第3話 真弓さんとデート。
その一週間後、僕は呆けたままであった。
そして次の真弓さんとの出会いの日、それは七回目。
ゴールデンウィークの最終日、祝日。
「――和樹さん?」
「あ、真弓さん、ごめんなさい。
……ちょっと、社畜すぎて明日からを考えると疲れが出てしまいまして」
「ふふ~、頑張り屋さんなのね~」
っと、とっさの言い訳も素直に受け入れてくれる真弓さんの可愛い笑顔に申し訳なく思っていると彼女が僕の右手を取ってきて、
「あらあら♡
頑張り屋さんの手はこの手かな?」
揉み揉みと丁度いい感じで揉み解してくれる。
経理、総務と激務の月末業務をこなした甲斐があるというモノである。
「マジメさんだけど、そういう所はいいと思うわね。
でもね、私は頼って欲しいの。
お金のことも、生活のことも全部ぜーんぶだよ?」
ふふふ、と笑みを浮かべる真弓さんの顔に嘘は無い。
真剣にそう思っているのだろう。彼女にはそれが出来る。
真弓さんは可愛い顔立ちをしており、柔和な雰囲気を感じさせてくれる。だから、一層、ほんわかとさせてくれる。
身長も僕より二十センチほど低く、まるで少女のように感じることすらある。
ロングした髪からは林檎のような甘い匂いがしてくる。
可愛い、癒される。
「にしては、娘さんはしっかりしていますよね。
自分でアイドルして稼いで……生活も一人でしたことあるとか」
「あの子は……私が悪かったから、今はちゃんと面倒をみてあげようとしてるのにプンスコ」
まるで少女のように頬を膨らませるが、そんな彼女が年齢的にはどうであれ可愛いなと感じてしまう僕が居る。
任せるままに左手も揉んでもらい、そのまま腕に絡んでくるのを受け入れる。
大きな胸の柔らかさが伝わってきて、ドキンとするがさすがに七度目のお付き合いだ、もうなれ……油断すると可愛いに意識を持っていかれるので注意する。
「今日は珍しく来れないってことで……初の二人きりですね?」
「そうですね」
そういえばそうだ。
だから聞く。
「真矢ちゃんがアイドルしてるのって、理由も聞きましたが……」
「端的に言えば、半分以上は私が悪いのよね。
男にうつつを抜かして、娘を放置していたと思えば、いきなり子役デビューだもん。
そこからは歌もしてアイドルとしても活躍しちゃってる。
自慢と言えば自慢だけど、私としては……正直、ごめんなさいとおもってる。
本人には言えてないけど」
それを聞けて安心する自分が居る。
二人にわだかまりが生じてないかという、懸念点は正直あったからだ。
少なくともお互いにお互いを思いあう関係で改善の余地が残されていることはそれを解消するには十分だった。
「そう言えば、この前、娘と二人きりのデートはどうでした?
娘は、気分良く帰宅してきましたので相当楽しかったのでしょうが」
「あー、はい。良かったですよ。
夜景もきれいでしたし、なにより」
年相応に恋愛を求めていて少女らしい、と言いかけ、
「――良い大人ってのを見せれたと思います」
誤魔化す。
真弓さんは、眼を弓の様に細めて、
「それは……大変よかったです。
今まで付き合ってきた方たちはその……ね?」
言葉尻を濁すように誤魔化す真弓さん。
それでもと、彼女は続ける。
「私も世話好きで、そのダメな人が好きになりやすくて……そのチャラいとか、ギターマンだったりとか……夢追い人なんて素敵に見えるじゃないですか?
自分が夢を追って成功させた分、更にその思いが強くなっちゃうんです」
「僕もそうだったりですか?」
「ふふ、それもありますよ?
きっと真面目真面目で断れずに残業したりしてるんじゃないですか?
ダメ人間ですよね?」
ダメ人間と可愛く言われてしまうと、
「はい、おっしゃる通りで……」
そう認めざる得ない。その通りだ。
会社についてはただの社畜だし……、社長の言いなりだ。
時には法ギリギリのことも言われることもあるし、やったこともある。
自分が社畜マンなのは自覚しているが直せずにいるのだ。
「あと、一番はやっぱり十年前のことですが」
「あぁ、あれですね……」
見合いに使った温泉旅館のことである。
十年前、前の男性と来ていた真弓さんが真矢とはぐれたことがあった。真矢は僕が保護し、真弓さんに引き渡した。
それを彼女は覚えていたのだ。
「だからこそ、優しい人だと、きっちりした人だとの印象が蘇り、一気に興味を覚えたんです。
この人なら間違いないだろうと」
塞翁が馬という奴で、どこでどうつながるかが判らないモノである。
「ちなみにあの時の人は……」
と言ってしまったと思う。
前の男の話――普通は聞いてはいけないことだと、見合いの指南書にも書いてあった。
僕から逃げ出すように、手を放して前へ一歩。
そして彼女は舌をペロリと少女のように小さく出すと、
「あの後、娘が忙しくなり、娘と天秤にかける日がきて、別れちゃいました☆」
そして一呼吸いれ、彼女は吐露するようにつづける。
「それ以降も何人か男性とお付き合いすることはありましたが……。
娘と天秤を必ずかけるようにしたんです。
娘のためになるかどうか。
娘はもうほとんど自立して、自分で行動して、生活してますが、それでもです。
母親としてダメな私でしたから――最低ですよね?」
「いえ、別に?
ちゃんと反省されて娘さんを大切に思う素晴らしい方だと思います」
「ふふ、やっぱり貴方は十年前の印象通り優しい方ですね」
再び、僕の左側の腕をからめとってくる。
「うーん、やっぱりそうですね。
うん、七回も引き延ばして申し訳ございませんでした」
軽く顔を伏せてくれて、可愛い笑みを向けてくる真弓さん。
「いえいえ、僕も真弓さんと会話すると楽しいですし、答えが出てしまうのが怖いので言い出せませんでしたから」
事実だ。
なのに真弓さんは僕が配慮したのだと勘違いしたのか、
「ふふ、本当に優しい方。
だから、三回目に言ってくれた回答を私から申し上げますね。
結婚を前提にお付き合い、ぜひ、受けさせてください」
と答えに応じてくれた。
「――っ」
一瞬ためらった。
それは真矢ちゃんから言われたことがあったからだ。
『お母さん、次にお付き合いを受けると思うから、その時は受けちゃっていいよ』
真矢ちゃんにもう決めていれば横に振ったであろうが、その選択肢はまだでていない。
そもそも僕は真弓さんとの交際に前向きなのだ。
だから、
「有難うございます、僕も大変うれしく思います」
「……じゃぁ、今度の土曜日から私の家にお住まいになってくださいな」
それに加え、真弓さんの行動力に驚くことになる。
「え?」
「本来なら三回目で有り無しを決めろとは、仲人さんにも急かされていまいたが……もう七回もデートして、人としては安心しているんで。
それに、失礼ながら探偵で調べたところかなり狭いお部屋に住まわれてるご様子……。
だから……」
プライバシーを探った件もあり、言い辛そうにしてくる。
とはいえ、僕としては問題ない。
「ぇっと、僕は大丈夫ですけど……。
真矢ちゃんは大丈夫なんですか?」
「あ、ありがとうございます!
真矢からは逆にそうしたほうがいいんじゃないかと提案してもらった次第なので大丈夫です!
はい! 遠慮なく!」
真矢ちゃんからね……何を考えているんだあの高校生はと、ふと疑心暗鬼になった。
とはいえ、真弓さんもそう言ってくれるということはそれだけ僕に信頼を置いてくれていることである。
大任だなと、意識を改める。
「信頼して頂き、ありがとうございます。
正直、アパートが古いのはその何というか、お金が無いわけでは無かったのですが」
ただ面倒だからだったからとも言い辛い。
会社が移転した際も横浜線で一本で桜木町に行けたのだ、特に引っ越す理由も無かった。
「ふふ、判ってますよ。
それにお金のことは心配しなくて大丈夫ですよ。
私の持ち家ですから」
そう僕の言葉を可笑しそうに笑みで返してくれた。
そんな性格の良さが出る可愛い真弓さんに報いねばとも思ったが、真矢ちゃんの件をどうしようかと悩むのであった。
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