第5話 真矢ちゃんが帰ってきて。
「随分仲のいい所で、娘の私としても嬉しいわ♡」
一瞬、真矢ちゃんが僕を睨んだような気がした。
しかし、それはほんの一瞬。笑顔でかき消される。
「パパになってくれる決意をしたんだ?」
っと、ソファーの後ろから僕に抱き着いてくる。
真弓さんには負けるが豊満な胸の感触、そして柑橘系の匂いが僕を刺激してくる。息を大きく吸いたくなってしまうが我慢である。
逆に吐き出しながら言う。
「真矢ちゃん、真矢ちゃん。
まだ、結婚を前提にしての付き合いだから……」
「そうよね、そうだよね⁈」
真矢ちゃんがその言葉に笑みを浮かべて嬉しそうにしながら僕から離れる。
ようやく男として安心だ。
「あらあら。
真矢は和樹さんのこと本当に気に入ってくれたのね」
「うん、お母さんが気に入る理由が判ったもん。
何というか虐めたくなる。
私に頂戴♪」
「それは止めて欲しいかな~♪」
「ふふ、冗談よ。冗談」
さておき、そんなやりとりを母と娘ですると、
「晩御飯はロケ弁食べてきたから要らないー!
じゃぁ、お風呂お先に貰うねー!」
疾風のごとく、去って行ってしまう真矢ちゃん。
まるで避けているような……行動だ。
「あらあら、あの子は」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
真弓さんの困ったような顔が見えた気がしたが、糸目になって笑みで誤魔化される。
何だろう、今まで付き合ってきた感じ的に親子不仲というわけではないだろうけど……。
「あー、ごめんなさい。
表情に、『困惑』とでてました?」
「あ、いえ、はい」
逆に聞かれ、誤魔化すところでもなんでも無いので、正直に応えてしまう自分。
基本、マジメなのが僕だ。
「娘は仕事が休みの日以外は、いえ、時折、猫のように気の向いた時にしか、私と話したがらないんです。
私から話しかければ、ちゃんと応えてくれる良い娘ではあるんですが……、昔の男の件で距離を置かれてからずっと。
猫みたいですよね?
あの子自身も忙しいのも判っているんですが、何とも何とも……」
「あー……。
確か独り暮らしもされてたんですよね、真矢ちゃん」
「はい、私が男の人を連れ込む度に、家を出て、自分で生活をしてましたね。
保証人の代わりに保証協会使ったりとか、独りでも突き進める行動力は私に似ちゃったんでしょうね」
壁という奴だろう。
真矢ちゃんが了承しないから、再婚には今まで至れなかったという経緯は聞いている。
「でも今回は何故か、家出してくれていないのは嬉しいんですけどね。
和樹さん、結構、あなた娘に好かれてますよね?」
「あははは、それは光栄ですね」
「魔法使いみたいですよ、ホントに真矢が懐くなんて……」
「あはは……」
既に『お母さんじゃなくて自分と結婚して』と言われていることは流石に隠さねばと大げさに笑う。
「多分、マジメに見えたからじゃないですか?」
「そうですね。
マジメな方とお付き合いするのは実は初めてで……」
真弓さんがちょっと赤い頬をしながら、僕から目線を外すのが艶めかしく感じる。眼元など少し濡れているように見えて、輝かしい。
「いきなり、性を求められることばかりで、何というか安心してられて、ホッとしてる自分が居るんです。
それに対してドキンドキンと年甲斐もなく嬉しく、同時に女として扱って欲しいと感じている自分も居る」
「真弓さん……」
素直に嬉しい言葉だ。
だから、僕は真弓さんの両手を優しく包み込むように掴んで、
「僕は真面目ですから、求められることは何でもしますよ」
「ふふ、ありがとうございます」
その言葉に、真弓さんが嬉しそうにこっちを向いてくれた。
それだけなのに僕の心が嬉しく跳ねあがったのが判る。
「……何してるのよ、二人で」
今度は濡れたタオルだけを羽織った真矢ちゃんがこちらを睨んで……っ!
「真矢ちゃん、裸裸!」
あえて言うと、天使だ。
天使がそこにいた。
十六歳の若々しい少女は、年齢に不釣り合いな大きな胸とその先をチラリチラリと晒しながら、水分を吸った金髪はテカリを伴って光輪のように見える。
下に目を向けると、くびれた肢体があって、毛の色も金で……!
「タオルしてるから大丈夫。
なに~、おじさん? 裸とか見慣れてないの? 童貞?」
「いや、童貞じゃないが、流石に年若い娘がだな!」
「ふふ、いいや。
吃驚してくれたから、着替えてくるね?」
そう言って、真矢ちゃんが廊下へと去っていく。
「……えっと真弓さん?」
終始無言だった母親へと眼を向けると、眼を見開いた状態で固まっていた。
「ぉーい、大丈夫ですか?」
「え、ァ、はい」
いわれようやく、正気を取り戻したようにつづけ、
「真矢が男性に対してあんな行動をするのは初めてで――止まってしまいました。
今までは絶対にお風呂やお部屋に入ったら出てこないのに……」
悩んだ様相を見せる。
僕は当然に思い当たる節がある。
「そうですよね、いつもは家出ですもんね……」
それなのに僕に裸を見せたという事はそういうことだ。
あの言葉、『私と結婚して』というのは嘘偽りのない言葉で、僕をビックリさせて自分の魅力に気付かせようとしているのであろう。
ごごり……と、喉が鳴った気がした。
「本当に好かれてるんですね、真矢に。不思議です」
「あはは……僕も正直、不思議です」
結婚してとまで言われているのも正直、不思議な縁だからな……っと、シミジミと噛みしめるように真弓さんに言葉を返した。
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