平日と日常と
第12話 月曜日は仕事
「有給どうだったかー? ズコンボコンしたんか」
っと、社長に聞かれるので、
「ボチボチでしたね。
何というか同棲っというのは日本での初めてで色々、大変です」
「そんなもんだろなー。
特にお前なんて異常だからな。今まで有給の一つも取らなかったし。
俺も妻と暮らし始めた日には……」
愛想笑いで流す。
これまでどんな理由でも有給を仕事量的に許してくれなかったもんなのに悠長なモノである。と少し心が毒づく。
ここはランドマークタワーのオフィス棟。
自分の職場だ。
「さておき、給与計算まで終わりましたので、ご確認ください」
社長の話を聞きながら、パソコンで打ち終えた作業を見せる。
「確認なんて今までもしたことないだろ。
ほら、さっさと銀行伝票に給与ソフトからいれこんでくれ、すぐ承認するから、次の仕事だ」
いつもこんな調子である。
全幅の信頼を置いて貰えるのは嬉しいが、チャック機能が無いのが怖いというのはいつもながらに思う。
普通の会社であれば、支払いの二重チェックぐらいするものである。
「次は……っと」
仕事のスケジュール表を観る。
住民税⇒終わってる。所得税⇒司法書士事務所の数値の最終待ち。来月の社会保険の月額変更届⇒未処理……他、一杯。
業務が確定したので、給与ソフトをパチパチっと打っていき、簡単に銀行伝票を作成する。昔は手書きで大変だったが、給与ソフト様のお陰で十分もあれば終わってしまう。
楽な作業で今日も平々凡々かと思っていると、
『求:クレーム対応。
弊社、賃貸マンションの小口様より、トイレが壊れたとのこと』
パソコンのポップアップで新たな仕事が舞い込んでくる。
自分の領分なので、給与ソフトを閉じ、連絡先ソフトを立ち上げて電話だ。
「いつもお世話になっております。
墨不動産の南山と申します。
小口様のお電話でよろしかったでしょうか?
どうも先ほどはお電話を頂いたみたいで、トイレが故障とのことですが……。
なるほどなるほど、便器の蓋が壊れてしまったと。
普通に使ってただけですか?
あぁ、そうですよねぇ、はい、普通も何もないですよね。
型番と状況の判る写真を南山のメールアドレスに送って頂きたく存じます
通常は弊社負担とさせていただきますが、壊れ方によっては借主負担になってしまう可能性はございます。その際は、お見積り書を送らせていただきます。
ただ、ちょっと作業のモノが込み合っておりまして、お時間いただいてしまう可能性もございます。こちらもご了承ください。
そうしたらまた改めて作業担当、あるいは私、南山からお電話させていただきます。
お電話ありがとうございました」
っと、話を終わらせる。
ここで重要なのは住民に過失があるか無いかだ。
基本的に消耗品と呼ばれる部分は借主負担にはなるが、『便器』は設備となる。なので過失が無い限りは『貸主負担』になるのが当たり前だ。
さておき、借主からメールが来たので型番を確認。
それを元にトイレ便器工事が出来る業者に電話、負担として一万五千円と言われたので、税込みならお願いしますと内容を纏め、報告書を作成。
社内SNSで社長あてに稟議書を流す。
『間違いなく、貸主に不備は無いな?
それに消耗品という扱いじゃないのか?』
想定内の質問が返ってくるので、
『元々が社長の買った古い物件となります。
想定内のモノなので致し方ないかと存じます。
それに便器の蓋は便器に付属するものとなりますので、通常は設備扱いが妥当です。
参照として、以下URLを添付しておきますのでよろしくお願いいたします。』
と、意見を追記する。
「ここでごねてくることがあるのが社長だが……」
しかし、端的に『承認』とくるので、一息を入れる。
さてさて、ここが折り返しだ。
再び、電話を取り、折り返しの電話を入れる。
「いつもお世話になっております。
墨不動産の南山と申します。
小口様のお電話でよろしかったでしょうか?
先ほどの件、弊社負担でさせていただきたく存じます。
ぇっとそれでですね、個人情報の兼ね合いでご了承いただきたいことがございまして……弊社指定業者に小口様の携帯番号をお伝えさせていただきます。
いえいえ、そして業者の方と日程調整をしていただくためです。
ご納得いただけで幸いです。
今日、夕方までには電話が業者から行くと思いますので、よろしくお願いいたします。
あと、全て終わりましたら、ご一報いただければと存じます。
よろしくお願いいたします」
っと小口様に了承を頂き、業者に連携。
「ふう……」
ようやく完了だと一度、外に出てコーヒーで一服。
時間を観ればこの作業だけで三時間立っている。
つまり、自分が総務や労務や経理やネットワーク管理者としての仕事がそれだけ出来くなるということである。
「……スケジュール、つらいなぁ」
とはいえとはいえ、やりがいはある。
会社での基本的な立ち位置としては社長直轄の何でも屋。
法務や営業を兼任したりすることもあれば、管理者側ではないので三六協定をまとめる労働者代表なんてのも兼任している。
いわゆる、手を上げれば何でもやらしてくれる会社で自由にさせて貰っているというのがいい意味での自分の立場だ。自分から手を挙げて、今の自分がある。
逆に言えば、他の人がやれないことは全て回ってくるという『何でも屋』という立場に落ち着いてしまったがために、本当に何でもやらされる。
「もう少し、皆がパソコンを使えてくれたらなぁ……」
っと愚痴を言うのも仕方ない話である。
一番の相談事は、パソコンのことが多い。
エクセルの遣い方まで聞いてくるので、一度、いい加減にしろと切れたことがあり、検索方法を全社共有するまでの自体になった。
それでも判らないことは判らない人が居る。
どうしようもない人材だし、面接の段階でどうにかしてくれと思うが、営業にそこまで求めるのは酷だろう。ただ、この会社にはバックオフィスにも聞いてくる人たちがいるのが問題だ。採用基準は社長の機嫌次第というのもよくない。
「でも、小さい時間が積み重なって本業である経理がおろそかになったらいけないのだが、他の人には関係ない」
なんともである。
とはいえ仕方ないのだ、出来る人がやるしかないのだから、社会とはそういうあやふやな部分を飲み込んで出来ている。
「さて戻りますか……」
っと、戻るや否や、もう一人の経理のおばちゃんからエクセルの事を聞かれて時間を消耗してしまい、社会保険の月額変更届は結局、今日することが出来なかった。
なんともはや。
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