第20話−双葉火玉の制裁
まだ、少し外は暗いがこれからの予定のことを考えるとそろそろ起きなければいけない。
物語の中心である陰陽寮にて、初めての朝を迎えた。
眠い……。
けど、起きなきゃ。
隣の部屋側の薄そうな壁、そこからは何も聞こえない。忠栄が起きていない事がわかる。
はあ、今日から毎日このぐらいに起きるべきなのか。
憂鬱だ。
しょうがない、これは忠栄が目を瞑ってくれる条件なのだ。
「満成様! おはようございます!」
「満成さま! おはようございます!」
双葉火玉のあかねとあかりも小さい身体をよく動かして俺の身の回りの世話をしてくれている。
支給された白い狩衣に着替えた俺は、二人に礼を言うと顔の前で扇を開いた。
「そろそろ、お前たちも式札に戻れ。……もう一度言うが、何があっても絶対に暴れるんじゃないぞ」
「……はい」
「……はーい」
双葉らの様子は、叱られた子犬が耳を垂らしているように見える。
俺がここまで念を押している理由、それはここに来る前に決めた、【大人しくしている】という約束を破ろうとしていたからである。
しかし、それはどうやら、影で俺の悪口を言っている人間を懲らしめてくれようとしたようだった。
約束はちゃんと憶えていたようで、双葉は確かにその場では、何もしなかった。そう、彼らは大人しく我慢をしていたのだ。
しかし、昨日の夜ソレを起こした。
昨夜、忠栄に言われた通り早めに床についた。
しかし、寒さに震えて目を覚ますと、双葉火玉の式札が近くに無かった。
どこに行った?
すると、障子の前で一人の影と火玉が二つ通り過ぎた。
そして、その前を走っていた人が勢いよく前のめりに転んだ。
俺は、つい、感じる事の無い痛みをあたかも自分が受けたかのように目を瞑った。
「……うっわあ。痛そ」
顔を思いっきり打ったような音が聞こえたが、その人物の悲鳴は聞こえなかった。
しかしすぐに、嫌な予感がした。
ま、まさか、今の火玉はあいつらか?
隣の部屋の障子の開く音が聞こえ、体に緊張が走った。
やばい! 忠栄に見つかったら俺の式札だってことなんてすぐにバレる!
ゲームの忠栄は、在原静春が連れてきた転生後の香澄の中に存在する魂が肉体と合致していない事に気がつく。また、同情で自分の屋敷に身を寄せる香澄の不自然な行動から、彼女はこの世の者で無いことにどんどん気がついて行くのだ。
いわば、親友と保護者ポジからの恋愛に走っちゃう系だ。
それに、めっちゃ優しいんだよな。
香澄から聞いた、蘆屋満成によって傷つけられた
ん“ん、スパダリイケメン!!!
って!こんな事思い出してる余裕なかった!
俺は、外の様子を探ろうと障子を隙間ほど開ける。視界一杯に写ったのは───見目麗しい忠栄の笑みだった。
ヒィィ!!
俺は驚いて床に手をつき後ずさった。
彼の整った顔は暗い闇の中で恐ろしさを感じさせた。
障子の隙間は、人ひとり通れそうなほど開いて、式札を二枚、指に挟んだ忠栄が冷たい笑顔を貼り付けて入ってくる。
「満成殿、これは?」
これは駄目だ! 笑ってるけど目が怖い!!
「入寮式での話は聞いていましたか?」
【人に危害を加える式神を使役する事は違反である。】
入寮式に陰陽頭が言っていた言葉を思い出した。
聞いていなかったはずだが、俺は危機を感じ耳が記憶していた内容が頭の中で何度も何度も言葉にしている。
「えーと……」
「この式札は君のですよね? はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
忠栄は式札を返してくれると、後ろで重そうに何かを引きずっていた。
「それは?」
「ああ、君の部屋の前で何かをしていたようだよ」
「え?」
「見知らぬ火玉が部屋の外を通ったから、気になってね。外に出たらすでにこれが前のめりになって気を失っていたんだよ。彼らに聞く前に、慌てて札にもどっちゃったから詳しくは知らないけれど」
凄い音だったねえ、と笑いながら言う賀茂忠栄はやはり、陰陽師らしく普通の感覚を持ち合わせていないようだ。
俺は式神が普通に人に対して危害を加えていると聞いても相手に寄るだろう、と考え、絶対に双葉火玉が悪いことをしたとは考えていない。
目の前の忠栄は満足そうな顔をした。
良佳と同じような表情だ。
何を考え……、あー、ふーん、なるほどねえ!
俺は自分の顔を見つめている彼が考えている事を理解した。
この、超絶美しい顔を見て忠栄も俺に興味持ってるなあ?
この顔は美青年だから、しょうがない。
……今の俺は、夢のせいで鏡を見れてないけどね。
俺が黙っていると、彼はああ、そうだと弱みを握ったと楽しそうに微笑んだ。
「フフ、まあ、でも。君の素顔を見れたから今回の件は不問にしましょう。誰も火玉や《これ》を見ていませんしね」
「今後は気をつけます」
「そうしてください。さあさあ寝ましょうね、あ!」
忠栄の あ! の声はとてもわざとらしく、聞き返したくない気持ちになったが、そうもいかず、俺ももわざとらしく尋ねる。
「……いかがされました?」
「明日の朝から起きたらまず、私の部屋へ挨拶に来てください。これからはそうしましょう!
……早起きするんですよ?」
「は、はあ」
忠栄はそう言って、気絶した男を連れてどこかへ行ってしまった。
なんだったんだ? 取り敢えず、明日は早く起きなければならないな。それよりも……
「あかね、あかり」
「はい!」
「はい!」
名前を呼ばれ二人は、姿を現した。
俺はさっきまで何があったのか彼らから説明を聞きたかった。
「あの男が満成様の陰口を叩いていたので懲らしめてやりました」
「それは、昼間の話だろう」
そういえば、俺の変な噂を聞こえる声で言ってたやつがいたな……彼だったのか。
「それに、あの男を傷つけようとしたのか? 寮の規則以前に俺との約束を忘れたか?」
「……申し訳ございません。でも、」
「満成さま、あの男は満成さまの部屋の前で何か呟いていました。それをあかね兄さまと一緒に聞いて……」
「何か、だと?」
「はい。しかし、よく聞こえませんでした」
「僕も」
「ふうん、そうか。まあ、今回は忠栄兄様が黙ってくれるらしいから、もう、二度と人前に出るなよ……それと、姿を見られたか?」
「いえ、驚かせてやろうと思っていたので、力を弱めて近づきました」
「僕らの人の姿も、本来の形も見せてません」
「そうか、ならいい。今後も何かあっても決して本来の力を表に出さないようにな」
「はい!」
「はい!」
「もう、休め。疲れただろう」
そう言って俺は二人を札に戻し、床についた。
それが、昨夜の話。
今朝の挨拶をするために、俺は準備を済ませ、隣の部屋の前で、中の主人に声を掛ける。
「忠栄兄様。おはようございます!」
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