第4話-白狐退治

このまま休む気も起きず、あかりの涙や鼻水で染みと皺だらけになった衣から、暗い赤紫色の狩衣に着替えた。

火玉に結ってもらったもとどりの上に立烏帽子たてえぼしを被り父のもとへ向かった。


外に出るついでに、本物の満成が愛用していたのだろう近くに置いてあった真っ白な扇を持った。

この顔を人に見せるのがいつも苦手だったらしいことをあかりが溢していた。


そりゃそうだ、このゲームの中じゃエロビッチ系の顔の賀茂忠栄や色狂系兄貴気質な鬼の良佳の中間のような妖艶さが漂っているんだから。


……腐男子的な目で見てるから考えがイヤらしい方向へ行ってしまう。

貴族の中には男色を好む者もいるから気をつけよう。


雪が積もっている外で溜息をつくと白い息がでた。扇で顔を下半分覆ってみる。扇など持ったことのない俺は慣れない仕草だと思ったが、意外とすんなり馴染んだ。きっと、満成の体だからだろう。


いきなり足元に何かがへばり付いた。


「兄上!」


それは、派手な水干に身を包んだ可愛らしい童だった。もちもちしている頬を真っ赤に染め、白い息を顔周りに連れている。


末の子特有の甘え上手そうな顔はつい可愛がってしまいそうになる。父親似なのだろう、大きな一重の目元に浮かべる人の良さそうな表情が、そっくりだった。


ちなみに満成は、すでに亡くなっている母親似だろう。どちらかというと、ちらりと見やると睨みつけらたと勘違いされそうな怖い顔付きある。

記憶の中の母だった人も気難しく、よく自分に似た満成を睨みつけていた。だが、弟の出産の時母だった人は帰らぬ人になった。

満成は弟を憎しむ事はなく、とても可愛がっていたようだった。


この子が満成の弟か。 えーと幼名が確か、


藤千代ふじちよ!」


「はい! やっとお目覚めになられたのですね!」


藤千代は俺の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。蝶結びした首紙の緒が揺れている。


 あああ! めっちゃ可愛い! 水干まじ神。


貴族である蘆屋家を継ぐ弟はまだ幼い子供だった。


絶対、満成お兄ちゃん(本物)も弟の事大好きで溺愛してたでしょ! 

俺の目でも弟フィルター掛かってるって。それにこの満成に対してのなつきよう、俺にも可愛がってた妹がいたな。

……ん?


妹という単語が頭に浮かんだが、その存在を思い出すことが出来なかった。何度も思い出そうと試みていると、くしゃみが出た。


「くちゅん」


「大丈夫ですか!?」


冬の寒さを侮ってはいけない。弟と軽く会話をしているだけで、寒さに震えた。


「火玉の二匹は? 彼らがいないと兄上は寒さで立ち上がれないのに」


「あー。父上に会いに来ただけだから置いてきた」


どおりで、この身体は寒さになれていなさ過ぎだ。少し外に出ただけなのにもう凍えている。いつもあの火玉達と一緒にいたからだろうな。


「ほら、綺麗なお顔が真っ赤になって寒そうですよ」


「藤千代、勝手に扇を取るな」


「もう、なんでいつも下弦の月のように、美しいお顔を扇でお隠しになるのですか」


ん”ー! 兄を褒め過ぎでない? 

兄の顔大好きかよ! めっちゃ美人だもんな、わかる。


「二人とも何をしているんだ? 寒いだろうこっちに来て火に近寄りなさい」


二人で話してしているとその様子を見ていた父は部屋へ招き入れた。彼は使用人に火を焚かせていた。


三人は火を間に挟んで座る。父は、俺の近くに火桶を近づけ、使用人が持ってきた布で包まれた温石おんじゃくを渡す。満成はそれを受け取ると手の先から感覚が戻りはじめた。

使用人は藤千代にも渡そうとするが、藤千代は子供体温だから受け取らずにいた。



「満成よ、もう大丈夫なのか?」


「はい。十分休みました」


「そうか。ならいいんだが」


「それで、これからの事なんですが」


「ああ、昔から言っていたな……本当に法師陰陽師になるのか?」


蘆屋家は、元々は武士の家系であった。いつからか子孫たちは貴族と法師陰陽師の二つに分かれてきたが、長男が法師陰陽師に下ることはこれまで無かった。満成の父も長男で、播磨守を務めている。


「いいえ」


その答えに弟の藤千代と父は驚いた顔をした。

その顔には、嬉しさも含まれていただろう。

しかし、満成が続けて言った言葉は二人を今以上に驚かせた。満成は温石を撫でながら言った。


「宮廷陰陽師になります」


「なんだって!」


「兄上!?」


「この満成、考えを変えるつもりはございません」


「う、うむ。しかし、お前の烏帽子親えぼしおやは私がやってしまったからな……」


父が悩んでいるのには理由があった。それは、陰陽寮は安部家と賀茂家の子孫が多いため、お主上から氏を給わっていない、上流貴族以下の家の者は入りづらいのだ。


頭を悩ませていると門のあたりが騒がしいことに気付いた。

来客があったようだ。

藤千代が見てきます、と言って門の所へ行った。


戻って来た時には父と同じくらいの年の男を連れ来た。


 ああ、あの男だ。裏の森に行った子供の父親だ。


立烏帽子を被り、直衣姿の胡散臭そうな笑みを浮かべた三十後半らしい上級貴族の男が簀子の上に立った。


牛車を車宿に停めようと牛飼童と武装をした部下四人が車宿に向かっていった。


武装したうちの一人は外に立っていた。腕の立ちそうな強面顔には刀で切られたであろう傷跡があった。額から顎にかけて右側の顔にそれはあった。

その傷を見ていると、男は口角を不気味に上げた。


なんだ、今のは……。普通嫌がるだろ、笑うとか絶対危ない奴じゃん。


父は男に問いかけた。


「左大将様! なぜこちらに」


左大将は父にためらいなく言った。


「宮廷陰陽師になりたいのでしたら、その後ろ盾、藤原氏を持つ私がなりますよ」


「なぜそれを?」


男が藤千代の方を見やると顔を背けた。きっと先ほどの話に興奮していたのだ。入り口でこの貴族に問われ、答えたようだった。藤千代は貴族絡みの話はまったく理解していない。子供だからしょうがない。


男は何も言わず話を進めた。


「それに、彼が民間陰陽法師などといった外道に走るなんて勿体ないことでは? 此度は陰陽師としての充分な資質をお持ちだとは知らず、愚息が大変失礼なことをしでかしてしまい、ちょうど何かお力添え出来ないかと考えていました」


 民間陰陽師法師を外道といったな、この男。家からは、目を付けられていないだけで民間法師も輩出してるんだが、知ってるよな? 知ってて外道なんて言ってるんだろうな。


「ですが、疑っているのではありません。息子の支離滅裂した話だけでは、にわかに信じがたく。ほら、お主上の目もありますので」


「ほぅ……俺に何をしろと?」


扇の下でへの字になっている口元を隠しながら鋭く睨み上げる。左大将はその深い目元の奥にある双方の眼力に気圧され生意気な小僧め、と言いたそうな目で見てくる。


「満成!」


「ま、まあまあ、そんな身構えずに聞いてください。ここに来る途中、耳にしたのですが、とある村の近くで、女が通り過ぎの薬師を襲っているらしいのです。その女の正体は、珍しい銀に輝く毛を持つ白狐だとか……。あなたは正体を見破り白狐を狩って持ち帰ってくればよろしいのです」


「その正体が白狐でなければ?」


「それでしたら、死んだ女の髪を一束お持ち帰りください。それを私の口添えとともにお主上に献上致します。きっとお主上もあなたのご活躍にお慶びなさるでしょう」


相手に恩を売らせるのもお主上に媚びへつらうのも上手そうだ。それに、満成の力を知っていて父上に近づいていたのだろう。これは、素直に聞き入った方が得かもな。あかりとあかねを消されずに済みそうだ。それに、家族も無事だ。


……家族も無事? と頭の中で反芻した。するとまた軽い頭痛がして、記憶が通り過ぎた。



満成の式神がこの左大将によって宮廷陰陽師に消されると、次に父は位階を一つ叙され、弟の藤千代はそのまま家を引き継ぐも、幼少期のトラウマから他の貴族と関わらず地道に生きていくが、都に入ったとき上流貴族の娘に見初められる。そのまま相手の家の良いように事が勝手に進み、後ろ盾が出来たことで昇格し与えられた階位の仕事に打ち込む。

暫く経ち、民間法師として家を出た兄が都で問題を起こし死んだことから主人公らへの復讐に走り、攻略者たちによってそのまま命を落としてしまう。


満成が問題を起こし、弟の藤千代が殺されてしまうのも知っている。だが、まさかそんな 過去があったなんて知らなかった……そしたら、やることは決まってる。


「わかりました。すぐに出発いたしましょう」


「おお! 流石、将来有望なお方だ。楽しみにお待ちしておりますね」


父は止めたそうな顔をしていたが、上の者には逆らえず、満成の後ろ盾になってくれる氏持ちの貴族の力を借りなければならない事実に迷っている間に話は進んだ。左大将は嫌な笑みを浮かべ、従者を連れ帰って行った。




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