第2話 物語の初めの前に。
さて少し話を戻そう。
どれくらい戻すかというと、三十六歳の誕生日を迎えた僕にお見合いの話が来た時だ。
何の変哲もない、よくある話である。
親もいい加減、僕に身を固めて欲しいと考えているのだろう。
趣味もなく、淡々と生きるだけに会社に行くだけ、会社の指示通りに動くだけの残業機械になってしまっていたのが僕だ。
僕も確かにこのままだと一人身のままだと同意し、何人かとお見合いした中で、彼女と出会った。
『木原・真矢』ちゃんと。
もちろん見合い相手が十六歳の少女である真矢ちゃんが対象となる訳はない。
相手はその母親、『木原・真弓』さんであり、子連れ《シングルマザー》という奴だ。
子連れ《シングルマザー》に抵抗が無かった訳では無い。
しかしながら、写真が三十六歳にしては若すぎると感じながら、プロフィールも実業家などと少し胡散臭く――嘘のようなインチキ臭いモノを感じたのは事実だし、それを確かめてみたいと興味を持ったのが動機だ。
まず、どうみても二十後半の若い女性が写真に写っている。若い。
しかしながら、黒く長い髪の毛を三つ編みにしており、第一印象は可愛いではあった。正直言えば、僕の好みだった。バリバリのキャリアウーマンというより、ホワホワした感じの方が生活面が窮屈な僕を癒してくれるだろうと考えたからだ。
「とはいえ、若作りが上手なのだろうか? 温和な雰囲気も?」
とも疑ってかかったモノだ。何せ、可愛すぎるし、若すぎるのだ、見た目が。
あと、収入の項目が二千万円を超えており、間違いか何かだろうと考えるのが当たり前だ。
こんな良物件、僕なんぞに来るはずがない。その前に誰かに盗られてしまっている筈だ。
何かが嘘、あるいはそれら全部が本当で何かしらの大きな、そうとてつもない欠陥を抱えているかだ。バツイチの理由もそれかもしれない。
とはいえ、自分の中で、この人は……? っと何か興味を、というか望郷のような縁というモノを感じた僕もいた。何か不思議な感じがしたのだ。小学校でも、中学校でも、高校でもあっていない筈なのに、どうしてだろうか? と自問自答したが答えは出なかった。
だから、真弓さんと馴染みあるという、ある旅館で面を合わせたのだ。僕もその旅館は馴染みがあり、丁度良かった。
先ず、写真と同じ姿かたちで驚いた。形造りが若く二十六歳以下でも通るような方であった。身長も低い。
あと、巨乳を通り越して爆乳であった。後で知ることになるが驚異の胸囲約百をほこり、ちょっと目が泳いでしまった時に真矢ちゃんに睨まれたことを凄く後悔している。
「――っ」
相手は最初は僕に興味無さそうな雰囲気で、三つ編みを弄り回していた。
普通の会話、自己紹介。例えば真弓さんの身長が一五四センチだったりとか、そんな話をしている際は相手の目線が泳いでおり、こっちに興味が無さそうな感じを覚えた。
あくまでも義理で来た感じであった。
これはダメかと思ったその際に、途中、ふとここに来たことが過去にあるという話題が共通話となり、実は真矢ちゃんの迷子を解決したのが自分だと気付いた真弓さん。
そこでようやく僕も二人の事を思い出し、昔話に花を咲かせ、話は弾むこととなった。
終わってみると、
「次も会いたいです」
と誘いがきてしまった。
この『しまった』と感じたのは、子連れという懸念と、若干、世間離れした感じが危ないことを真弓さんに直観していたのであろうというのが今では良く判る。
一つに金銭面が壊滅しているのだ。
収入はあるが、支払いが豪快。
二回目に会った時なんぞ、三ツ星レストランを指定され、戦々恐々としてたら終りには『真弓さんに全部任せなさいな!』と男の見栄を見せる暇もなく、支払いを終わられてしまった。
ずばり、気に入った人にはとことん貢ぐタイプの女という奴だ。
大地雷にも程がある。
例えば、僕以外に魅力を持たれたら、彼女はその人に貢いで、僕を捨ててしまうだろう。
ただ、そんな所も可愛いと感じる不思議な魅力を持つ人ではあった。
段差でこけそうになったところを救ったり、少し酔いが回ったと言ったりして、男心をくすぐる不思議な魅力。そして何より、スタイルが良いし、顔も可愛い。
当然、何度か会ううちに、この人危ないな、悪い男につかまる前に助けてあげた方がいいのでは……? という感情になり、お互いに前向きに話が進んでいるのがここ三か月の話で六回目のお付き合いにつながる。
しかし、僕が結婚を前提にお付き合いを申し込んだのは三回目のことだ。
真弓さんは悩んでいると正直に述べてくれた。
そして既に、三回分も通り過ぎていて僕の何が問題なのだろうかと僕も悩んでいる部分ではある。
五回を過ぎたら、脈無し、財布扱いとも言われるが、支払いは全部真弓さんがしてくれたのでどうなんだとも、混乱している。
「私と二人で会いません?
そのパパになる人がどんな人かちゃんと知りたいから」
という真矢ちゃんの提案がコトの発端だ。
六回すべてが、真矢ちゃんとも同席を必ず行う形で行われていた。
あまり芸能界を知らない自分ですら、歌のショーやドラマで見たことがある彼女は忙しい筈なのになー、と呑気に構えていた自分が恨めしい。
その時からどうやら狙われていたらしい。
真弓さんも、
『そうね、今まで真矢にはダメな男ばっかしと付き合っている所しか見せて無いし……お母さんなんかよりも、キッチリしてるもんね!
和樹さんはそうではないと思うけど、ちゃんと娘の理解も得ないとね』
と賛同。
僕もいい機会だと、同意。
だから三六歳と十六歳の歳の二十歳差の審査……後から考えたらデートだったことが決まってしまったのだ。
初っ端「おじさん、いつものネクタイシャツだから、気づかなかったけど、黒シャツに黒ジーンズで格好ださい笑うし」だとか、からかわれたりしつつ、僕のコーディネートを中心に渋谷で楽しむことになってしまう。
感じたことは『かなりアクティブな娘だな』ということだ。
自分に娘が居たらこんなものなのかと、あるいは反抗期で……などと考えつつ、つつがなく終わりを迎えるはずだった。
「最近は競馬場もデートスポットって聞いてたけど、イルミネーションすごいねー!」
っと、イルミネーションを観ながらキャッキャしてた真矢に突然、こう問われたのだ。
「私とおじさん、遠くから見たらどう見えるかな?」
「親子じゃないか、流石に」
その程度の歳の差が、真矢ちゃんと僕にはある。
当然の回答だ。
「うーん、それは嬉しく無いなぁ……とってもヤダ……」
真矢ちゃんが不満そうに頬を膨らめて、
「私はちゃんと結論付けた。
おじさん――いや、和樹さん
貴方にはパパになって欲しくないなって、決めた」
衝撃がハンマーのように僕の頭を叩いた。
見合いの二人は前向きなのに娘に反対されてしまったのだ。
そんなに悪い事をしたかと、自問自答をしたところに、
「えいっ……ちゅっ」
キスだ、十秒ほどだっただろうか。
彼女が僕の頬を持って背伸びしてきた。
そして物語は第一話に繋がる。
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