第31話−攻略対象 在原静春

「お前は誰だ」


俺はその声でやっと意識を現実に戻した。


まさか、忠栄がいない間に来るとは、どうするか。


静春は形の良い眉を寄せて疑いの念を浮かべている。


自分の身分を伝えようと口を開いた瞬間、静春は急に目を見開き俺より先に話し始めた。


「まるで散りゆく楓の葉の様な髪色、天竺人のような神秘的な相貌、それに影をさすような銀砂子の扇、君はもしかして下弦の君か?」


「え?」


素っ頓狂な声が出てしまった。


「あ、そしたら、こいつが忠栄を妖術で騙しているって噂の」


「はあ?」


一人喋り続けている静春。


「それなら」


何かを硬く決意した様子である。


俺から目を離さず、距離を縮めてくる。


「お前が忠栄にかけた妖術、解いてもらう!」


そう言って、体当たりするかのように勢いよく飛びかかってきた。


「なッ!」


手から扇が滑り、パタンと落下した音がした。


静春の体が覆いかぶさってくる、と衝撃を想像して目を瞑った。


しかし、いつまで経ってもその衝撃は来ることはなく、静春の体の影が差していたのも消えた。


「ニャアァオ」


猫の鳴き声とともに目を開くと、視界に映ったのは仰向けになった静春の顔の真ん中で猫又が毛づくろいしている姿だった。


「ね、猫又、助かった」


「気にするな、それよりも美しき顔が見えておるぞ」


猫又はそう言って静春の立烏帽子で遊びながら教えてくれた。


いつのまにか、俺の顔を美しいと言われても承知していると特に突っ込む気も起きなくなった。


それよりも、忠栄の書が皺にならなくてよかった。


俺は書を閉じ元あった机の上に置いて、落ちた扇を拾い広げると、まだ立烏帽子で遊んでいる猫又を片手で持ちあげた。


「なあ、猫又、こいつが兄様の友人の在原静春か?」


「ああ、そうじゃ。クク、愚かで可愛い小僧だよ」


猫又はそう言って俺の腕から抜けて、また姿を消した。


「それよりも、こいつかなり阿保じゃないか?」


「阿呆とはなんだ!」


静春が急に目を開いたから驚いて後ろに尻もちをついた。


「京に戻ったら忠栄が妖に憑りつかれていると聞いて、お前に会わせるよう頼んだが、やっとそれが叶ったのだ」


「え?」


「フン、妖め、忠栄が自分で目を醒ますことが出来ないのであれば、俺がお前を倒してやる!」


「……」


「なんだ? 怖気づいて何も言えないか?」


「なあ、もしかして立ち上がれないのか?」


「……」


なんと、静春はこの会話の最中立ち上がらず、寝たまま話していたのだ。


なんてことだ、京一の雅男で年下ワンコキャラとして名高い、在原静春が、こ、こんなに阿保の子だったなんて……! 最後の最後で攻略対象の性格に裏切られるとは……。


俺は立ち上がって静春の顔のそばに座り込んだ。


それにしても、やっぱり整った顔をしているな。


キラキラと輝いている目に、常に上がり気味な口角、幼さが残る甘い顔は何をしても許してしまいそうで気を確かに持たないと危なく、さらに人懐っこそうな笑みさえ浮かべてくれれば、俺の知っている在原静春で間違いないのに。


シナリオのなかで、主人公に恋情を伝える表現には感服した。さすが、京一の雅男と言われるだけあると思った。


だけど、なぜか主人公には初心で、初めて会った時からこれまでの恋愛ステータスが初期値になるぐらい恋愛下手になるのだ。


そのギャップが凄くて、悶えた記憶がある。


まあ、今の俺は主人公ではないので、男の身としては友人になりたいとは少し思っていたんが……。


この様子じゃあ、無理かもしれないな。


すると暫く黙っていた静春が口を開いた。


「くそお、猫又のやつめ、今回も華麗に飛び蹴りしてきやがって」


おいおい、本当に雅男のイメージどこ行った。


「あのさ、あんた俺がどうこう言ってけど、俺が妖だという確証はあるのか?」


「……そんなものは、ない」


京で広がっている噂をうのみにして暴走していただけか。


それなら、後で忠栄に説明してもらえば済む話だな。


忠栄が来るまでにまた襲われても困る、身分を伝えれば少しは熱も冷めるだろう。


「はあ、一応言っておくとだな、俺は陰陽寮陰陽生の、満成だ」


「……知っている。陰陽寮陰陽生の蘆屋満成殿だろう?」


な、なんだ、こいつ。いきなり雰囲気が……。


そして、静春は淡々と寝たまま話し続ける。


「蘆屋は確か、播磨守国主蘆屋様で、君は第一嫡男であり、安部陰陽助の推薦により陰陽寮の入寮を果たした。その前に左大将様の方から推薦の話があったようだが、その真偽は定かになっていない。だが、恐らく左大将様の雅ではない契約の交渉中に安部陰陽助が直談判し、君は晴れて陰陽生になれたのだろう?」


「事前調査をするのは雅男なら当然だ」


そう言って茶目っ気たっぷりに笑った。

それは俺のよく知っている攻略対象の静春が香澄に褒めてもらいたいときにする顔と同じだった。


「クク、だったら俺はどうしてお前に押し倒されそうになったんだ?」


「あー、それは君の顔が見たくて、押し倒す口実があれしか思いつかなかった」


み、雅男も単純に物事を考える事があるんだな。


もし、押し倒されてたらどうなっていたんだ?


恐ろしい想像が頭に思い浮かんで必死に消しさった。


猫又まじで、ありがとう。


「それよりも、起こしてくれない?」


「え、まじで起き上がれないのか?」


「うん、さらに技に磨きがかった猫又の俊敏な攻撃を受けて、腰を打ったみたいだ」


「はあ、分かった」


俺は静春の肩を掴んで上半身を立ち上がらせる。


忠栄はまだか、と思っていると暫くしてから部屋に現れた。


静春の様子を見ても驚かなかったのは、忠栄と現れた猫又が伝えたのだと分かった。


呆れて溜息をついている忠栄をよそに、静春は猫又の前足を掴んで立たせて遊んでいる。


猫又もやられ放題らしい。


「それよりも、戻って早々に満成に迷惑をかけたそうですね」


「ああ、猫又に止められたけどな」


「猫又は正しいことをしました」


「そうだけど、美しいものがあったら体が勝手に動いてしまうものだろう?」


「京一の雅男なんて呼ばれているんですから、この機会を逃してはいけないと言ったでしょう」


「そうだけど」


機会? 何の話しだ?

まあ、二人の事情だ。俺が知らなくても何も問題ないだろう。


それにしても、と二人の仲を見ていると本当に気心知れているなんだろうことが伝わってくる。


それに少しやきもきしながら、二人を見ながら忠栄が用意してくれた菓子を口に含む。


今の季節で採れる干し柿や、林檎など、ほかに米で作った揚げ菓子などがあった。


俺は、攻略対象である二人の方を眺め、これからの事について考えていた。


ついにすべての攻略対象と出会えた。


彼らの過去に深く関わらなくてもいい、ただ、未来で彼らが幸せに生きていけるように宮廷陰陽師の蘆屋満成として、これから起こりうる都の脅威で彼らがさらに心の傷を負わないよう、手助けをしていこう。


それが、主人公である橘 香澄を助けられなかった俺から、みんなへのせめてもの報いだ。


そう、未来に向けて覚悟を決めたのに―――


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