第8話-太郎丸との日々

自分の式神に置いていかれた俺は太郎丸と暫く遊んでいた。

俺は太郎丸が遊び疲れて昼寝をしている間、白狐に声を掛けた。


「おぬしが目を覚ます前に食材を借りてしまったのだが、あの山菜や魚はいつも置かれているのか?」


「はい、宵が明けるといつもあそこに。私も初めは警戒しましたが、太郎丸の側を離れることもできず、毒味はしたのですが、普通の食材でしたので使っております。気をつけてはいますが」


「そうか」


そういえば、白狐は記憶を失っていたな。


「記憶は戻ったのか?」


「……いえ、あの子が私の子であることは思い出したのですが、ここに来るまでの記憶はあまり」


「……そうか。なら、頼みがあるんだが」


白狐に物置へ案内してもらった。双葉が言っていた古書はたしかに物置のような部屋にあり、大量に積まれていた。


「この資料はおぬしのか?」


「……いいえ、知りません。それに、この屋敷もいつの間にか私と太郎丸の目の前に現れたのです」


「そうか、わからないなら仕方がない。ここにあるものを勝手に触ってもいいか?」


「ええ、いいですよ。私にはまだ早いみたいですから。あ! 太郎丸が起きたようなので、失礼しますね」


「ああ」


俺は近くにあった古書の上に積もっている埃を撫でて払ったた。

漢字で書かれた古書が沢山あり、内容は様々だった。陰陽道・薬学に関するものから音楽の秘法まで都の人間にとったら宝庫のようなところだ。


俺は一日の半分をそこで過ごした。


昼間は太郎丸と遊び、夕餉後には物置部屋にこもり、日が昇りはじめると眠る。白狐が気遣って深夜に夜食を用意してくれたり、昼間は太郎丸と俺が遊び始めたのを確認してから手つかずだった屋敷の掃除をしたり、料理をしたりしていた。


すべての家事を白狐がしてくれたおかげで俺は研究に集中出来た。


そのお礼に家事をするようになった白狐の手に傷が増えた

ため、塗り薬を調合してやった。それも、小屋にあった薬学の古書に書かれていたものだ。自分で試してから渡したので白狐の荒れや傷は減っていった。


太郎丸は小さな手で俺の真っ白な扇を揺らして遊ぶのがお気に入りだった。この屋敷に留まった時から、俺は二人の目の前で扇を使わなくなった。今のところ、誰の目もないこの屋敷は、俺が満成になってから初めて安心してくつろげる居場所になった。


「兄さま! 今日はおいかけっこをしよう!」


「お、おいかけっこかあ」


寝不足で体力に自信がない。


しかし、楽しそうにしている太郎丸見ると断れず、しぶしぶ承諾し鬼になった太郎丸に追いかけられる。


やはり、俺は牛車二台分ほどの狭い庭を三周走るだけで息切れになった。


「大丈夫?」


「はあはあはあ、だい……じょ、ぶだ」


ここまで体力を落とすとは……まだ十代なのに。


疲れている俺に気を使って太郎丸がお水を持ってきてくれた。

それを受け取って勢いよく喉に流し込むと、口の端から溢れた水が喉を伝って衣に染みた。


太郎丸の熱い視線に気づいたのはその時だ。

なぜか、俺が水を飲んでいる姿をジッと食い入る様に見てきた。


「ぷは、ありがとう太郎丸」


「……」


「太郎丸?」


「え? あ、いえ!」


太郎丸は首を横にぶんぶん、と勢いよく振っている。

それを見て、頭とれないか? と心配になり、両手で太郎丸の頭を押さえた。


な、なんだこれは!


俺は太郎丸の肩あたりで切り揃えられた烏の濡れ羽色の髪の毛がとても気持ちのいいものだと気づいた。

頭皮に指を這わせ梳いてみる。

太郎丸は、くすぐったそうに目を細めた。


砂のように指の隙間から抜けていくぞ!


「兄さま?」


不思議そうに覗き込む切れ長の大きな目のなかに、俺の楽しそうな顔が映っている。

太郎丸が衣の裾を強く握り、梅の蕾のような薄く小さい唇をキュッと結ぶ。


「悪い、嫌だったか?」


「ううん! もっとなでてほしい!」


お、少し心を許してくれたのかな。


頭を撫でるのに夢中になってしまい、太郎丸の髪の毛がボサボサになってしまった。

ボサボサの髪の毛のままでいいと太郎丸は言った。


本当にいいのか?

流石にこのままは髪が痛むのでは?


「……夢中でつい、すまん。後で髪を梳かしてやる」


「はい!」


太郎丸が嬉しそうに返事をした。

俺は部屋に戻り、櫛を使って太郎丸の髪を梳かした。

こちらとしても、太郎丸の髪質は維持してほしい。

太郎丸は終始笑顔でご機嫌そうだ。


その後、夕餉を終え太郎丸は寝室に、俺は古書のある部屋へと向かった。


俺が部屋に籠もっていると、女は太郎丸を寝かしつけ終えたようで夜食をどうするが聞きに来た。


「今夜も頼む」


「はい」


「いつもありがとうな」


「いえ、太郎丸の相手をして頂いていますので。お手伝い出来ることがあればなんなりと」


白狐は何か言いたそうな顔をしていた。


「……どうかしたか?」


「いえ、その」


今度は嬉しそうな顔をして、満成のそばに近寄った。


そういえば、ここに滞在してから白狐と普通に会話していなかったな。


俺は、書を机に置いて白狐の方を向く。

白狐はクスクスと笑いながら俺にあるものを差し出した。

それは、太郎丸がいつものように俺から借りていく白い扇だった。


「ああ、返しにきてくれたのか」


「はい。あの子がいつも借りてしまうようで、ごめんなさいね」


「いや、いいんだ。ここでは使わないからな」


その答えに、白狐はまたクスリと笑った。


さっきから何が面白いのだろうか?


「……お主はなぜ、そんなに笑うのだ?」


「あ、すみません。先程の、太郎丸の部屋での光景が愛らしかったもので」


「ほお、どんなだったんだ?」


俺は身を乗り出す勢いで聞いた。


太郎丸は常に可愛いが、どんな可愛い事をしていたのだろう。


「はい、それが。……この扇に、口吸いのような真似事をしていましたの」


「それは、愛らしい」


「ええ、その行動はまるで、」


白狐はそう言って、口を手で抑えた。


「まるで?」


「この先は言えません。ただ、あなたのことをとても信頼しているようです。」


俺はその行動の意味が、白狐が言おうとしていた事が良くわかっていた。

それは、自惚れかもしれないが、太郎丸の表情や言葉から、さらに先程白狐が見た光景から一つの仮説しか思い当たらない。


兄のような存在としては、もう見ていないだろう。


だが、あえてその言葉の先がなんなのか知らないフリをした。

もし、白狐が答えたとしても、鈍感なフリでもしてやり過ごそうとまで思っていた。


そうだ、駄目だ。


俺は脳内で警告する。



駄目だ、俺はまだ! 『恋歌物語』最推しcpである親友兼相棒のクールで情熱的な貴公子、源雅峰との絡みをまだ見ていない!


それに、俺に対する太郎丸の気持ちは、ここにいる間だけで、離れたらすぐにその気持ちに整理がつくだろう。


これは、閉鎖空間で母以外に優しくしてくれる人だったからで、勘違いだって。


それでいい、悪役なのだから、殺されないように注意すれば知り合い程度にはなれる。


俺が頭で考えていると、白狐は困ったような顔をしていた。

それから、「戻りますね」と言って部屋から出ていった。


部屋の中を見渡す。

数千冊とあった様々な秘法が載っていた書は、残り数冊となっていた。


そろそろだな。いい頃合いかもしれない。


俺は最後の仕事、そう……秘薬とも言われる天落草を摘みに庭に出た。


これだけはいくつか持って帰らないとあとから後悔する!


初日摘んだ天落草は、他に採れた草や実などを使って書に書かれていた薬の調合に使ってしまった。

成功したその薬は、そのままここに置いておくことにした。


あの二人がいつここから出られるかわからないからな。

よし! 二人が見ていないうちに拝借するか!


庭の片隅に座り込み、灯りを近づける。

双葉の火ではないので、燃え移らないように気をつけながら薬草を摘む。

腰袋がいっぱいになるほど詰めたところで辞めたが、まだ、庭には沢山の薬草が茂っていた。


これも白狐の妖力のおかげたろう。

俺は運が良かったなあ。


部屋に戻り、日持ちするように草を乾燥させるため、空いている床に並べた。


そして、部屋の灯りを消し、俺は寝室に戻り体を休めた。


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