第38話 知らない天井。
「知らない天井だ」
人生二度目の発言。
最後に覚えているのは木曜日の夕方。
火曜日の決済の書類にミスがあったことを社長に責められたことだ。
そこから全く記憶がない。
そう僕は意識を取り戻して最初に口にしたのが某国民的アニメ作品の台詞だ。言ってみたい台詞にあげてたなそういえば……と思いかえしつつ、周りを見渡す。
どうやらベッドの上のようで、若干角度がつけられて腰からあげられている。
左を観れば、点滴用の袋と支えが見える。
左手に針が刺さっており、どうやら大変なことになってしまったようだということが判る。
「……どうしたらいいんだ?」
確か、看護婦さんを呼ぶボタンが頭当たりにあるのが通常だと思い、身体を動かそうとするが、辞めた。
右に二人の女の子が寝ていたからだ。
真矢ちゃんに真弓さんだ。
真弓さんを女の子扱いするのは失礼かもしれないなと思いつつ、彼女達の様子をよく見る。
「……ありがたいことだ」
眼元なんか濡れていて、僕の為なんかに泣いてくれたようだ。
嬉しい限りである。
「真矢ちゃん、真弓さん、起きて下さい」
「んん……」「ん……?」
揺らして起こしてあげる。
「か、和樹さん⁈
大丈夫になったんですか⁈」
先に起きたのは真矢ちゃんだった。
そしてとびかかるように抱き着いてきて、
「大丈夫ですか?
今、頭とかガンガンするとか、気持ち悪いとか……」
言われてみれば確かに頭が重いし、気持ちが悪い。
そして何より、死にたいという気持ちが湧いてきている自分が居る。
「ヤバい、死にたい……」
「死なないでください、真矢には和樹さんが必要なんです!」
端的に述べると、涙目で僕に縋りついてくる。
「うん、大丈夫、ありがとう。
体が死にたい、死にたい、死にたい、って言ってるけど、真矢ちゃんのお陰で精神的には生きる、生きる、生きるってなってるから」
「キスしましょ。キス」
「いいよ」
何度も何度も重ねた軽いキス。
それだけでも頭痛が軽くなった気がした。
「真矢ちゃん……ずるい……」
っと、起きた真弓さんが可愛くすねている。
だからという訳ではないが、僕はなるたけ優しい言葉で、
「真弓さんもありがとうございます。
キスしてくれると、少し頭痛がマシになるんでしてくれませんか?
あと胸も触らせてください」
「ぇ、あ、はい!」
幾度か重ねた長いキス。
それは舌と舌を絡ませるなど蕩けるようなキスだ。
胸も真弓さんにとっては痛くなる程の力で揉んでしまうが、彼女は何一つ、表情を変えずに受け入れてくれる。
大分、気分がマシになってきた所で、離れる。
真弓さんの言う通り、おっぱいは何でも解決するらしい。
「真弓さん、ありがとうございます」
「いえいえ、こんなことしかできませんが。
でもちょっと痛かったんですからね?
反省してくださいね?」
ペコリと律儀に頭を下げて、そのあとプンスコと怒る真弓さんが可愛い。
「何があったんですか、僕に」
「お母さんから仕事場で倒れたって聞いて、飛んできたの。収録もぶっちぎって」
「そうです。
私の方の携帯に会社から電話が有りまして……」
会社。その単語だけで頭痛がしてきた。
「木曜日の夕方……火曜日の決済でミス書面があって……確認してないお前が悪いと言われて……。さらにはムリだといったのに、やらせて、ミスが増えたらお前の責任だって蒸し返されて……」
そして帰ろうとしてから意識が無くなっている。
それは何故だ? と思い浮かべる。
社長への憎悪が生み出したのかとも考えるが違う。
「そうだ、僕は何でも屋の誰にも成れない人にされていたんだ……ただの業務を回す歯車……型にはまっていた自分……それが嫌だったんだ」
今、視野が完全に会社の外になっていることに気付く。
真弓さんとの水曜日のデートや真矢ちゃんが返してくれた、世界を広く観ることが実感として戻ってきたのだ。
そして、自分がいかにつまらない人間になっていたかがために判って、理想と現実とのギャップで倒れてしまった。それだ。
「はぁ……はぁ……」
吐き気がするがこらえる。
今の自分を否定してもどうにもならない。
「結局、僕は意味が無かったんです!」
けれどもそう僕は、自身について泣けてきてしまった。
今までの型に嵌めて回していた自分が崩壊し、どうしたらいいのか、と漠然な不安が僕に襲い掛かってくる。
怖い。
先が見えない。
広げた筈の視野が真っ黒に染まってしまう。
闇の中に光は見えず、一歩も前に進めなくなりそうだ。
「大丈夫ですよ、和樹さん。
会社なんか辞めてしまって」
そんな所に、真弓さんがそう天使のように手を差し伸べてくれる。
まるで闇の中から光が差し込んできたようにも見えた。
「あなたはよく頑張った。
私の会社で働くなり、主夫になって頂くなり、そうして一回、外に出てみてはいかがでしょうか?」
何度目の言葉だろう。
ついにそれにすがる時が来た。
真弓さんとデートした時の飛行機を観たことを思い出しながら、
「……はい、ありがとうございます。
真弓さん、頼っていいですか?」
その手を取る。
「はい♡
承りました♡」
可愛く微笑んでくれる。
すると真矢ちゃんが焦るように横から、
「べ、別にお母さんの会社じゃなくて、私が養ってあげてもいいのよ!」
言ってくれるので、
「真矢ちゃんにも頼っていいかい?」
「もちろん!」
と真矢ちゃんからも手を差し伸べられたのでその手を掴む。
嬉しい、こんなにも慕ってくれる二人が居るのだ。
そんな僕は気が確かじゃなかったのだろう、
「僕は二人とも欲しい。
こんな僕の為に泣いてくれる人を片方でも手放したくない」
そう言い切っていた。
「ごめん、二人とも回答を待ってもらっていたのにこんなんだけどいいかな?」
けれども、視野が広がった闇の中から手渡された二人の手を離すことなど出来ないのだ。
怖い。
そう怖いと、思ったが、やらないより前に進めだ。
「ふざけんじゃないわよ」
怒られる、なじられるんだろうなと構えていたが、真矢ちゃんが怒気を込めない声でそうポツリといった。
当然だろうと、僕は沙汰を待つように、真矢ちゃんを観ると、その顔は満足そうな顔をしていて、
「……とは言わないわ、そうなったら仕方ないかってお母さんとも決めてたし、ね?
視野は広い方がいい、そう言ってたら私もこれに関しては有り得るとおもったの。
だから、和樹さんが倒れている間にお母さんと相談して、そうなったら受け入れようって、そう決めてたの」
真弓さんの方を観ると、
「はい♡
娘と母、親子丼ですけれど私達で愛してください」
嬉しそうに可愛く笑顔をほころばしていた。
どうやら視野が狭かったのは僕だけのようだったようだ。
「さて、ちょっと細かく説明していきますが……」
と始め、
「……という訳で、余りにも自分に対して怒りすぎて倒れたようです。
社長が云々というより、今の自分が過去の自分から見て型にはまりすぎていて……なんというか窮屈だったんです」
今までの業務状況などをさらに細かに説明し終える。
すると真弓さんも真矢ちゃんも僕に同情的な眼を向けてくれる。
「真弓さんには、はい、お世話になります。
今回の件で完全に吹っ切れてしまったので……会社への未練は無くなりました。
是非、真弓さんの会社で働かせてください」
「良かった……」
真弓さんが安堵の息を述べる。
そんな姿も可愛いのに心配させてしまった自分がこころぐるしい、
「私にできることはない?」
と真矢ちゃんが言ってくれるが、特に思いつかない。
「特にないかなぁ……社長に何か償って欲しいけど。
そんなことより、前を向きたいし……。
一緒に居てくれるだけで、真矢ちゃんは元気をくれるよ」
「そう、ね……」
もう会社なんてどうでもいいの極致にたってしまっているので、社長のことも考えたくない。復讐なんてのもしたくないのが実情だ。
「あ、退職代行を真弓さん頼めませんか?」
「もちろん!
私がちゃんとした弁護士雇ってあげますから!」
「それはぜひとも、真弓さん、お願いします。
もう社長とは会いたくも無いので」
そんな話を二人でしている最中に、
「……」
真矢ちゃんが考えていることは思いつかなかった。
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