第17話 水曜日におかえりなさい。
「ただいまー……って、いい匂い~……」
疲れた様子でビジネススーツの真弓さんがリビングに入ってくる。
キッチリした姿が決まっていてカッコいいし、様になっている。
だが、僕を観るとにやけた顔になって、だらしなさが出てくる。
なんというか、スイッチがオフになったような感じだ。
「おかえり、真弓さん」
「おかえり……あぁ、染みる。
昨日は遅くなりすぎて、二人とも寝ちゃってたし。
あぁ……いい」
真弓さんがグデーっとした様子でスーツのまま、ソファーに横たわる。
「真弓さん、ご飯、麻婆豆腐ですが、明日食べます?」
「いや、いま、たべます。
今スグ着替えてきます」
っと、子供のような反応をする可愛い真弓さんがリビングから出ていき、すぐ下着姿で戻ってきて……。
「真弓さん、下着姿はご飯を食べる姿じゃありませんよ」
っと言いながら、胸元に眼が行ってしまうのは悲しい男のサガである。
豊満な肉厚でタプンタプンと音がするそれを観ない方が失礼だともいう。
観て下さいとも言われているので、いいだろう。
それに存外にしまっているウェストや、しゃぶりつきたくなるようなヒップも露わで何というか目の薬である。
「お母さん!
はしたないよ!」
同じくリビングで僕と会話していた真矢ちゃんが怒りを露わにする。
「あ、そうでしたね……部屋着部屋着……」
と再び、廊下へ。
「前からあんな感じだったの?」
「うん、あんな感じ。
男の人も、ご飯食べたらすぐ行為に及んでたしねぇ……」
ここの家の性教育は敗北している気がする。
幼い子供だった時分にどんなことがあったのだろうかと考えるだけで真矢ちゃんに同情を禁じ得ない。
「これで大丈夫でしょ!」
っと、ラフなTシャツにGパン姿の真弓さんが現れる。
気取らず、似合っているのは流石だと思う。
「良いと思うわ」
「僕もそう思います」
そして真矢ちゃんは宿題があると言い、立ち代わりで廊下に出て行ってしまう。
真矢ちゃんが去った後、麻婆豆腐とご飯を用意し、配膳。
そして、真弓さんが食べ始めるので向かい側に座る。
一人では寂しかろう。
「……良かったぁ、真矢ちゃんにまた嫌われたら嫌ですしね」
「……?」
「色々、男の人の望ままにしちゃっていてついに家出しちゃった時があるのは聞いてますよね?
それは嫌なので、今回は真矢ちゃんのご機嫌もうかがってるんです」
「なるほど、だから僕とお見合いした最初の時に、出会っていたことを思い出してくれて興味をもってくれたと」
「なのですなのです。
安心させなきゃと考えていたので……それに、今思うと、正解だったのかなと思います。
真矢ちゃんもすごく慕ってくていて、和樹さんを名前呼びしてますし」
最初の方はおじさんとよばれることが多かったが、今では母親の前でも名前で呼ばれている。
「あはは、ホントに凄い慕ってくれて僕自身戸惑うことがありますが」
とはいえ、流石に求婚されているとか、キスされているとかはバレたらヤバい。
普通に引かれてしまうだろうし、万が一にでも、僕自身が真矢ちゃんに惹かれ始めてる事実なぞ知られた日には……ごごり、と喉を鳴らしてしまう。
「和樹さんは凄く優しくて料理も出来ますし、私自身、どんどん和樹さんに惹かれています。
恋……なんでしょうか?
最近、ドキンドキンって、嬉しくなちゃっうんです。
今日も『おかえり』って言ってくれた時に、トクントクンって」
胸元に手を当てて、噛みしめる様に大切なことだと言ってくれる。
「それは光栄です。
僕も真矢さんのこと、ホント、何気ない仕草や言動が可愛いって思います。
それを観るとほっこりとした気分になって、これが幸せなのかとも感じることがあります」
正直な話だ。
いつも可愛い可愛いと思ってるから、僕の脳内を見直すと良い。
「……その、あの、その……あ、ありがとうございます。
そ、そ、そしたらあのですね」
真弓さんが一旦、目を伏せて深呼吸、そして可愛い顔を上げてきて、
「前提、外しちゃいません?
結婚しちゃいましょう?」
真摯な眼が僕を観る。
「……まだ、早いですよ。
一週間もたっていないんですよ?
それに僕が悪い人かもしれないですし、真矢ちゃんも認めてくれるかどうか……」
浮かんだのは可憐な真矢ちゃんの顔。
僕のことが好きだというあの子の顔が浮かんでしまい、『イエス』と言えなかった。
「そ、そうですよね。
話が飛びすぎましたね……ごめんなさい。
まだ体もあわせてませんですし!」
「そ、そうですよ。
僕等まだピュアな、関係なんですよ?
キスすらしていない」
「「あはははは」」
三六歳、二人で何をやっているのだろうか。
初心な処女でも童貞でもあるまいし。ちなみに僕は生の経験がありません。
誤魔化すように食べ終えた麻婆豆腐を片付けて、杏仁豆腐を出す。
そして対面に座ると、真弓さんは笑顔を浮かべて、
「でも、私はもう決めましたからね。
ホントによほどのことが無い限り、貴方が良いです」
僕も……と言おうとした瞬間、扉が開いて元気な声が飛び出してきた。
「宿題終りー!
あれ、二人で顔を突き合わせて何を話してるの?」
真矢ちゃんが元気よく快活に扉を開けて入ってくる。
そして入ってくるや、僕たちの様子を観て、
「ははん?
エッチなことをしようとしていたわね、お母さん!
このビッチ!」
真矢ちゃんが真弓さんの鼻に人差し指を突き付ける。
流石にやりすぎだ。
「真弓ちゃん、親をビッチ呼ばわりするのは辞めなさい。
たとえそれが事実的に過去であったことだったとしてもだ」
僕はその真矢ちゃんの指を両手で包んであげる。
「だってだって!」
「僕のことも信用できないのか?
彼女を扱う僕のことも」
と真剣な眼で問いかける。
これは信頼だ、ちゃんと言い聞かせなければならない。
僕が居る限りは安心だと真矢ちゃん自身に。
「ううん、和樹さんのことは信用する。
だったら何の話をしてたの? やっぱりエッチな話?」
「ち、違うわよ!
だ、大事な話はしてたけど!」
「ふ、ふーーーーん?
どんな話?」
「私が和樹さんのことを好きだって話!」
今までの言葉をまとめるように端的に言われ、ハッとした。
そうか、真弓さんは僕の事を既に好いていてくれたのかと。
その事実に嬉しい感情が湧いてきて、
「なに、ニヤニヤしてんのよ。
キモイ」
「つ!」
っと、真矢ちゃんから足にケリをくらってしまう。
「お母さん、今は焦ってるだけだと思うよ?
ちょっと落ち着きな?
本当に和樹さんでいいか、まだ一週間もたってないんだよ?」
そう真弓さんを説得するように、真矢ちゃんが両手で肩を抑える。
「う、うん。真矢がそう言うなら」
今回の見合いの件で懸念となっている真矢ちゃんがそういうのなら、真弓さんが可愛く意気消沈してもしかたないだろう。
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