第14話 火曜日の憂鬱。
火曜日は最悪のスタートだった。
昨日、頼んでいた業者が連絡を忘れ、その件で直接会社に電話が小口さんからあったのだ。
大きな声での罵詈雑言。
『tyぐぅあにおじfjmヵけいじあjdかjぢあhsんぢあし』
言葉に成ってない様子は理解して頂いたと思う。
だから謝り倒して、すぐ業者に電話をさせますと宥めることには成功したが、胃がチクチクとし、吐き気が酷くなっているのが判る。
「ふぅ……」
そして頼んでいた業者に早急に連絡しろとクレームをいれ、ここで午前の業務時間が終わってしまう。
ストレスに弱くなったのは歳のせいかとも思うが、何ともである。
「おじさんまーたやられてるよ」「しかたねーよ、何でも出来ちゃう人だし、ある意味、住人に頼られてるんだろ」「――今日までにおじさんに出す書類忘れたのどうしよう」
「最後のヤツ、お前だお前、書類忘れたって?」
ゲンナリしながら僕は二十代の社員に声を掛ける。
「すみません、小口精算の件で領収書が未だで……」
「なんだ、小口と来たから小口さんの件かと思ったら精算か。それぐらいなら明日まで待ってやる、昼飯行ってこい」
っと、僕は逆に安堵し、笑みを浮かべて言ってあげる。
自分の裁量で何とかなる範囲だし、特に問題としてあげるようなことでもない。
人間一回や二回、一か月に間違えることがあるものである。
「ありがとうございます……!」
っと、若い社員たちで昼飯に出かけていく。
僕はどうしようかと考える。
ランドマークタワーにはそれなりにレストランの種類が多いが、特に今日はそんな気分でも無い。
というか胃が痛いのがぶり返したので粥か何かが食べたくなる。
というわけで、コンビニでレトルトの粥を買って、コップで電子レンジにかけて咀嚼する。染み渡る。
それを何回か繰り返し、完食。
ついでに買ってきたコンビニサラダも上の方だけ袋を開けたらドレッシングをいれ、なじんだら背中を開くと皿代わりになる。
「今日の午後はと……」
スケジュールを観ると、昨日終わらせてない仕事が三つある。
うげげ、と思うが仕方ない。
「やるか……」
二十分ほど昼飯休憩の時間を返上し、他の社員が帰ってくる前に仕事を始める。
他の社員がいないときほど、集中できる。
なぜならば、パソコンだとか宅建関係で質問されることが無いからである。
……うう、癒しの時間が欲しい……。
「よし、三件終了」
っと、昼飯から返ってきた社員たちを観つつ、一人満足感を得る。
さておき、ここからは今日の業務だ。
一息入れて、スケジュールを確認しようとした際に、社長から社内SNSにて連絡が来る。
『@南山
一人退職したいそうだから手続きよろしく』
「うわ……」
と言いつつ、リアルで頭を抱えてしまう自分が居る。
退職業務というのはバックオフィスの中で三つある一番きつい業務の一つである。
あと二つは年末調整と就業規則修正の提出。
なお、一番嫌いな業務が退職業務である。
「社長に数値が出ていないからって詰められて……。
それで鬱っぽくなっちゃって考えたらやめようって……」
「まぁ、営業だからね仕方ない面もあると思うよ」
貸しきりにした会議室で面談を行う退職希望者と僕。
相手は二十代、まだ入社して一年が過ぎただけの女の子だ。
「ちなみに鬱っぽいってのは病院とかは?」
「行ってないです。
保険とか入れなくなるって聞いててビクビクしちゃって」
「それは確かにそうだね。鬱病の人って診断されると生命保険とか拒否とかあるから大変なんだってね?」
業務側の労災事案にはならなそうだなと、会社の社員としての自分の中で区切りをつけていく。
とはいえ、個人的な部分では救ってあげたいと思う。
「社長に言われたこと以外に原因は?」
「特に会社に不満はありませんでした。
あぁ、数値が出てないのに給与を四十万も出して貰っているのが申し訳ない程度でしたかね……ほんと、自分が情けないんです。
社長に言われることが正解で、自分を責めてしまうんです」
ちなみにウチの会社は給与が新卒で月額四十万円で出る。
その分だけ求めることも多いが、社長も新入社員に対してパワハラまがいのことをする訳でも無く、キチンとマニュアルを説明した土台があったうえで、詰めたのだろうと解釈している。
ホントにそうか? と疑問を切り捨てている僕を自覚しているが、キリが無いので考えないことにする。
「なら退職でいいんだね?」
「はい」
最終確認をするために、退職願いを書くように求める。
すらすらっと、自己都合であることと日付と印鑑を貰い、一仕事が完了だ。
ここでもめるとややこしく成る。
会社都合にする場合、社長の決済が必要だからだ。
「なら、一つだけウルトラテクニックを教えてあげよう。
退職したら健康保険は親の扶養に入るんだ。
そしたら月額の健康保険を市に払わなくていい」
「あ、今のメモさせてください。
後ほかにも、色々聞いていいですか?」
「いいよ。
腹を割って話すからどんなことでも聞いていいよ。
社長の悪口でもね?」
っとおどけた調子で、気を楽にさせてあげる。
「じゃぁ、何で先輩はあの社長についていけるんですか?」
素直な眼が眩しい。
やはり社長が退職の原因なのかと勘づいてしまう。ロジカルハラスメント、これだって立派なハラスメント行為だ。いくら正論とはいえ、自信を失わせる行為やモチベーションを落とさせる行為に落とし込んではダメなのだ。不快感を与えず、それからどうするかを問うのが正しく、判例も出ている。
だが、僕は何度も通ってきた道なので応えは決まっており、
「恩があるのと、自分が求めた仕事を何でもさせてくれたからだろうね?
営業とバックオフィスだと求められることも違うから判りづらいかもだけど」
と端的に。
「社長、良く言ってましたもん。
南山は変人だって……私だったら、そんなこと言われ続けたらめげちゃいます」
「まぁ、良い意味で言っているのだと思うからかな。
僕自身も変人だと社長からは会議のたびに言われている」
「そうなんですね。
ふふ」
「あと、視野を幅広く持てばまた違う道が見つかるかもだから頑張って」
真矢ちゃんに言ったことと同じことを言ってあげる。
「あ、はい! ありがとうございます!」
そうお辞儀で礼をしてくれる。
うん、元気でいい子だったのに、残念だ。
『これを他人に言ったのはいつぶりだろうか。
真矢ちゃんと出会って、学生時代の時はキラキラしていて……活力や好奇心も強くて……』
なんて思い返しながら後は慣れた応答を繰り返す。
そして、他の書面へのサインも含め、有給の説明なども終わり、そんなこんなで二時間かかり退職の手続きが全て終わる。
「ふぃ……」
退職業務の嫌いな点は二つ。
一つ目はいつも退職する子が気落ちして、会社に対したりとか、社長に対したりだとかネガティブな理由を吐いてくれるのは嬉しいが、それを社長相手に報告書を纏めなければならないこと。今回もロジカルハラスメントが原因だ、社長の機嫌を損ねない様に報告書を工夫する必要がある。
二つ目は、単発で発生するのに時間がかかること、今から書類を更に作っていき、データの更新をしていかなければならない。全力でやっても三時間かかる。すると今日の業務はこれで終わりだ。
「……なんだかなぁ」
っと、言いながら作業を終わらせていく。
流石に退職する子が周りに挨拶している中、僕に仕事を頼みに来る奴はいない。それだけ忙しいことは皆が知っているからだ。
社長ですら、憮然としたした顔をするだけで、いつもなら僕に振る仕事をもう一人の経理に振ってくれている。
そんな憂鬱な火曜日だったが、明日明後日、水曜日と木曜日は不動産業界のお休みだ。
そう気持ちを切り替えながら、退職者の社会保険の手続きにハンコを押すのであった。
なお、残業は確定であったので、真弓さんに連絡を入れておいた。
「大丈夫ですか?」
その際、真弓の可愛い声が聞こえたので、少し癒されながら、
「大丈夫です」
息を吹き返すことが出来た。
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