8.大雑把に丁寧に


『う〜ん、困ったなぁ。どれくらい困ったかっていうと大事で無くすと命に関わる指輪を下水道に落としたくらい、困ったなぁ。』

『どうしたんです?そんな大事で無くすと命に関わる指輪を風呂場に落としたくらい困ったみたいな顔して。』

『惜しいっ、下水道なら満点だったんだけどなぁ。』

『あ、下水道でしたっけ、間違えました……んぁーー、そう、そんな顔してどうしたんですか。』

『えっと、ちょっと待っててなぁ。えーと、あっ!こほん。俺っち、霊式が開花しない、霊力ふつう、このまんまじゃ何にもできねっちYO!』


(中略)


『話は聞かせてもらったぜ!』

『霊式至上主義なんて時代遅れだぜっ』

『我らさんじょー!』


ペカペカリーン⭐︎


『誰ですか!?』

『でも裏ノ怪と戦うんには、霊式がないと…武器だって、適性がなきゃ使えないだろぉ?』


(中略)


『そんな悩めるあなたにオススメなのが“霊力返還れいりょくへんかん放出武具札型紙ほうしゅつぶくふだがたかみ”、通称“札紙”!なんとこれは霊力を流すだけで擬似的霊式の発動を可能にするとっておきのアイテムなのです!』

『『な、なんだってー!』』

『霊式至上主義〜たしかに霊式はすごい〜銃弾をつくったり〜身体能力を〜強化したり〜』

『でも〜それがすべてじゃない〜札紙は〜悩めるあなたに寄り添う〜霊力を流せば〜使える〜』

『怪結隊に所属していなければ札紙を使うことはできないので敵に奪われてもモーマンタイ!しかもこちら、監修はあの花車橙はなぐるまだいだい博士!』


(中略)


『こうしちゃいられねぇ!』

『君も今すぐ札紙マスター!』


ドガァァァァン(爆発音)



[某隊自費製作”札紙について“のプロモーションビデオ 一部簡易抜粋]



「台詞の間違いは削れ、やり直せ。よくわからないラップを挟むな。登場シーンに魔法少女のような変身バンクを入れるな。途中でちゃんと説明を挟んだのは評価してやるがその後意味のわからんミュージカルを入れるな。最後は安易な爆破オチにするな。その癖場面転換とか映し方が映画並みなのはなんなんだ。というか。お前たちの辞書に真面目という単語はないのか……!」



[……を見た怪結隊総隊長兼1番隊隊長の説教 一部抜粋]











「『いやぁ、いやぁ。君、割と口八丁巧みですね。』」

「褒められてる気がしねぇ…」


怪結隊隊舎内の廊下で、1人歩いていた水樹は彼女の、ツヅラの言葉にげんなりとする。そうしてついさっきのことを思い出して、また肩を落とした。


本日は6月17日、ツヅラと出会って、早1日とすこしが経っていた。

なんとちょうど良いタイミングで休校日だった水樹は朝から隊舎にやってきていた。当然、ひっついてきたツヅラと共に。


任務がひとつ。新設されたばかりの水樹の隊7番隊に回されるものは大概雑務のそれに近いものが多い。端的にいうと、土地にいついていた怪の引っ越しの手伝いをこなした後のことだ。


はて、さて、任務終わり水樹は態々、いつもならば絶対にしないであろうに。態とアジューガと2人になるタイミングを作り出した。

美津と香が任務の報告に、葵が医務室へと行ったそのタイミングを狙って。


『お前、昨日は帰りまで体調悪いみたいだったけど、今日は大丈夫なのかよ。』

『ハ…………ハァ〜?オマ、オマエ、昨日カラと言い、んだヨ。気持ちわりィナ…』

『あぁ!?なんだその言種はよぉ!』

タイミングは完璧だった。

惜しむらくはアジューガと水樹が出逢えばすぐに喧嘩ばかりする仲だったという点だろう。あちゃぁ、と、ツヅラは水樹にしか見えない姿を宙に浮かして、額に手を当てた。


ツヅラの心配をよそに2人の言い争いは更に激化する。しかしその風向きが徐々に変わっていき、ツヅラは目を丸くする。その手にはいつのまにか、あの、蔦模様の銀色の裁縫鋏が握られていた。


『心配してんだよ、流石に!あんな、女、神様が直々に縁を切ってやらない限りつきまとってくるような、女だろ……』

『オマエ……』

『…願って切れんなら。お前だって思うだろ…』

項垂れ、視線を下げる水樹の似合わない俯いた声にアジューガは荒げていた声を収める。視線を逸らし、爪痕が立つほど手を握り締めたあとぼそ、ぼそと何時もの様子とは想像でいないほどゆっくりと這うように言葉をつのった。


『アア、オレだッて……切ってくれンなら。キッて欲しいッて……思うよ。』


その言葉こそ。

誰にとなく、人知れず引き摺り出された願いこそ。


ツヅラが待ち侘びていた祈りの言葉。


『ふは、了解しました。さぁ、さぁ、その祈りを、願いを、私は叶えるためにやってきましたので。』


願いの言葉は投げられた。

もう一度など許さない拒絶の言の葉と共に、根絶の刃は既に糸にかかっている。


『_____歪んだ縁を、元どおり』


じゃきん、軽い音と共にアジューガの体に深く絡みついていた爛れた糸は根絶された。






「『流れるような手つき…いえ、口つきでした。壺を買わされる人って、あぁやってつい、返事しちゃうんでしょうね。私も“甘味処あまいやつ”の苺大福なら買っちゃいます。』」

うん、うん、と訳知り顔で頷くツヅラに遺憾の意を表明したいところだったがタイミング悪く人が通りがかって、慌てて口を閉ざす。このままじゃ何もないところに喚く“ヤバい”やつだ。


(怪がみんな見えるから“そう”はならないはずのここで、“そう”なりかねないって、ヤバいから…)

他者からすれば何もない空間にうつつとまぼろしを混ぜこぜにして1人騒ぐその姿。多分、霊力がない人たちからすれば自分は“そう”見られていただろう目を怪結隊の隊員たちから向けられるのは避けたいし、嫌だし、恐ろしいとすら感じていた。水樹にとって怪結隊は、自分を孤独で特別にしてくれない場所だから。


(ていうか、ほんとこのひとでなし変なとこ俗っぽいよな…それ、饅頭こわいの手口だろ。)

水樹の都合を知ってか知らずか、勝手なことを言ってばかりの彼女はこちらへと歩いてきた茶髪の男に「『うやぁ?』」と間抜けな声を上げた。それは、それは、間抜けで怪訝な声で、片眉だけあげて、眉間には皺を寄せて、ひどくイヤなものを見た、と言わんばかりの。


ツヅラの声を疑問に思う、彼は水樹も知った相手だったが“そう”言われるような謂れはなかったはずだ。


怪結隊の既存の隊服は黒を基調としたかっちりとした軍服であるのだが、それを水兵風に改造した隊など、ひとつしかない。

少しボサついた茶髪を苛立ったように掻きむしった彼は俯きがちの視線をあげ、そこで水樹に気づいたらしく舌打ちをし損なった。男は濁った翠の瞳が柔らかい色を持ち、“にかっ”という効果音が似合う歯を見せた笑い方で水樹へ手を振る。


七竈ななかまどさん、お疲れ様です!」

水樹の声も随分と明るく、喜色満面の面持ちでた、た、た、と弾んだ足取りで彼へと近寄った。


「よう、水樹。元気か?どっか体調悪いとかないか?」

「あ、えっと。大丈夫です。」

「そうか。ならよかった…ん、確か7番隊、土地付きの樹木型怪の引っ越しの任務だったろ?おつかれさん。あそこの“きぃさん”、永い分、気難しいとこあるからなぁ。」

「うっ、そうなんですよ…土とか葉っぱとかめっちゃかけられましたし…」

やな事を思い出した、と。数分前の記憶がフラッシュバックして「うぅぅ」と唸る水樹の様子に、思い当たる節しかないのか苦笑いを浮かべる。


「七竈さんはこれから任務ですか?」

「いや、任務っていうか、報告だな。鬼野おにのからせっつかれてなぁ。」

なんとなしにと言ってのけた言葉に、ぎょっとするのは水樹の方だ。

怪結隊最強とすら謳われる秘密対処ひみつたいしょ裏討伐うらとうばつ遊撃部隊 ゆうげきぶたい、2番隊の隊長である七竈木蓮ななかまどもくれんともあろう男が怪結隊の総隊長に呼ばれての報告など、一介の隊員がたかが世間話で遅れさせていい案件ではない。

氷のような自身の目と同じくらい顔を青ざめさせた水樹はぱっと木蓮から一歩距離をとり慌てて謝罪の言葉を口にする。


「えっ、急ぎのやつですか…!?引き止めてすいません!」

「いや、いや、俺の方から声かけたんだし。それに急ぎじゃないから、大丈夫だよ。鬼野に呼ばれてるってだけだから。」

「…それを、だけって言えんの、七竈さんとかくらいだと思います。」

怪結隊で所謂古株に属するとはいえ木蓮の総隊長に対する態度_____隊員たちから恐れられる“あの”総隊長の呼び出しを“だけ”と言い切れる強かさに水樹はひくりと口端をあげた。


「『うぇぇ、よくこんな状態でフツーにできてますね。肩とか、揉んだ方がいいですかね…?』」

気がつくと木蓮の背後にへと回っていたツヅラは水樹には視えない千切り結ばれた糸を口を抑えながら指端で摘んだ仕草をした。実際、そうしているのだろう。


「『顔見えないどころか全身ぐるぐる巻き…上半身は全部見えませんよこれ…』」

ぼそ、ぼそ、と戦慄いた口から発された言葉に驚いたのは水樹の方だ。

ツヅラ曰く、水樹は顔が見えないくらい千切り結ばれた糸がぐるぐると絡みついていたらしかった。それで、あのザマだというのに。


改めて木蓮を見る、確かに瞳は少し濁っているがしゃんと背筋を伸ばして立っていて、まさしく「兄貴!」と呼びたい貫禄。

(この人、これで、あんなのずっと背負ってんのか!?)

比べるものではないと思っているし、わかっているけれどそれでもそう思わざるを得ない。突然黙り込んでじっと見上げる水樹を不審に思ったのか、少し屈んだ木蓮が水樹の顔を覗き込んだ。


「どうした?水樹…どこか体調でも悪いのか?…もしかして任務の終わりにあの女にあったのか!?」

反応の薄い水樹に突然声を荒げた木蓮は痛いくらいの力加減で水樹の肩を掴んだのでツヅラが驚いた声を上げる。


「昨日の件で鬼野がうまくやってたはずだがまさか今日も…!?どこか気分が悪いところは?おかしいと思うところは?記憶は?体の認識は?」

矢継ぎ早に質問を繰り出す木蓮の様子に、ツヅラほどでなくとも驚きながら、けれど、慣れた様子で大きめの少しゆっくりとした喋り方で木蓮に話しかける。


「違い、ます!俺、ちょっと別のこと考えてて。今日も、あと、昨日も。俺、あってないですよ。」

息継ぎすら許さずにと言った様子で水樹に詰め寄っていた木蓮はその言葉を複数回頭の中で反芻して、ようやく、ようやく飲み込んだのか短い息を吐き出した。

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