√s end_C さようならば







ぐ、じゃ


叩きつけられて崩れ弾けたような酷い音。

柘榴が潰れたようなそれは、ついさっきまでの面影全てを塗り潰して、なんだか作り物のように凄惨だった。

その音に、女はとうとうおかしくて堪らないと言わんばかりに高笑いをあげた。


「うふふ、あは、あは、あはははは!死んだ、死んだわ、死んじゃったわ!でも仕方のないことよね、えぇ、ぇぇ!だって私の邪魔ばかり、私のことを愛さない人が悪いのよ?だって私を愛することが正しいことだもの!」


かくして、“お姫様”を愛さない“悪役”は死んで“お姫様”はたくさんの“王子様”に愛されて、幸せに暮らしましたとさ。

めでたし、めでたし。

エンドロールが流れて誰もが誰も、拍手喝采のハッピーエンド!



ほんとうに?

“これ”は正しいことか?



『…もう、いらない、もう、いい』



どうして彼女はあんなにも必死に叫んだいたのだっけ。

だってそれは彼女が大切な“あのこ”に酷いことばかりするから、そうして男は疑問をひとつ。


果たして酷いこととは何でしたでしょうか



『どうしてわからない!』



どうして彼女はあんなにも怒っていたのだっけ。

だってそれは怪結隊の仕事を疎かに、“あのこ”が呼んでいたから、そうして男は疑問をふたつ。


果たして大切にしていたはずの仕事は何でしたでしょうか

果たして人命よりも優先するような“あのこ”とは何でしたでしょうか




そうして男に疑問がみっつ




(どうしてだった?)


彼女のことをあれほど嫌っていたのは


(どうしてだった?)


あの子をあんなにも大好きと思っていたのは


(どうしてだった?)


あの子のためという免罪符は何もかもを許されると思っていたのは




ぐらりと世界が揺らいだ気がした。

口元に手を当ててきゃらきゃらとした女の鈴を転がしたような笑い声が、その反面、鼓膜を引っ掻いて甲高く気の触る声にも聞こえていく。

揺蕩と麗しい花のように大好きで愛していたはずの“それ”から腐った果実に似た甘いかおりがした。


まるで夢の中にいるような心地だ。



『呪われちまえ』



声が、あの憎悪に満ちた悲鳴が劈くように聞こえる。

ひどく、当然の違和感を覚えた。




『返してよ、私の、私が愛したみんなを、私のしあわせを、かえしてくれよ…!』




泣き叫ぶような慟哭が、あの悲痛な顔が、赤紫色の瞳から溢れる、大粒の、涙が。

つい先程のことだというのに遠い日のことのように頭の中でゆっくりゆっくり再生されていく。流れている全てが頭に焼き付いてやまないと言うのに、その全ての認識が酷くスローモーションでしか行えなくてずっと読み込んでいるような状態が止まらない。



耳鳴りと、自分の心音がうるさくて堪らない。


心臓から冷えていくように、指先の感覚が薄れていって自分の体の位置が揺らぐ。






『うそつき』









キィィ_______ン


聞こえないほど甲高い耳鳴りが響いた。

まるで警報か警告音みたいなそれは確かに本能の警鐘に違いなかった。



逃げろ!

見るな!

気づくな!

この場から早く!



他人事のようなもう1人の自分の叫び声。

多分それは自分にとって1番正しいことだったと思った。

でも、一番間違えていることだとも思った。


”これ“を見てしまえば、気づいてしまえば、この場に居続ければもう取り返しがつかないんだろうことをもう1人の自分は理解していた。

それでも、あんなに愛くるしかったはずの”ソレ“の騒音すら耳を通り抜けて足は根が生えたように動かない。

苦しくなっていく息に、頭はボウボウ燃えるように熱いのに指先が妙に冷たくなる。


まだ初夏になりたて、梅雨が始まったばかりだというのに妙に太陽が強い日だった。

だからか、その日の夕焼けはひどく、ひどく、あかむらさきいろが伸びやかに美しかった。



そうだ、まるで 彼女の瞳のように美しかった。







口がちょっぴり悪くて

悪戯っ子みたいな笑顔が可愛くて

お姉ちゃんな末っ子

努力家

負けず嫌い

甘いもの、特に和菓子が大好き


そういう。

大切な仲間で、友人で、大好きな、何よりも守りたくて一緒に戦いたくて。

そういう、ひと。






逃げろ にげろ 逃げたい、どこから?


いやだ やめて やめてくれ うそ、うそだ、しんじたくない




信じたくない、悪夢みたいな現実かのじょをみごろしにしたほんとうなんて!




思い出す、思い知る、信じたくない、けれど、どうしようもない現実。


泣いていた、苦しいって声が枯れるまで叫んだ彼女、一等大切な、たいせつだったはずの女の子。

自分たちを必死に戻そうと、たった1人でずっとずっと、痛みに耐えながら“頑張りすぎた”彼女。

女に言われるがまま考える頭を捨て彼女に“ひどいこと”をし続けていた自分たち。


好き

大切なひと

大事な仲間

かぞくのような人

愛している


そういう彼女を見殺しにした。

憎悪の果てに最早全てを諦めた彼女が飛び落ちるその瞬間、落ちゆく彼女に声をかけることも、手を伸ばすことも、何もせずに突っ立って、そうしてつぶれて、砕けた彼女の体。

死んでしまったことにすら何も感じなかったどころか、たった一瞬、されど一瞬、【あの子に酷いことしたからだ】なんて最低にも劣ることを思った。





「__________あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」





叩きつけられた悲惨なそれはどうしようもないくらい目を背けたくなった現実だった。頭をガツンと鈍器で殴られたみたいにぐるぐると視界が歪む。


もういない、もういない、もういない!!

もう、いない


謝ることすらできやしない、怨んですらくれない、だってきみは、粉々になってしんでしまった

もう2度と、もう二度と、もう、いちどだって、会うことすらできない



俺たちのせいで

俺のせいで

俺が、殺した

大好きな、最愛の女の子を、俺が見殺しにした

守るって約束したくせに、最愛の、大切な彼女は、俺のせいで死んだ



かえして、かえせ、かえして、くれよ


だってまだ、すきだっていえてない

あいしてるっていえてない

ごめんなさいってあやまれてない


もうにどと、あえないなんて、しんじたくない


いやだ、いやだ、いや、だ、やめてくれ、たのむよ、夢であってくれたらどれほど、たのむよ、いやだ、いやだ!!



「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



後悔は尽きない。

もう、あのころはもどらない。



そして誰がいなくなった?

そして彼女はいなくなった



残されたのはお姫様と夢から覚めた王子様になり損なった罪悪でできた遺者いきものだけ。魔法使いも神様も誰も助けてくれない、だってこれはハッピーエンドで終わる御伽噺なんかじゃなくて、リセットもリプレイもできないただの現実。




左様ならば今日など捨てて幸せな昨日を抱いて眠りましょう。

それが出来るほど、人間は強くはないけどね、なんてどこかの誰かがわらってた。

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