限界
第36話 水曜日に真弓さんとデート。
「……何とか帰ってこれたのか……」
僕はリビングで寝ていることに気付き、驚きを隠せずにいた。
普通なら美人二人の間で寝ている筈なのに何でこんなことにと思い、苛立ちを感じる。
「良かった……起きたんですね、和樹さん」
心配そうに濡れタオルを頭にかけてくれる真弓さんの優しさが身に染みわたる。
「真弓さん……泣いていいですか?」
「ええ? どうぞ」
そこからは男としては情けない姿を晒すばかりだった。
延々と泣き続けてしまう。
会社に対する不満。社長に対する不満。それらが一気に爆発してしまった形だ。
何も言わず、ただただ泣く僕をを嫌そうな顔を一つもせず、真弓さんは「うんうん、つらかったのね」と背を摩ってくれる。
凄く嬉しい。
真矢ちゃんはというと学校に行ってしまったそうだ。
「気晴らしにデートしましょう!」
と切り出したのは真弓さんだ。
「元々、そのために今日は一日空けてたんですから!」
「そうでしたね……うん、リフレッシュも必要ですよね」
半分は乗り気では無かった、気が重く、何もしたくない、まるでうつ病の呪いのような状態だ。
それでも可愛らしい真弓さんの笑顔を無駄にするわけにはいかないと、起き上がり、衣服を整える。チノパンスタイルというヤツだ。
気合を入れた真弓さんはピシッとしたスーツ姿でカッコよくまとめてきた。
「気合はいってますね……」
「今日はいつもとは違う私をみせちゃいますからね!
さーて、今日は軽く流してドライブでもしましょうか!」
そう紅いベンツに乗り込む僕等。
運転席は真弓さんだ。
「眠くなったら寝ちゃってもいいですよ?
昨日、あんだけひどい状態で帰って来たんですし」
「記憶が無いんですけど……そんなに酷かったですか?」
「ぇえ、私たちの言葉にも反応が無いほどで、しまいには玄関で倒れちゃってましたから……自分でリビング迄は行ってましたけど、それっきりグースカで」
「あははは……面目ない」
空笑いする。
高速道路に乗ると、加速を手早く済ませ、横浜ベイブリッジを加速しながら通過していく。
「……何があったんですか?」
「社長と喧嘩しました」
「……もう辞めたらどうですか?」
真弓さんの言葉が本当の僕の事を心配してくれているのが判り、身に染みて伝わってくる。
「僕が辞めたら、会社が持ちません」
「そんな風にした会社が悪いんですよ、それは。
バックアップや他者委任など、不足の自体に備えておくのが経営者たるものです!」
えっへんと胸を張ると、シートベルトが深く食い込むので目の薬になる。
「私は和樹さんがやりたいようにすればいいと思いますけど、自分を傷つけてまで他人を守ろうとするのはいただけないと思います」
渋滞になった時、彼女はそう言うと、真剣な眼差しを向けてくる。
「私たちの関係だってそうです。
大切にしてくれるのは非常に嬉しいですけど、傷つけない分、自分のストレスを抱える形になって……最後に抜いたのはイツですか?」
「引っ越し前なので、もう三週間ほどですね……」
「よくない!」
真弓さんがそう強弁してくる。
「健康たる紳士たるもの、一週間に一回は抜いてください!
肌荒れや、機能不全に陥ったらどうするんですか!
ダメですよ、抜かずが健康的なんてのは嘘なんですから!」
「それはもう……何というか」
「私たちの事を気にしすぎなのも、ストレスっていうんですよ!」
ふにゃりとしたままのモノをムンズと掴まれつつ言われる。
真矢ちゃんに触らせたことはあったが、真弓さんには無かったなと、漠然としたことを考えつつ、何が起こっているんだとパニックを起こす。
「いいですか? 今日はデートですからね?
楽しみにしといてくださいよ♡」
渋滞を抜けると、手を離される。
「さて、どこいきましょっかね……最初からってのはムードも無いですしそれは無しです。
私としては有りですが、無しです」
自問自答をし始める真弓さんは、真剣な眼差しで前を向いている。
いつもとは違う側面で可愛いではなく、カッコいいという感情が浮かんでくる。
成程、他の男たちはこういう真弓さんの面を主に観ていたのかと、今更ながら考える。
「成田空港でもいきませんか?」
ふと閃ていたので提案すると、真弓さんがニッコリと可愛い笑顔を浮かべながら、
「いいですよー? でも、なんで成田空港?」
聞いてくる。
「自分が世界に飛び立った時の事を思い返したくて」
「! いいじゃないですか、前向きです!」
そう、嬉しそうに返してくれる。
「立ち返る所があるのは良い事です。
私にもありますもん」
「どこですか、それは?」
「見合いで使った旅館です。あそこから真矢ちゃんは変わった。
だから、私も変わらねばとたびたび訪ねてるんです」
フフフと笑みを浮かべる真弓さんは続ける。
「ある意味、和樹さんにとっても立ち返る場所になるかもしれませんけどね」
「それは……ありそうですね」
真矢ちゃんのことだ。
自分の一言で一人の少女、真矢ちゃんの運命を大きく変えた。
そしてそれは良い方向になって僕に返ってきている。
少なくとも美人母娘の二人の間で取り合いになっているのは悪くはない気分だし、真矢ちゃんの人気についても自分が理由だと考えると誇らしく思える。
「真矢ちゃんのこと考えてましたね?
ダメですよ、今は、私とのデートなんですから」
「すいません」
そう素直に謝ると、ふふふと真弓さんが余裕ある表情を向けてきて、
「今日だけは悩まずに、真弓、一人を観て下さい。
そうすれば、二股にストレスを感じはしないでしょうし♡」
真弓さんは全くもってよく出来た大人である。
僕と同い年なのに余裕がある。
しばらくして成田空港につく。
駐車場に止めて、早速、第一ターミナルの展望デッキへと二人で手を繋いで上がっていく。
外に出た瞬間、空がひらけた。
青い空がどこまでも広がっているような感覚に陥る。
「ちょうど飛行機が発進するところのようですよ」
眼を向けると、青白の飛行機が飛び立とうと滑走して――飛んで行った。
その様子に、まるで自分が飛び立った時の事を思い出して、
「泣いているんですか……?」
「いえ、……はい」
一度否定し、けれども事実泣いているので認める。
「いつから何でしょうね、こんなに型に押し込めるような自分になってしまったのは……就職をミスった時か、就職をした時か、社長が利益主義に走り始めた時か……」
そんなことを悩んでいると、真弓さんが、
「屈んで下さい」
というので、
「え?」
「いいから」
屈む。
そうすると抱きしめて大きな胸を頭に当ててくれる。
何が――?! っと思うが、
「基本的におっぱいは何でも悩みを解決してくれるんですよ」
そして頭を撫でてくれる。
周りの目も気にせずだ。
「いいじゃないですか、今日はデートなんですから。甘えて下さい」
「真弓さん……」
そうしばらくの間、胸の感触を楽しむことにした。
柔らかい弾力は男の理性をくすぐる。
だが、それよりも安心感がある。
母親に求める母性は、一生、抱き続け、妻へとも求めるのだろう。
そう考えに至る僕であった。
しばらく堪能し、
「ありがとうございます。
あぁ、胸元が涙でグチャグチャに」
ワイシャツが透けてエロいことになっている。
いや、エライことになっている。下着の黒いブラジャー迄見えてしまっている。
「別に気にしませんよ。
和樹さんがスッキリして頂けたのだから」
えへへ~♡ っと微笑む真弓さんが可愛い。
だから、
「わ、大胆♡」
今度は普通に抱きしめてしまった。
身長差がある分、僕の方が高いが、豊満な胸はその存在をアピールし、僕のお腹に押し付けられる。
とても気持ちがイイ。
「あ、すいません……」
「いいんですよ、私達、夫婦になるかもしれないんですし」
「そうじゃないかもしれませんよ? 僕が真矢ちゃんを選ぶかもしれない。怖くないんですか?」
「またストレスになることを考えてますね、めっ!」
つま先立ちでデコピンされる。
そして僕に呆れてしまったのか距離を置いて、振り向いてきて、
「私は怖くないですよ♡
怖くて恋なんて出来る訳無いじゃないですか♡」
ニコリと可愛い笑みを浮かべた。
『あぁ、なんて魅力的な人に好かれているんだろう、自分は』と幸福に思えた瞬間であった。
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