6 それだけで十分です
[
霊感、第六感トモ呼バレル不可思議ナチカラノコトデアル。
一般的ニハ認知サレズ、特異的超能力トシテ扱ワレル。
ソノ本質ハ、コノ世二存在スル、人ノ感情ノ残滓ニヨッテ発生スル超常異端的人外種“
(*伝承ニテアル付喪神ナドニ性質ガ似テイル為同一視サレルコトモ)
(*怪…学舎、治シ処、デパアト、事故現場、洞窟、路地裏ナド特定ノ感情ガ多数ト集マル場所ハ特ニ発生スル数ガ多イ。詳シクハ44頁“怪”ノ項目ニテ。)
マタ、霊力ヲ持ツ内一定数、所謂特殊能力的異能デアル“
(*体内巡回霊力可動型特異能式…術者ノ保有スル霊力ヲ原動力ニ稼働、発動スル特殊能力。以降“
霊式ハ霊力ノ大小ニ関ワラズ、アル日突然ト開花スル為ソノ開花条件ハ今モ研究ガ続ケラレテイル。
マタ、多数ト発生スル怪ト人間トノ諍イヲ防グ為、霊力ヲ持ツ者ニヨッテ構成サレタ、怪ト人トノ間ヲ取リ持ツ為ノ政府公認秘密組織ガ天暦666年ニ開設サレタ。
(✳︎詳シクハ45頁“
[怪結隊書庫保管
天暦666年に設立され、300年近い歴史を持つ由緒正しき秘密結社。「怪と人との間をとりもつ」を座右に掲げ日々の裏側で暗躍する者達の集まり。
それこそが怪結隊と呼ばれる政府公認の組織を表すただひとつである。
設立当初は自警団に近かったそれらは、いつしかその地位を確立として現在の構成人は千人を超えるほど。全国に支部を持ち、首都に本拠地を構える怪結隊の本部に雪ノ下水樹もまた、属していた。
秘密組織と銘打ちながら、けれど怪結隊の本拠地は以外にも都市の街中に構えている。もちろん、そういう隠し事を施されてではあるけれど。
(いつも、思うけど。ここふっつーの戸建の、どっかの会社のビルみたいな癖になぁんで中、あんなにSF組織じみた、見た目と中身が一致しない質量してるんだ?)
最寄りの駅から徒歩5分、路地奥の、隣接するのが駐車場と道路の、そんなよくある戸建の3階建風ビル。これが怪結隊の本部の概要で、ハリボテの見てくれ。
学校がない日は朝から、もしくは昼から、水樹はここに入り浸っていることが多かった。会社のビルによくある入館用のタッチパネルに指を押し当てて“霊力”を流し込む。
体内を巡る霊力を霊力巡回回路を辿って指先から放出する……という、理論を水樹はきちんと理解していないので、感覚として、指先を押し付けて力を込める。
これが意外と正解らしく、ピコピコ軽い電子音のあと自動でドアが開く。これが、空調のためなのか不当侵入を防ぐためなのかはわからない入ってすぐにあるふたつめのドアの前で今度はぱっ、と光の粒子を弾かせて空中から取り出した隊証のカードをスライドする。
[認証 Code:7 No. 入社許可 “オハヨーゴザイマス 本日ハ星ガ綺麗デ甘イ和菓子日和デスネ”]
電子音の合成音声の許可と共に、扉が開く。
認証の無機質なそれの後に付け加えられる言葉は日替わりでよくある挨拶によくわからない文言を引っ付けていた。
「はよざいます。」
そういう、妙にいきもの臭い人工知能じみた合成音声に返事をしてしまうのはもう癖になっていた。
水樹が先述した通り、見た目だけはよくある戸建て3階の会社のビルみたいな外見であるにも関わらずそれに伴わない部屋数と広さと高さを有していた。
それなりに不真面目で、自分が所属する隊のトップも「知らなくても生きてける」と豪語していることもあって、水樹はよく知らないのだが。曰く怪結隊の創始者たちが残した結界術の応用で見た目と内容の乖離に、認識齟齬に隠匿に…
「ア?よォ水樹ィ」
掠れた声、だらけた喋り方ひとつで口が悪そうな雰囲気を纏わせる天才だな、といつも水樹は思っていた。
「隊長」
言い表す言葉はいくつもあれど、やっぱりそれがいちばんだった。
ガシガシと棒付きキャンディの棒を噛んで、高い位置にひとつに括った燻んだ緑の髪をゆらゆら揺らす。水樹を引き入れた張本人の波羅美津はもうすっかり飴を食べ切ったただの棒の先を苛立ちげに噛み潰していた。
「隊長、それやめたほうがいいっすよ…」
「うるせェ、タバコ切れたンだよ。くっそ、イライラすンよな…」
「…てか、なんでこんなとこいるんです?」
怪結隊には7つの隊がある、会社で言うところの、部署のようなものだ。隊員にも隊に所属する隊員、隊員を補佐する補佐隊員の2種類があり、水樹は前者だ。
それぞれの隊にはそれぞれに隊室が与えられている。
水樹の所属する隊の7番隊___正式名称:秘密処理万事解決部隊は新設したばかりなこともあって、隊室は出入り口から遠い、少し辺鄙な場所に位置している。美津は外回りの任務がなければそのほとんどは隊室か、たまに喫煙室で過ごす、だから本部に入ってすぐの、こんな場所にいることなど滅多にない。
水樹の質問に大きな舌打ちの後ゴミ箱に勢いよく
「あ、ぁ?」
「すんませんナマ言いましたジュースでも買ってきましょうかボス!」
地獄の鬼だってもっと優しい顔をする、と水樹は姿勢を正して背筋を伸ばした。一息で言い切った水樹の言葉に、八つ当たりをした自覚はあるのか美津は「いらね」と少しバツの悪そうに顔を背けた。
なんとなしに、美津がこういう機嫌の損ね方をする理由はここ最近だとひとつしかないので。
ほんの少し水樹の脚がすくんだが気がついた美津が声をかけるよりも前に、何もなかったように隊室へと歩みを進めた。
「……昨日はゆっくり出来たか、寝れた、か。」
「…はい、おかげさまで。ぐっすりです!」
ぼそ、ぼそ、とした気遣いの言葉に「似合わねぇ〜」と思ったのが顔に出ていたのか、大きな声で頷いた水樹の頭はがっしり掴まれる。
「そォかァ。ならよかッたわァ〜」
「いた、いでぇ!さぁせん!すいまっせん!」
ぎゃん、ぎゃん、と吠えていればいつの間にか目的の隊室に辿り着く。通り道ですれ違った別の隊の補佐隊員たちに見られたのは結構、恥ずかしかった。
薄暗い壁の間で妙に目立つ新しくて浮いているロココ調の扉を開ける。雰囲気は学校の事務室とか、校長室とかみたいな部屋だった。
そんなに広くない部屋の奥にある、革張りのデスクチェアに大きめの机に置かれた灰皿には10以上のひしゃげた吸殻が見えた。
「…あぁ、どうりで隊長が珍しく飴なんて舐めてたんですか。」
「おかえりなさい、隊長。昨日ぶりだな、水樹。」
「はようございます、水草さん。昨日は迷惑かけました。」
ぺこ、と頭を下げる。
7番隊の副隊長を務める、
「元気に今日きてるんなら、何より。」
気遣わせないようにとかけられた言葉に、ばっと水樹が顔を上げる。表情があまり変わらない香のその言葉と、頭を撫でてくれたことが彼にとって最大限の表現であることはそこまで長くない付き合いの水樹でもわかっていた。
たとえもう片方の手に消臭剤が3つ、器用に持たれていようとも。
「水草ァ」
「はい隊長、ひとまず全部消臭剤ぶっかけやした!」
「ヨシ!」
満足げにサムズアップして「よくやッた!」と美津が誉めれば、香は尻尾の幻覚が見えるほど嬉しそうに、それは、それは嬉しそうに目尻を下げた。
ぐるり、と部屋を見渡す。香と、美津以外見えない部屋に疑問を浮かべるが、それも直ぐに解消された。隊室の扉を背中に、水樹から見て右斜め奥の壁に設置されているもうひとつの扉が開く。
きょろ、きょろ、警戒しながら視線を動かした後ようやくとお盆の上に湯呑みを五つ乗せてそこから出てきた、濡れたような藍色の長髪。よしゃ、よしゃ、と褒める2人の姿にきょとと目を丸くした。突っ立っている水樹に気づくと困ったように微笑んで机の上に湯呑みを置いてから、たったっ、たっ、と駆け寄った。
「おはようございます、水樹くん。」
「おはよ、葵。お茶、ありがとう。」
「うふふ、水樹くん、そろそろ来るかもって聞こえたので。」
仲間で、友人で、それでいて水樹にとっていちばん言葉にするのにぴったりなのは、おもいびと。大和撫子、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を体現したと言っても過言ではないたおやかな微笑みを浮かべる
湯呑みが五つあることを見て、水樹はちょっとだけ気に食わなそうに「アジューガは?」と葵に問いかけた。
「アジューガくんはその、……」
言葉を濁して顔を曇らせて、視線を俯かせた葵に水樹は内心(あぁ、やっぱり)と独りごちた。それに何かを返すよりも前にバン!と勢いよく扉が開けられる。
「ァァァァ、今日は厄日じャね…?あッ、隊長おかえんなさい、シャワー頂きやした!」
「おゥ、今日のMVPはまごうことなくお前だよ。経費で落とすから昼飯は好きなの頼めな?」
「やっしゃ。……んァ、雪ノ下きてたんか。見えなかったゼちっこくて!」
べ、と舌を出して態とらしくキョロキョロして見せる男の青紫色の髪はまだ水が滴っていた。
ピンクの瞳は意地悪く、勝ち気に光っていて水樹はカチン、と眉を吊り上げた。
「ほんの3センチで見えなくなるならお前の目は随分と悪いんだな、眼鏡買ってやろうか?!」
「ハっ、そりゃ180センチもないお前にはわかんネぇさ。」
「あ?……タッパあっても童顔じゃ随分可愛らしいなぁ!ちいこい子と見間違えかけたよ。」
「ア?」
顔を突き合わせれば言い争いばかりの関係のアジューガと水樹のふたりに、他の面々は慣れた様子で葵などソファに腰掛けて早速お茶を飲んでゆったりとする始末。
「つーかビシャビシャなんだよっ、タオル持って帰ってこいやっ!」
椅子にかけられていたタオルをアジューガの顔めがけて投げつける。乾かしてから帰ってこい、とか、そういうのは言わなかったし言えなかった。
いつもは隊室にいる美津は珍しい場所に、香は消臭剤を3本丸ごと部屋中に撒き散らして、奥の部屋から警戒したそぶりで出てきた葵に、任務もなかったはずなのにシャワーを浴びていたアジューガ、しかも随分強く擦ったのか服から覗く腕は赤くなっていた。
「………また、来てたんだろ。無理すんなよお前、足震えてんだよ。」
「…ハっ、昨日は死んだみたいなツラしてたお前に言われたくナイな。」
憎まれ口を叩きながらも、否定はしなかった。途端に勢いが萎びて半ば倒れるようにソファに沈み込んだアジューガに、ポケットから出した飴を投げた。顔面を狙ったが普通に受け取られて少しムッとする。
「ア?んだ、コレ。」
「やるよ、のど飴だけど、ちょっとは落ち着くんじゃねぇ。」
つっけんどんけんな言い方になってしまったのは、いつものことだが、なんというか、照れ臭さの現れでもあった。飴と水樹を3度ほど見比べたアジューガは、それが水樹なりの気遣いであることに気づき「へっ」と抜けた声を漏らす。
ぱち、ぱち、と瞬きを数回態とらしくしてアジューガにしては珍しく、酷く恐る恐ると口を開ける。
「な、な、ナ…お前…どした?頭打ったか??」
「お前ひたすらに失礼だな!」
吠える水樹を無視して、狼狽ながらも口をもにょもにょさせてから溜息ほどに小さい声で「サンキュ」と言って飴を口に放り込んだ。気に食わない、口は悪いし態度も粗暴で勝ち気で自信過剰、水樹にとってアジューガは“そういう”奴で、“そういう”風じゃないと、落ち着かないだけ。
微笑ましいものを見た笑顔の葵と、にまにました美津のにやけ顔への言い訳じみた言い訳を心の中で募る。口にしたところで、7番隊の最強トップ2に負けるのが目に見えていたからだ。
ちなみに水草は美津からのお褒めの言葉の余韻に浸っていた。
「しッかし、まァ!」
アジューガの萎びた様子に、思い返したのか、腹立たしげな足取りで革張りのデスクチェアに腰掛けた。正しく八つ当たりで勢いよくもたれ掛かられたデスクチェアは軋んだ悲鳴を上げる。
態とギシギシ音を鳴らして速いペースで机を指で叩く美津に、水樹はそっと視線を逸らした。
いつでもどこでも思い出すだけで瞬間沸騰可能、吐き出すまではいつまで経っても純度を保ったままなのが、美津の“怒り”の感情だ。
「アレ、まッすます手ェつけれなくなッてねェか。蠱毒にでもするつもりかよな、いい加減。口開きャ、『愛してるよね?』『どうして?』『おねがいね?』の三段活用大好きかよな!自分の頭の中で完結させた言葉と思考回路なンぞクソにも劣るッて知らねェのかよな!」
悪鬼羅刹の如くってこういう顔なんだろうなぁ、水樹は今この時、いちばんポーカーフェイスを頑張ったと言っても過言ではなかった。只管に口悪く“あの女”への罵詈雑言恨み辛み文句を口々叫ぶ美津に、慣れた手つきでお茶のおかわりをいれる葵と一言一句聞き漏らさず頷く水草。
羽が生えたかと錯覚するほど軽くなった水樹とは正反対に、この中であれば、アジューガは特に体が重たいことだろう。
「『ここ、やばいほどぐっちゃぐちゃの糸が絡みすぎて視界最悪に悪いんですけど。』」
何せアジューガを初見した彼女の第一声は、「『うっわ、この子も色々糸弄られてますね。』」だったので。
水樹の背後霊よろしく幽霊のようにふわふわ浮かぶ彼女の姿は、水樹以外には視えていない。
「『うわー、ここ壁とか天井とか綺麗ですね。パッチワークみたいな修繕跡ない〜、焼け焦げた跡とか外れすぎて蝶番だけ新しいぼろぼろのドアでもない〜』」
学校見学しに来た大人じみたテンションできゃっ、きゃっ、とはしゃぐ彼女の姿もまた、誰にも視えていないのだ。
ぐぅっ、とひと知れず、水樹は腹に力を込めた。
水樹は天性の“ツッコミ”属性であったからして、そうでもしないと、何もないところに向かって突然ツッコミを入れ出す俗に言うヤバい奴になりかねなかった。
決して、決して。
好奇心の赴くまま水樹についてきた、とか、堂々としたデバガメをしたかった、とか、彼女の名誉にかけて、そのためについてきたわけではない。勿論彼女の性質上、それを「しない」とはいっていないが。
彼女はユイキリ、故に、チギリギリとその宿主を“斃す”義務と役割と意志がある。
宿主、水樹たちの言う“あの女”はその行動拠点を怪結隊に絞って、その本部(つまりここ)に居着いている。つまり彼女が“ここ”にいるのも何の不思議もないし、当然のこと。
彼女の狙いはひとえにチギリギリの戦力を削ぐこと、正確に言えば、チギリギリの、所謂養分タンク的扱いをされている“千切り結ばれているいきものたち”との糸を切る、根絶すること。当然にして、彼女が企む通り、切るよりも根絶できるに越したことはない。
『イメージでいうなら、投薬治療の要経過観察か、手術で根元摘出の違いですかね?』
彼女は水樹に、そう言った。
『そもそもですけど、絶対全ての糸を根絶する必要はぶっちゃけ、ないんですよね。君みたいに、すごぉく絡んでるいきものとの糸を根絶しちゃえばいいので。』
糸はパイプの役割を担い、宿主からの執着などといった認識的感情が強ければ強いほどその強度を増す。そして当然、“そう”の方がチギリギリにとっての養分は多量に摂取できる。
だから“そう”の方はどちらにとってもイニシアチブを握るものであるし、“そう”でなければそうでもない。
宿主にとっての関心が低いなら、得られる栄養素も乏しいなら、チギリギリにとっても優先すべきことではない。
『コレクション気質もどきの買って満足タイプって奴ですね。これが丁寧に棚に配置する位置とかも決める新生のコレクション変態なら、特にオキニじゃなくても、切ってもすぐ千切り結び直すでしょうけど。君だって詰み本の下の方に何があるか、見ようとしなきゃわかんないでしょ?』
そうして最後に根源を打ち破ってやりさえすれば、全ての意図は無かったことになるので、と。彼女は『終わりを用意すればめでたしめでたしですよ。』だと締めくくった。
好奇心のままくるふわ部屋のあちこちを飛んで見ていた彼女は逆さのままアジューガに寄った。
水樹には見えやしない、確かにそこにはあるのであろう糸を絡める仕草の後にうん、うん、と数回頷きして、彼女だけしかわからない納得の動作。
「『よぅし、君。この雨の中子犬子猫を拾っちゃう系の不良くんみたいな彼だけ、根絶しましょう。他の子は切るだけで、十分ですね。』」
彼女は、そのためにここにいる。
水樹にだけ特別に視えるようにした彼女は“願われなければ”糸を根絶することはできない。
「『では、君。先に説明したように偶像商売お願いしますね。』」
けれど確かに。
不特定多数の確約していないなにかに縋って彼女を呼び寄せた水樹のように。願われる先が彼女でなくとも、特定へと向けてさえいなければ彼女には十分有効で、要するに、願い事のタグつけが“
Q,なぜ彼女はここにいますか?
A,水樹に偶像商売をさせるためです
正確には_____水樹に根絶させるべきいきものたちから願いの言葉を引き出させて、糸を根絶させるためです。
「『昨日も言いましたけど新手の振興宗教にハマったみたいな風にならないようにお気をつけを〜』」
器用に、空中で浮きながら寝転がった彼女はテレビを見ているかのような気軽さで手を振った。彼女のいうことはもっともで、唐突に「縁を切りたいって思いませんか?」「願いましょう!」などと言い出したものなら、多分、おそらく、きっと、確実に、苦虫を100個を噛み潰してしまったような、ウインクの出来損ないに似た怪訝という言葉を逆に調べれるぐらい怪訝な顔をされること間違いなしだった。
彼女の言葉に思いを巡らせていた水樹の思考を揺り戻したのは、とうとう3杯目のお茶を飲み干した葵の、大和撫子な笑顔で放った爆弾発言。
「ね。あのお綺麗な顔に拳を叩き込んで捻って地面でも這わしてやれば、あの考え方も矯正されるでしょうか?」
「ありャ天性だから、多分無理だな。」
「蹴りでもダメですか?転がせるのは?あの顔が地面を強打でもすれば間抜けすぎて1週間は顔が攣ると思います。」
「やめろナ?」
「絶対やるなよ」
「『ふはっ、あはははは!この子何、すごい、すごい、面白い子ですね!とても好きになってきました!』」
彼女は空中でけらげらと笑い転げた。
葵にはこういうところがあった。
声を荒げることは水樹どころか、よりも長い付き合いの美津でさえ一度も見たことがなくて、芍薬と牡丹と百合で出来上がったみたいな“ふう”にも関わらず、隠してもいないがその本質は。例えるなら高速道路で風になる系、アクセルとブレーキがあったら迷わずアクセルを全開で踏み込むタイプ。
取り敢えず敵対している裏ノ怪を引っ掴んでぐるぐる回してぶん投げて「ストライクー!」ってはしゃぐ、そんな、誰が言ったか“薄幸美少女詐欺”。
尚も引かない葵にアジューガが大きく手を振ったりして、子供に説明するみたいな口調で宥めすかしては、美津が悪ノリをして。美津の肩を持つばかりの香に、とうとうアジューガが押され始めるのだから、はたして、力関係がはっきりわかる図だ。
久しい、五月蝿いくらいの喧騒を一歩引いて、落ち着いた。こうして葵の暴論に慌てることも、腹立たしいアジューガと言い争うことも、怖くてかっこいい美津に冷や汗流すことも、至上主義の香に呆れることも。
昨日までは恐怖混じりの雑音染みていて焦燥感を焦らすだけ、背負い込んだ重たすぎる全ては水樹をいつだって解放してくれなかった。
_____あぁ、やっぱり。
_____ここじゃなきゃ息ができない。
それだけ、それだけ。
ただそれだけのための、全てだった。
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