わせてはて?と首を傾げた。


「何回目だったか。」

「覚えてねぇ。」

「4回とか〜?」

「任務の時とかも含みます?」

「葛覚えてる?」

「今月入ってからは5回目、とか?」

「6回目だ馬鹿者共!!!」


豪、灯の剣幕と大きな怒鳴り声に空気が震える。ぴゃっと肩を跳ねさせながらやらかした猫みたいな顔で上目遣いしてくる葛はまだ可愛い方だ。

やっちまったなーなどとへらへらする木蓮と、聞いてるか聞いてないかわからない顔で笑う一白に、格好だけは真面目に正座してるくせに腹が減ったみたいに腹をさする菊、素知らぬ顔でそっぽを向くなずな、葛の方に大半の視線が入っている月は論外。


「前回は隊室が水没するほどに水浸しに。」

「水鉄砲で撃ち合いバトルが思いのほか盛り上がってな、すまん!」

駄菓子屋のくじで水鉄砲を貰いさえしなければそんなことには発展しなかった、とは本人たちの談である。


「その前回は隊室のあらゆるものを散乱させるに飽きたらず半径10メートル圏内のもの全てを浮遊させ。」

「簡易宇宙体験お手軽無重力空間の効果が部屋外に漏れ出しちゃったからなぁ〜」

テレビで見た宇宙船の無重力ってどんな風なんだろうかと好奇心がくすぐられた数十分後にはそれを完成させたものなので技術の無駄遣いここに極まれる。


「その更に前回はシュワっツーなどと鳴き声を上げる謎の生命体を本部内に徘徊させ。」

「書類全自動処理マシーン“シジマ”を稼働にまで漕ぎ着けれたのに、まさかコーラを飲んで暴走し始めるなんてびっくりです。」

基本的に2番隊の面子は書類作業が好きでないので書類処理する自動機械があればと醤油で動くマシーンを作ったのだが、色の似てるコーラを間違えて飲んじゃったのだ。


「そのまた更に前回は純粋な火災騒動。」

「焼き芋をしようぜのキャンプファイヤーがなんか、火柱になっちまうとは思ってなかったな。」

ノリノリでキレキレのマイムマイムを踊っていたらその余波でキャンプファイヤーが火柱になってしまったらしいのでこれは本人たちもよくわかってない。


「そのまた更に前回は隊室をまるごと氷漬けにし。」

「いや、あの日すごい暑かったじゃないっすか。それで……」

春のくせに真夏並みの気温を観測した日で、冷房代をうかせたかったので全部氷漬けにしちゃえばいいんじゃねって溶けた頭は最適解を導き出したのだ。


「そして今回はなんだ、あ?」

「あーるぴーじーごっこ。」


「反省の色はないのか貴様らァ!」


ドヤった顔で告げる葛にとうとう元からキレてた灯の堪忍袋の尾は燃え尽きた。


断っておくが灯は元々優しい顔つきはしていない、吊り目気味の赤い瞳は鋭く口角も下がり気味なので黙っていても不機嫌そうと疑われがちの顔つきだ。挙句口調も淡々としていて、時には追い詰めるように厳しく、正論だが言い方がキツいともとれる(何度も言うが正論だし、上の者としては正しいのだが)ので怒りで更に険悪になれば大人でも萎縮する迫力をしているのにも関わらず呑気な様子の2番隊が可笑しいだけだ。

そも、灯にこんな内容で説教されるのは2番隊だけだろうが。


「悪いって鬼野。でも今回はホラ、扉が外れただけだしさ。」

「貴様らだからだ!そも、壊した理由も理由だこの阿呆共!!何度部屋をメチャクチャにするつもりだ貴様らだけだぞ頭アッパラパー共!!壁がパッチワークみたいになっているのは!自分たちの隊室を見てなんか思わんのか!」

「独創性があるとおもう!」

「ふざけてんのかァ!!」

サムズアップで歯を見せて爽やかに笑った木蓮の指を逆に曲げてやろうか、と本気で灯は思った。


普段は“鬼”とか“冷酷軍曹“とか散々と厳しく恐ろしい印象で呼ばれている灯はこういう時だけ影でこっそりと“ワンオペ育児”とか“苦労人”とか“オカン”とかいわれてたりする。怒鳴る対象が成人済みの大人(しかも同世代)なうえに仕事はできる馬鹿なので灯はとうとうと「うがあぁぁ」といった奇声をあげた。


「因みに俺の武器はココアシガレットな。」

「俺は葛からもらった呪いのお守りと菌糸類の山。」

「俺、竹の子共の里。」

「父さんから譲り受けたチョコバットです。」

「オレはチョコバット……を息子に譲ったから今はポテチ(筒)〜」

「私は苺大福味のロリポップ!総隊長は何がいーい?」

「何参加する前提で話してんだァ!」

その後30分ほど説教をされたはずの6人だったが度々と真剣にふざけ始めるので、精神的に疲れて先に根を上げたのは灯の方だ。基本的にいつもそういう感じで終わる。

人数としては1対6な上に、6人は基本的に灯の世間一般で言う恐ろしい剣幕に臆するどころか「叫んでんな」くらいにしか気に留めないので。


よろよろとして足取りで「もういい…今回も貴様らたちでちゃんと片付けておけよ…」とだけ言い残し去っていくその後ろ姿を見て一言ボソリ。


「裏ボス……かな。」

「魔王倒した後に出てくるタイプのやつ。」

「武器は何にするんだ〜?」

「確かあいつみたらしが好きだった。」

「みたらしだと垂れません?」

「んじゃ形似てるし、3連チョコボールみたらし味にしようぜ。」


次回!”魔王を倒したかと思った勇者一向だが新たに現れた強敵……残酷な要求とは?次回、”ジッとしてろ“、勇者は魔王に反抗期、教会の寄付高杉デモ勃発“の3本でお送りします。

「また見てくださいね。」

「じゃーんけーんちょーき!」

「まけた〜」


灯の苦労はたえない、全くこたえた様子なく早速とふざけていたので。


余談ではあるのだが。

この後すぐに6人は黙々と、早々としたスピードで散乱させた部屋を片付け外れた扉を嵌め直しものの10分で片付けを終えた。


2番隊遊びの流儀。

〜ふざけるときは全力で、しかし終わったら余韻に浸りつつも切り替えてちゃんと片付ける〜


と、と、と、隊室に戻ろうとする葛の服をついと引く。ぎゅっと握り締めるのは大事にポケットへとしまっていた”あの“お守りで。


別に鈍感系主人公でもないと自負のある月は葛の呪いのお守りだとかいう話が”そういう“照れ隠しだってことくらい気づいていた。


だって、さ。


(耳、真っ赤なんだもんなぁ。)


夕暮れ色の瞳をきらきさとさせて堪えきれないようにそっぽを向く葛の真っ赤な耳に、思い上がりだったとしても、こっちまで照れ臭くなってしまって。

わかっていて、わかっていたから乗っかって、ふざけて、はしゃいだ。


葛は素直になるのが直前で途端に恥ずかしくなってしまったし、月は葛からのプレゼントが嬉しくてたまらなくて照れくさくなっちゃった。

まぁ、ようするに、それだけのこと。


「葛。」

「…なぁに。」

自分でも、甘ったるい声が出たのは自覚していた。


「このお守りありがと、な。大事にする。」

「……ん。」

口をモニョモニョさせてようやく出たのがその一言だったので、葛は余計に恥ずかしくなったのか「あれだからね。」と着地点もわからずに言葉を放り投げた。


「その、あれ。大事にしないとあれだから。何がとは言えないけど、すごい、すごいやばいことになる。」

「やばいこと。」

「あの…名状し難きなにかになる。」

「なにかに。」

「えっと、それで……それで、あの。大事にする方向性間違えて月を守るお守りを守るとかいう意味わかんない理由で怪我とかしたら毛根あたりがヤバいことになる。」

「禿げんの?」

肩につくほどの、それなりに伸ばしている方ではある髪を慌てて抑える。真剣に怖い脅しだった、リアルの方面で怖いやつ。


「ヤバいことになる。ヤバいって言葉を体現するやつみたいな感じでヤバい。」

「マジか。」

ヤバいをゲシュタルト崩壊させる勢いで多用する葛に「気をつける。」と必死に頷く。

それから「じゃあ、えーと、あれな。」と、今度は月が、ひどく言いづらそうに、というよりも言うのにえいっていう勇気がいるみたいな様子で言葉を紡ぐ。


「あーその、このお守りはさ。俺を守ってくれるんだろ。だったらさ。……お守りの代わりに葛のことは俺が背中守ってやるよ。」

「月の分際で生意気な。」

「そこはトゥンク……だろーがやり直し。」

「トゥルツル……」

「おい、ふざけんな。」

べしんと頭を叩いたら葛は途端にそっぽを向いた。今更にして思うが、葛はひどく照れた時は視線を合わせないように顔を逸らす癖がある。

だってやっぱり、ふわりとゆれる紫色の髪の下に隠されている耳は赤くなっていた。


「……じゃあ、約束、ね。」

「ん。俺がお前を守ってやる、小指切って、約束な。」

随分と腑抜けた顔でふにゃふにゃと笑った月の表情に釣られて、葛も花が綻んだように笑う。


あんまりにも部屋に戻ってこないからか、数秒後、顔を出したなずなが2人の様子を比べてから「せんせー!月くんがサボってまーす!」と叫んだ。

葛を見逃したというよりも、先程「カッコつけてる」などと言った仕返しだろうなずなの言葉に「なにぃ、桂木ー廊下に立っとれー!」と木蓮が返した結果2番隊の隊室はまた騒がしくなった。


再び始まった即興劇茶番は“どきどき!梁寺やんでれ学園メモリアル2〜あの恋の始まりはこの夏の日〜”と題された。


その後だが灯は今月三本目のポールペンを潰した。今日の日付は9日で、2番隊の騒ぎは7回目を更新した。


あまりに腹が立った灯は新調したボールペンの領収書を“七竈木蓮含む問題児集団総勢6名”で宛名をきり提出した。勿論受理はされなかった上に上層部からまじめに心配されたのだが、ちょっとダメな方にハイになっていた灯は今度は品名を“問題児集団管理に伴う破損代替品”として再提出をした。


後日領収書はそのまま受理されたらしい。

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