5 祈り捧げた願いの対価に


それでもとうとう耐えきれなくなって叫んだ言葉の続きは、水樹すら何を言いたかったのかわからなかった。頭の中はぐちゃぐちゃになっていて、ひきつけを起こしたように喉が鳴る。



「それじゃあ君、私は一体なんでしょうか。」



ふざけてた台詞で、彼女は水樹の目を見つめる。


そこで水樹はようやくと彼女への不信を思い出す。

そう、そう、そうだ。


突然と降って沸いて現れた、チギリギリなんぞという世界規模の違うばけものと存在定義の違うばけものを自称する彼女は一体“何”なのか。


「………ゆい、きり…?」


現れた彼女の第一声、楽しげに敬礼しながら自称した言葉をゆっくりと復唱する。




「縁を切ったり結んだりすることに定評のある、ユイキリさん。それが私、ですよ。」




縁の糸を無理やり千切って結んで関係性の捏造を、記憶を、感情を、その絶対性を叶えるのがチギリギリであるのであるならば。

ユイキリさんとは、果たして?


その疑問から生まれた答えは水樹にとって蜘蛛の糸以上に希望で作られていた。


雪解けの氷のような青色の瞳に、薄らと光が差す。視界の隅に映った窓の外からは曇から月がこっそりとのぞいていた。


「本来あるべき縁の糸の通りに。公正に決められた通りに?無理やりに千切り結ばれた糸を切って、解いて、正しい位置に結び直して。そうして世界にとっての癌みたいな災厄に終幕を。んふふ、私ってば、そう言うひとでなしな訳ですよ。」

自慢げに胸を張った彼女の手にはいつの間にか銀色の裁縫鋏が握られていた。何処か古めかしく張り詰めたような銀色でありながら、そこに鋭さを感じないのはあしらわれた小さな花と蔦の装飾のせいだろか。


小首傾げて笑う彼女は、しかし一転して拗ねたように口を尖らせる。


「本当ならこう、人外らしく。人の裏でこっそりと、暗躍する予定だったんですけどね」


それはいま水樹にぺらぺらと喋っている彼女の行動と矛盾していた。人外らしく、けれど彼女の方から水樹の前に現れたのは暗躍の言葉とは真反対だ。


「暗躍?俺の部屋に現れておいて、何を今更…」

「他人事みたいに言いますね。君のせいなんですよ、水樹くん」


悪戯をした子供を見るような、微笑ましいような、ちょっと困ったような顔をして水樹を見る。水樹にとっては覚えがなくぎょっと目を剥いて、言いがかりだと眉間に皺を寄せる。

それすら彼女にとっては仕方のないことみたいに、柔らかな声で水樹の耳をくすぐった。



「だって、君。ご丁寧に私を狙ったみたいに祈ったでしょう。悪魔でも神様でもそれ以外でもなんでもいいから、なんて言って。_____縁を切ってくれ、って。」



水樹にとって“あれ”は追い詰められた時の冗談で、間違いなく本音で。虚しいほどに叶わないことを理解しながら縋って、縋って、縋った、所詮は戯言。


果たして、彼女は確かに現れた。

水樹がそれを口にした直後に、現れた。


目を大きく見開いて、口を何度か意味もなく開いたり、閉じたりして、つっかえながら必死に言葉を紡いだ。


「ま、さか。…だから?だか、ら……だから、来た、…の、か?」

なんてことないことを口にするように。彼女は窓の外のほんの少し遠く見える灰色のビルをさした。


「馴染んだので、もう顕現できるってなったので。本当からあそこの…今は廃ビルなんでしたっけ?そこの屋上なら静かだし、なんかいい感じだったので…本当はそこに降りるはずだったんですけど…」

眉を下げながら笑った彼女は、一番、人間みたいな、お姉さんみたいな顔をしていた。


「だって君、そんな声で呼ぶんですもん。私のすべきことで、狙ったように私宛みたいな望みを捧げてくるので……呼ばれて、望まれたなら、それはユイキリさんが叶えるためのものなので。」

足に力が入らなくなって水樹の体が後ろに揺れて、ドアにもたれ掛かる。どく、どく、と自分の心臓の音が耳の奥で聞こえた。

彼女は悪戯っ子みたいな歯を見せて、笑う。


「君にいろいろぉと話したのは、協力者になってもらおうかなって。大変ですねぇ、これ、普通の世界のいきものは知ってちゃダメなんですよ。」

『しまった、しまった、これは機密事項だったァ!』


口の悪い、少し掠れた声。


「巻き込まれるしかなくなりましたね。君、ぜろか百か、ですよ。巻き込まれて顛末を見届けるか、ぜぇんぶ忘れて無かったことにするか。」

『さァ少年、ふたつにひとつ。今日のことはすッかり忘れて愛すべき平穏に戻るか、夢のかけらもない薄汚れた日々でその目を生かすか』


水樹が何をしてでも守りたかった、失いたくなかった、縋りついた、少年にとってこれ以上とない幸福のすべて。

あの騒々しさがつまった隊室以上に安堵できる場所を、きっとこれからも水樹は知らない。


そのきっかけの、誰よりも憧れた、かっこいい、どうしようもなく救われた口の悪いあの人に彼女は少し似ていた。


芯を侵されるような不快感も、体内を這いずり回るような嫌悪感も全て我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢できなくて、それでも大人のふりして平気だと嘘をついて、全然全然大丈夫なんかじゃなくて。


「…っぁ」

「えっ」


取り繕えてもいなかった仮面が剥がれて、迷子の子供がようやくと見つけたみたいに、その表情が崩れる。やっぱり水樹の泣き方は下手くそで、息の仕方も時々おかしくなって、ひぐっと喉が鳴った。


「う、ぁ、あぁぁぁあ、ああ」


しゃくりあげながらぼたぼたと大粒の涙がこぼれて、床を濡らす。涙を拭うことすらできなくて服の裾を握って泣きじゃくる水樹に、ぎょっとしたのは彼女の方だった。


「わ、ぁ…ど、どう、どしたの?どこか痛い?あわ、えっと、飴、飴もひとつたべる??」

おろおろと挙動不審に手を上げたり、下げたりして、鋏をパチンと消して、ようやく落ち着いた先は水樹の頭の上。意外と丁寧な、髪をすくように撫でる手つきに水樹の涙は更に勢いを増した。


「あわわわ……泣かないで、泣かないで……もう大丈夫だよ。ずっと、ずっと、よくがんばったね…怖かったよね、自分の大切を、幸福を、犯されてくみたいなそんな、恐怖は怖いよね…」

暖かい夕焼けに包まれたような、陽だまりとはまた違う優しいにおい。頭を撫でながら背中をさする彼女の服を皺になるくらい強く握りしめた。


だって、水樹は、知っている。

うろんだ極彩色、この世全ての悲哀と憎悪と悍ましさをぶちまけたような黒色、体内を這いずり回った不快感、奥底から浸食していく虚脱感と嫌悪感。

知っていたから、だから、捨てれなかったし守りたかった。


何故、は知らない。

けれど、あの女は水樹をお気に入りに任命したから。

けれど、お気に入り以外は演出のための舞台装置に仕立て上げていたから。

自分を矢面にすれば、大切な全てを守れると思いたかった。決して水樹の大切な人たちを“愛されるお姫様”の、そのためだけの舞台装置になんてさせたくなかった。


強がった。

平気だって、大丈夫だって、頑張れるって。

言い張って意地はって、それでも。



「私は。私のそれを叶えるためだけの、そのためにここにきたんですよ。」



神様みたいな奇跡を、悪魔みたいな大丈夫を、そんな言い表せないほど幸福を約束された明日が欲しかった。


自身ありげにそう、彼女は自分を自称した。

きらきらと眩しい作り物みたいな緑と紫の瞳が緩やかに細められて、水樹の青い瞳と目があう。


「世界をあるべき形に、呪われたって祈られたって私はその望みのあるべきままに!千切られちゃった糸はささくれをとりましょう、千切り結ばれちゃった糸はきちんと切って元の位置に結び直しましょう!さぁ、君は。何を望みます?」


大袈裟な道化師みたいな身振り手振りで水樹からぱっと離れた彼女は、赤い舌をちろりと覗かせて笑った。ともすればそれは聖女みたいな微笑みで、悪魔みたいな意地の悪い笑みだ。


水樹にとっては、なんでもよかった。

彼女がなんでも、なんでもよかった。


「き、って」

「…うん」

「切って、切って、くれ、こんなもん、いらない!」

寄生するように、縛り付けるように、ひょっとしたら全身を覆い隠さんばかりに爛れて絡みつく執着色の糸。いきものたちに見えない事をいいことに好き勝手にいろんなとこから引っ張って千切って結んだささくれて絡んだそれを、彼女の瞳は確かに捉えていた。



「もちろん、私を誰だと思っているのですか?縁を結ぶこと切る事に関しては定評しかないユイキリさんですよ!」



なんの不安も感じさせない真白に輝かんばかりの、けれど歪で少しの悲哀が混じった矛盾だらけの笑顔を浮かべた彼女のその姿は、確かにひとでなしの、ばけものだった。


その瞬間世界が切り替わった気がした。


確かにそこは見慣れた水樹の部屋であるのに別のテキストが貼り付けられたみたいな、そんな、不思議な雰囲気。


「さぁ、さぁ、ご覧あれ、ユイキリさんの特大専用ステージですよっ」


ぶわり、と、一面に花が咲き広がる。それは五つの花弁をもつ、不思議な色をした花だった。

みどりときんいろ、むらさきいろ、あかいろ、ぴんく、だいだい、空気に溶けたシャボン玉の色に似た乱反射に色とりどりに光る半透明の花は彼女の声に弾むように風も吹いていないのにふわふわ揺れる。


「お客さまは頑張り屋さんの少年!ステージに上がるのは、私と、寄生虫みたいなお前!」

ひっくり返ってしまったような、幻想的な光景に見惚れていた水樹は彼女の言葉に自分の体に引きちぎられた毛糸みたいにささくれた、爛れた、シミのような糸に気がついた。

喉の奥で潰された悲鳴、糸のその先、背後にいたのは、あの恐怖だ。


【ぬきくじむ、ぬきくじむ、おにあねきおちあなしあおうぃさたわはたな。あらかどときいさだたげろす。おにいさだたごとくるしあおうぃさたうぉ。うおゆせどにあちらうきさだたはねぐにん、いあなゆずるせったどぅなならねかとなしさだとぅ。】


黒板を爪で引っ掻いたような不快で不可解な音の羅列、ずずり、ずりと引き摺るような動作音。絡みつく爛れた糸は水樹そのものを引き摺り出していくようで、指先ひとつ動かせず、体の芯から冷えついていく。


「あは、合縁奇縁を自分の好きなようにした果てがこれだと思うと、笑えますね。」

ぞ、ぞ、ぞ、ぞ、ぞ、背筋に蟲を突っ込まれたような不快感。あまりの恐怖に一瞬で意識が奪われそうになった水樹は、この場には不釣り合いでお似合いの明るく弾んだ、その癖威圧的な声に正気を取り戻す。


「何やってんです、見苦しいですよ。さぁ、さぁ。舞台にお上がりくださいませ!」

開けた大きな口に似た動きでぶわりと広がった蔦がそれに絡みついて、水樹の背後から引き剥がす。水樹と“それ”の間に千切り結ばれている糸は不思議と水樹自身を引っ張ることはなく、けれども、ずるずると繋がったまま。


「じふつぢいふぇづうお。じゃぅぁぢぅあちざでん?おえあぁちふぇじゃまいふぇぢょうぇふぉ、おうおにふぇじゃまいんふぇづうお。ぃもうぞょうぞあぢやぁたぞ!」

蔦でそれを拘束したまま、目のようなポッカリ開いたふたつの窪みを前に彼女は侮蔑にも似た嘲りの色をした。今まで水樹と話していたのとは正反対に、それに似た音の羅列を吐き捨てる。

水樹の勝手な感覚だけれども、同じように意味もなさないようなただの音の羅列ではあったがそれのとは違い金切りの悲鳴のような音ではなく、不可思議に不可解なただの羅列でも不快ではなかった。


再びその手の握っていたのは銀色の、小さな花と蔦の装飾があしらわれた裁縫鋏だった。水樹とそれの間の爛れた色の糸に、鋏の刃を引っ掛けた。

つんざく、軋んだ叫び声のような音を発するそれは抵抗しようと塊の体を揺らす。


【あひさたうぉ、おなにけぶれらしあ。おにいさだたげろす!】

「どてじゃ、ぉふぉぞもじぜいうおちぁゐはあつよじゃおぞえまいもふぇ?」

ひどく冷たい作り物めいた瞳はもう一度など許さない拒絶の言の葉と共に、根絶の刃はすでに糸にかかっていた。



「“繰る糸くるい割くは歪んだ糸、ひとつ輪にして固結び、ふたつなしとて結び切り、切って、解いて、2度も、なし”_____歪んだ縁を、元どおり。」



じょきん



糸を切った、軽い音。

断末魔すら掻き消してシャボン玉のように弾けた闇の塊、瞬きするといつの間にか視界に広がる景色ははじめからそうだったように、見慣れた水樹の部屋の様相に戻っていた。


「これが、糸が……縁の糸が、きれた、ってことでいい、のか?」

多分、そうなのだろうと断言できた。水樹には決して見えやしない糸は結ばれていようと切れていようと、だって水樹には見えやしない。

それでも、だって、なくなった。

いつだって水樹を苦しめていた、腹の奥底から侵食するような悍ましさも嫌悪感も虚脱感も、体に羽が生えてしまったと錯覚したほどに軽くなっていた。


「えぇ、もっちろん。綺麗さっぱりキュキュッと鳴っちゃうほど?」

「水がきれたじゃなくて。」

「手が震えちゃうほど?」

「酒がきれたんでもなくて。」

「書類作業で油断しちゃって?」

「………あっ、紙で指が切れたんでもなくて!」

にまにましているので何を考えているのかと思えば、すっかりと、本調子でふざける彼女に律儀に水樹が返すのもいけなかった。正解を当てた水樹に彼女は「おぉー」と感心しながらぱちぱち手を叩く。大喜利大会なんかじゃないのだ。


「そうじゃなくてっ!」

「んふふ、君、律儀ですねぇ、よいよいツッコミですよ!」

サムズアップで褒める彼女に、どっと、力が抜けた。彼女の瞳には確かに、水樹に無理やりと千切って結ばれた糸がなくなったのが見えていた。


「ユイキリには特殊能力みたいのが個々にありまして、私のそれは、拒絶と根絶なんですよね。」

突然と話し始めた内容に、水樹は随分と、話が飛ぶのに慣れたらしくうん?と呑み込んだ言葉に首を傾げた。それからぐるりと考えを巡らせて、「あっ」と納得する。


「俺たちで言う、霊式みたいな…?」

「あぁ、そうですね、それが近いです。本来ユイキリは糸を切って結ぶだけ。だから…結び直そうとすれば、できます。」

どちらも結局あるのだから、当然、そうしようとすれば出来る。髪の毛を切っても伸びてくるように、雑草が根ごと引き抜かなければ再び生えてくるように、再びは当然にあり得る。

解放されたと、安堵の息を吐く間も無く告げられたそれに水樹の体が途端にこわばった。


「……ん?根絶って…」

しかし彼女の言う特性の言葉の意味を考えると、もしかしたらを思いつく。


「無条件じゃありません。でも、望まれれば、私はチギリギリの千切り結んだ糸を切ってもう一度がないようにできます。そうして間に糸がなければ関係性のこれからを作ることはできなくなって、君に、あの女はもう近づくことすらできません。そうですね、よく言うでしょう?縁がなかった、って。」

彼女の表情はコマ送りのようにころころと変わった。苦虫を噛み潰したような嫌悪に塗れた顔、かと思えば花が綻んだようなくすぐったい笑い顔。


「はっぴーばーすでー、今日の君。君を縛り付ける昨日は、もう所詮は過去のものですよ。」


気がつけば、日は変わって6月16日になっていた。


「晴れて自由の身ですよ。あは、これじゃ囚人みたいですね。」


水樹が口を挟む隙もなく、滑るように彼女の口は動き言葉を紡いでいく。跳ねるように、弾むように、転がすように、楽しげに、はしゃぐように、とっときのおもちゃを見つけた子供みたいに色違いの瞳は輝いていた。


「私はユイキリさんで、チギリギリの千切り結んだ糸をあるべき形に戻すために縁を切って結んでするためにここにいます。でもね、万能でなんでもできちゃう神様じゃありません。糸を切るだけなら勝手にできます、でも、根絶するのは願われなければできません。糸ってね、パイプみたいなものなんですよね。」

水樹の目の下、黒く染み付いたクマを撫ぜる。

ひとでなしのばけものだと言うくせに、その手は随分と暖かかった。


「腹奥から引き摺り出されるような虚脱感は?体内を這いずり回るような悍ましさは?チギリギリに千切り結ばれた糸由来ですけど、だから、どうしてそうなると思います?」

問いかけに、水樹は少し前。

紙芝居を使っていた彼女の説明を思い出した。


『憎悪や、悪意、悲嘆、そういう虚しくて情熱的で圧倒的で悲惨で生産的で非生産的で感情エネルギーが大好物で栄養源なんですよ。

だからそういうエネルギーで満ちて満ちて満ち溢れてしまってめちゃくちゃにぐちゃぐちゃにされてしまった世界が欲しいんです、美味しくって堪らないんです、食べたいんです、チギリギリの養分にしたいんです。』


「そう言う、エネルギーを…回収するため?」

「せいかぁい。」

間伸びした緩い言葉とは裏腹に、彼女の表情はまたころりを変わってひどく冷めていた。


「糸を経由して、いきものたちからそういう感情を回収して食べてるんですよ。そうして、本来は自分の中で使って、消化するはずのモノを無理やり引き摺り出されてるから君たちが苦しいんです。」


そのための、宿主ですよ、と彼女は最後に付け加える。感情を“使う”と評したあたりが、やっぱり彼女をひとでなしたらしめた。


『愛されたいの、愛されたいの、愛されるのが正しいの、正しいから愛さなければならないの』


あの女の口癖を思い出す。

あの女にとってチギリギリは神様で、絶対的で、必要正義で、だから愛さない事を許さない。チギリギリはその願いを叶える、絶対的圧倒的な理不尽と暴力的存在をもって。

願いを、女の望みを叶えれば千切り結ばれた糸をはパイプとなって憎悪や悲嘆や悲哀といった、チギリギリにとっての栄養素を運ぶのだから。


だって別にね、誰に向けた感情だろうとなんでもいいんだよ

だって別にね、それがそういう、虚しくて情熱的で圧倒的で悲惨で生産的で非生産的な感情エネルギーであるならね、なんでもいいんだよ

ふつう、そんなの気にする?


食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて、そうして、そうして、巨大になっていく。


「宿主ってのは、そのための。宿主がいれば効率よく、より沢山、潤沢に養分を摂取できると知っているから使っている。」


異端者でしかない化け物はぱくり、そうして、そうして、世界をひとのみ。

抵抗も悲劇も悲嘆も絶望も喜劇も全てすべて総てどうぞ、それすらおいしくぱくりとひとのみ。世界なぞ、所詮お皿の上のただの食べ物で、所詮消費されるためだけのものなのだからね。

腹に落ちるのは喉に引っかかるように蜂蜜よりも甘い甘い味。

よく言うでしょう?人の不幸は蜜の味って!


「あは、どうです、すごぉく逆撫でするような生態をしているでしょう?」

それに水樹は顔を顰めたことで返事した。

なんて言えばいいかわからなかった、生態だと言われてしまえばそうかもしれないけれど、趣味が悪いと断言せざるを得ない。


「あれ、でも…結局、切るのと、根絶するのって何がちがうんだ?結局は…あれを…倒す…?のが最終なんだろ?」

倒す、と言う表現であっているかはわからなかった。水樹の疑問に彼女は何か企んでるようなそぶりで頷いた。


「言ったでしょう?糸ってパイプなんです、そこからいろんな生き物から感情エネルギーを食べて、力を蓄えてるってわけですよ。うーん、わかりやすく言うとですね…ボス戦、相手はHP10万超え攻撃力はsクラス!しかも毎ターン回復する回復役イケニエ多数。こちらの戦力は攻撃力aクラスでひとり1ターン制。まずどうします?」

回復役イケニエをまず退かすだろ、そりゃ…あっ」

答えたことが答えだった。

例えば水樹とか、要するに千切り結ばれているいきものたちからは常に搾取している状態にあるチギリギリを最初から叩くよりも当然ながらに、弱らせてから叩いた方が良いって話だ。

彼女が言うように、回復、ではなくその立ち位置はイケニエ、ドレインされた寄生先のようなものだけれども。


「君みたいな、執着されていっぱい絡みついているひとたちからは当然、あれにとって良い栄養源になります。だから、切り離して根絶しちゃいたいんです。」

「なるほど……あれ、根絶する?のって願われなきゃどうのって言ってなかったっけ」

「言いましたよ?」

そして、思い出してぼっと顔が真っ赤に火照った。願った、望んだ、心の底から願った。切ってくれと、ヘタクソな子供みたいな泣き顔を晒して縋り付くように、彼女へ願いを捧げた。


これでも水樹は思春期なので、特にそう言うのに羞恥心が高い。かっかっかっと先ほどとは別の意味で瞳が潤んだ水樹は慌てて頬に両手を当てて顔を隠すように俯いた。


「んぇ?どしましたー?」

「ほっといてくれ……俺のことはいいから話を続けてくれ…」

唸りながら顔を隠す水樹に首を傾げながらよくわからない様子ながらも、言葉に従って彼女は話を続けた。


「まぁ、つまりですね。だから、最終決戦の前に糸を根絶したいんですよね。君みたいに、特に執着が強いいきものたちの糸を。ほら、あの女ってつまりはあいされたいんでしょう?それは平等に幅広く全てに対してで、そして不平等に特別だってあるんですよね。そうでないのなら切って、そうであるなら根絶して、それで倒したいんですよね。」

「……つまり、俺に協力させたいのは“そこ”って訳で?」


願われなければ根絶できない彼女は、つまりは願われなければいけない。切るだけなら、結び直されてしまうから根絶させてそうして弱らせて、倒したいのが彼女のRTAルート。

最も効率が良いのは怪結隊の中にいる水樹にそれなしと協力させて、願いを引き摺り出すこと。


「さぁ、君。ぜろか百か、ですよ。巻き込まれて顛末を見届けるか、ぜぇんぶ忘れて無かったことにするか。」


そうして同じセリフをもう一度口にした彼女の差し出した手を、じっと、見つめた。


彼女は、なんだ?


人でなしの人外、正体不明の異端者、世界規模で異なる存在規模スケール、表す言葉は多種あるものの彼女が何なのか明確に表現できる言葉はない。もしかしたらあの女の上位互換かもしれないし、もっとたちのわるい化け物なのかもしれない、信用にたるものなど何一つない。


それでも。


(このひと…あぁ、いや、ばけものの、ユイキリさん。隊長ににてんだよなぁ)


鼻で笑われてしまうほど甘ったるく考えなしの考え。張本人たちにすら馬鹿だと称されてしまうかもしれない。


それでも。


『私は、そのためにきました。』

『そうでないのなら切って、そうであるなら根絶して、それで“倒したい”んですよね。』


ここで、最大の表現に自分の隊長を出してくるあたりが水樹の”らしさ“だった。ついには笑いすら込み上げてしまった水樹に彼女はきょとりと目を丸くさせた。

とうとう水樹は腹を抱えて笑い転げたので、彼女の目は心配そうに、なんなら、ちょっと引いていた。


「はは、あはははは!」

世界において自分のみが必要ないきものであり、それ以外は自分のための操り人形と舞台装置。あの女はそういう女で、あの女にとってそれ以外はあの女を愛すること以外存在意義のない、そういうふうにプログラミングされた存在でしかなかった。

それを通せるだけの不気味さを、存在の恐ろしさを、抵抗すら許さない疎ましいほどに強大な力を、あの女は持っていたから。


(ざまぁみろクソ女!世界を喰う化け物だかなんだか知らないけど、お前にだって天敵がいるじゃないか!絶対無敵の怪物なんかじゃなかった!)

誰も、あの最強部隊や総隊長ですら甘言を吐き抑え込むことしかできなかった。誰もあの女を倒せるだなんて思うことすらできなくなっていた。


あゝそれがみてみろ!この目の前のひとでなしのばけもの倒すためにきたと、“倒せる”のだとそう断言した!


御伽噺だって、神話にだって、絶対無敵の存在なんて出てこない。

世界を喰ってしまえるような怪物にだって弱点があった!


「あの女を」

「ん?」

「そうすればあの女を一発はぶん殴ってやれるんだよな。」

笑いやんで、見上げるように瞳をぎらつかせた水樹の言葉を予想していなかったのか今度は彼女が噴き出す番だった。


「あは、守れるとか、倒せるとかじゃなくて、一発ぶん殴ると来ましたか!」


自分本位に寄った台詞は水樹の心からの本心に違いない。

守りたかったし排除してやりたかったけど、とりあえず、まぁ。



「だってアイツ、くっそ、腹たつんだよ」



あのお綺麗な顔に拳を叩き込んでやれたならば、いっとうスッキリするだろうなぁ、と常日頃から思っていたのだ。晴れやかに、歯を見せて悪餓鬼らしく笑った水樹は今までで一番少年らしかった。


「んふふ、わかりました。君のぶん、ちゃぁんと残しておきますよ。何せ私は縁を切ること結ぶこと、そして、できないことは言わないことで定評しかないユイキリさんの拒絶と懇願の果ての根絶を宿した宵花よいばなのツヅラさんです!」

自慢げに胸を張った彼女もまた悪戯っぽい顔で笑う。


「きっと短くって長い時間ですけれど、それでは協力成立ってことでよろしくおねがいしますね。」

「こっちこそ、約束は忘れんなよ。」

「あは、もっちろん!」

空には欠けた月が煌々と輝いて、ひとでなしのばけものと顔を赤く腫らした少年の秘密の協力をスポットライトのように照らしていた。



(愛されたがりの、愛されるべきオヒメサマ。ぶん殴られる覚悟だけ決めとけよな。)

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