第16話 水曜日の夕暮れ時は。
「……掃除を終えて、洗濯も終えてたから寝てたんだな」
っと、自分の今を確認しながら伸びをする。
何というか、よく寝れた気がする。
「真弓さんは仕事だから、今日も遅いだろうしなぁ……。
真矢ちゃんのスケジュールは聞いてないけど」
そう寝ぼけ眼で洗濯モノを取り込んでいく。
当然、自分のモノだけだ。
女性の下着を洗うほど、僕もまだ踏み込んでいない。
「真弓さんも真矢ちゃんもやっぱりいい人達だよなぁ」
そんな二人に好意を向けられている僕は幸運だと思う。
それこそ昔のフラグ立てがあった結果とはいえ、今、こう人に好かれるという事自体に幸せを感じている自分が居る。
思えば、会社での僕の扱いは社長の『言いなりマシーン』か、社員の『書類回収マン』か、『備品を壊したら切れる大魔神』という所であろう。
社長からは好かれているという印象は正直無い。
というか「お前、俺の事嫌いだろう?」とか疑われるぐらいの間柄だ。直接言われたので間違いない。
経理、人事、総務と全部をやっている兼ね合いでフラットで皆を観ているからということもあり、食事も一人で取ることが多い。物件経理の叔母ちゃんは、下でコンビニ弁当食べてることが多い。
誘うことはあっても、誘われることは全くない。
それを考えると、今の状況は大変にありがたい状況なのだ。
精神的に嬉しい、というのは昼寝が熟睡出来たことからも証明されている。
リビングで寛ぎながら幸せを噛みしめながら、
「晩御飯、何作ろうかなぁ……」
「麻婆豆腐つくってよ!」
っと後ろから、椅子越しに羽交い絞めにされる。
油断しすぎたようだ。
おっぱいの感触が頭に当たり、何とも言えない気分になってしまう自分が居る。
そしてその主は当然、声と柑橘系の匂いで分かるが、
「真矢ちゃん、お帰り。
今日は仕事なし?」
「水曜日は私も休みが多いんだぞー。
油断したな! ふふふ」
「もう慣れたから、あたふたしないよ」
そう言いながら、真矢ちゃんの手を取りながら引きはがす。
小さい華奢な手で、奇麗だなとは思うが、それは隠しておく。
「ぶー。
こうしたら、男の人は狼になるって聞いたのに」
「僕は草食系なんでね?」
「じゃあ私が肉食になればいいんだ!
がおー!」
っと、前に来て僕の膝に座り込む真矢ちゃんが遠慮なく抱き着いてくるので、胸も当たるし、吐息も近い。
そして軽いキスが唇に来て、ニヘヘと笑う真矢ちゃんが可憐だ。
甘酸っぱいパイナップルの味がした。
「これでどう?」
「興奮はしてるさ、そりゃ、真矢ちゃんは魅力的な少女だし。
でも、やっていいことと悪いことがあるぞっと」
僕は改めて引きはがしながら、真矢ちゃんの頭に軽めにチョップを入れる。
「うー☆
その発言は一真矢ちゃんポイント!」
全然痛そうにせず、笑みを浮かべて返してくるので質が悪い。
体罰のような暴力を振るっていないから当然ではあるのだが。
「それで、麻婆豆腐がいいって?」
「うん、今日は暑いし、辛いモノが食べたい気分なんだよ!」
「確かに」
この前、真弓さんと中華街によった時に作る材料はすべて揃えている。
ならばそれもありかと思う。
「あと、何か作って欲しいモノはあるかい?」
「うーんとね、私との子供」
右人差し指を咥えながらの上目遣い。
制服姿は凄く可憐だし、背徳的なスパイスで強力なバフを受けているシチュエーションだが、
「真面目に」
僕は落ち着く。
「杏仁豆腐がたべたーい」
ならその二品にしようと、立ち上がりながらキッチンへ向かう。
「そういえば、まだママとはしてないんだよね? キス」
「してない」
「えへへ~♡」
そんな風に、暇なのか僕のことをダイニングキッチン越しに聞いてくる真矢ちゃん。
だが、僕も悪くない気分だ。
誰かの為に料理を作るという経験は、それこそ留学の時にはあったが、日本に帰ってからはついぞなかったからだ。
久しぶりの感覚で、嬉しくなってしまう。
「ママとはどう?
結婚したいと思う?」
「うーん、正直、したいと思う方に傾ている。
何処か可愛い所が良いと思う。
それに考え方もしっかりしてるし」
「ふーん。
私は?」
「ノーコメント。
本人から聞かないでください」
「ぶー。
ケチー!」
真矢ちゃんの頬が真っ赤に膨らみ十六歳相応の反応を見せる。
「でも、キスをしているのは私だけという事実だもんね?
なら、満更じゃないんじゃないの?」
「……ノーコメント」
ニヤニヤと真矢ちゃんが僕の事を観てくるので、出来るだけ表情を動かさずにコメントを返さないことにする。
僕は本当にこういうやりとりに対して経験値が足りない。
「でも、ホントに麻婆豆腐なんて作れちゃうんだ。
よくある麻婆の元とかも使わずに」
「中華は基本を修めたら、そんなに難しいこともな……いことも無いけど、応用が利くからね。
僕も北京ダック! とか言われたら困ってしまうよ。
作れはするけど時間がかかるしね」
海外で一度、作る羽目になって四日かかったことがある。
なお、骨は出汁にして麵で食べた。
「へー、私なんて料理出来ないからなぁ。
ママの会社の御飯セットか、ロケ弁、あるいは途中でサンドイッチで済ませちゃってたから今日の朝御飯なんて新鮮だったよ!」
「どうだった、お粥は?」
「優しい味がして、ホッとした。
これが家庭の味なんだとも考えちゃったよ。
ザーサイも丁度良かったし」
「それは良かった」
口にあったようで何よりである。
食べる人が美味しいと言ってくれるのが何よりである。
「辛さは、マイルドにしてみたよ。
辛くしたければ唐辛子を追加して、ピリッとさせたければ花椒の瓶をふりかけてね」
「はーい!」
そんなこんなで二人での食事を開始する。
「おいしーい!
やっぱり和樹さんすごいねー!
ロケで行くレストランとか中華屋に負けてない!」
「その評価は過剰じゃないかなぁ」
頬が紅くなり照れてしまう自分が居るのを自認する。
「いやいや、ホントにお金出してもいいって考えたし!
マジウマ!」
っとモグモグゴクゴクとご飯と麻婆が消えていく。
「ふいー!
食べた食べた!」
そしてお腹をポンポンとする真矢ちゃんなんてファンには見せられない姿だと思いながら、冷蔵庫からブツを出す。
「もっとヤバいものだぞ、これは……!」
「……!」
冷蔵庫から四角い豆腐のようなものの塊にシロップ漬けのフルーツカクテルを混ぜたモノを出してくる。
「ふふふ、耐えられるか」
「……ゴクリ、頂きます」
一口、ゴクリと食べると真矢ちゃんの身体を甘さに震える。
そして黙々、うまうま、っと食べてくれる真矢ちゃんの姿を嬉しく思えた。
こう人の為になれること自体は好きなんだなと、再確認も出来た。
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