第9話-結界の外は……七年後

太郎丸、白狐に別れを告げようと決意してから、数日が経った。

薬草を乾燥させていることを理由に、ここの居心地の良さからなかなか言い出せなかった。


庭には、新しい季節が訪れたのを知らせるように、まるで五芒星を示すかのような桔梗や八重咲き、一重咲きのクチナシが甘い香りを放っている。

朝餉の準備をしていた白狐に会い、軽く会話をしたときに、ここに留まってから半年が経っていることを知った。


双葉が言っていたように、物置にある書を読み終わるのに半年もかかってしまった。


書の中身を暗記した俺は、朝餉のあと太郎丸と少し遊んぶのをいつもより早く切り上げ、部屋に向かった。

自分が使って乱れた棚と机を直し、その上に書を種類ごとに分けていく。はじめは、埃だらけで物置のようなところだったが、俺が使って少しだけ書斎みたいに使えるようになった。


片付けを終え、白狐を見つけに行く。

台所にいた白狐に、名残惜しい気持ちを抑えて、そろそろ戻らねば家族も心配するだろうと言った。

それと、可愛がっていた太郎丸との別れは心苦しい、と胸が締め付けられるような思いで話した。

白狐の采配で太郎丸がいつもより早く昼寝している間に山を降りることにした。


「その扇はおまえにくれてやる。だから、この扇を見たら俺の事を思い出して、……殺さないでくれよ」


純粋無垢な寝顔の横に置いてある真っ白な扇をそのままにして部屋から出る。


最後、白狐に挨拶をした。白狐は美しい扇を持っていた。

白狐曰く、目が覚めたときこれを持っていたらしい。しかし、私は使わない、と言い、白紙に銀砂子ぎんすなご(細かい銀箔)が散りばめられた扇を贈ってくれた。


「あの子に扇を渡してしまっては道中お困りでしょう。よければ、これをお使いになって」


最後に、白狐の下げた頭を見て、俺は顔を銀砂子の扇で口元を隠し屋敷を後にした。



山の麓につくと、俺はすでに夏だというのに恐ろしく寒いことに気付く。

村の近くまで降りると、山に入る時に話を聞いた初老の男に似ている白髪混じりの彼を見つけた。

声をかけると、彼は畑の片付けをしていたらしい農具を田んぼの中に落とした。周りにいた村人も彼の異変に気付いたらしく、彼の視線の先にいた俺はそのまま村人の視線を集めた。

すると、村人たちは片付けるのをやめて、駆け寄ってきた。

俺は数人の村人に囲まれた。

村人は安堵の色を顔に浮かべ、ご無事で、奇跡だ、お戻りになられると信じていました! と騒ぎ立てている。

白髪混じりの男が俺に向かって笑みを浮かべる。


「法師様! ご無事でしたか!」


「ああ、すまない。色々あって半年ぐらい閉じこもっていた」


俺の言葉に村人は驚いて無言になった。そして、俺の姿を改めて確認した村人たちの顔色は次第に悪くなっていった。

白髪混じりの男が話す。


「その、法師様、半年前のことではありませんよ」


「どういうことだ?」


村人たちは本当に分かっていないのかという心配そうな顔を浮かべる。


「法師様が山に入られて七年が経ちました」


「なん、だと」


は、半年しかいなかったのに、七年経っていただと!

そしたら、先に出た双葉火玉は!? 家族は!


俺は動揺して、視界が揺れた。

足に力が入らず倒れそうになったところを村人の若い男が支えてくれた。

落ち着くために息を吐いた時、支えてくれた若い男の鼓動が激しくなったのが聞こえた。

若い男の方を見て礼を言うと、彼は頷いてから明らかに目をそらした。


「すまない、混乱しているようだ」


「だ、大丈夫ですか?」


白髪混じりの男が以前見た時より老けていたのは思い違いではなかったらしい。

彼らが自分を騙していないことが分かった。すると、若い女が一人、呟いた。


お姿が山に入られた時と変わっていないなんて、と。


村人の中には顔を背けるものまでいた。白髪混じりの男だけは、俺の体調を気にしつつ変わらずに話し続けてくれた。


「法師様が、山にお入りになられてから半年経った頃、播磨守様の使いである双子の童が訪ねてきました……」


彼が言ったのは信じがたいものだった。


双子の童が半年経っても帰ってこない俺を心配し、村に現れたらしい。しかし、村人は俺が村の方に出てきたことはないと言うと、双子は山の中に入っていったのだ。

夕暮れ前に、双子が山から降りてきてそのまま歩いて村から出て行った。一か月後にまた双子は村人たちに詰め寄り、村人は本当に知らないことを伝えるとまた、双子は山の中に入っていった。その後夕暮れ時になるとまた山から降りて落ち込んだ様子で帰っていったらしい。

それから、双子は月に一度村の手伝いをしながら、俺の帰りを待っていたらしく、帰り際に毎日山に向かってこう言っていたのを村人は聞いたと言う。


「「満成様がお戻りになられるまで、双葉火玉が父君と藤千代様をお守りいたします」」


双子が通い始めて一年が経った頃。

またもや、会えなかったらしい彼らが帰って、すぐに白い狩衣姿の見目麗しい陰陽師が村に訪れた。村人は法師様のおかげで

が噂の女騒動が治まった時期になんの用だろうと気にしていたらしい。話しかけるとその陰陽師が村人にこう尋ねたのだと。


「私は安倍家の陰陽師。左大将藤原様からの依頼でここにきた。あなたたちが法師様と呼んでいる彼はどこから山にはいったのかな?」


しかし、山に入った陰陽師が出てきた時には、俺の姿はなく、白珠のような美しい女と二人によく似た神秘的な童が肩を寄せ合いながら麓に降り立った。

村人が法師様は見つかったのか尋ねると、眉根を険しくした女が首を振り、陰陽師はただ一言「生きているはずだ」と言って彼らを連れて帰って行ったらしい。


そして、俺がいなかった間に都で恐ろしい事件が起きたと教えてくれた。それは、現在から三年前のことだと。


ゲームの本編でも重要過去シナリオである忌々しき大事件──橘家滅亡。一夜にして四大姓のひとつが消えたのだ。


都からの使者より伝わった知る限りの情報は様々であった。


「たしか、橘家は藤原家を潰そうとして返り討ちにあったんだと」


「私はこう聞いたわ、橘家が帝の后を殺そうとしたって」


「いいや違う違う、橘家は他の三大家に騙されて自滅したんじゃ」


「わしが聞いたのは、橘家の人間は皆、陰陽師に呪い殺されたんじゃ」


この村を通る商人や郡司の武士らから聞いているためだろう、憶測的な話が飛び交っている。

俺は話を聞いているだけで、頭が痛くなった。

橘家滅亡のシナリオは攻略したから何が起こったか知っている。

出来れば阻止したかったが、すでに起こってしまった。


それよりも今は、太郎丸達の話だ。

その白い狩衣の陰陽師はおそらく太郎丸の父だろう。

俺は二人に挨拶を済ませたあと直ぐに山を降りたから麓まで一日もかからなかったぞ。

どうやって、俺より早く陰陽師は二人を救い出した?

いや、そもそも時の軸が可笑しい。俺は半年しかあそこにいなかったのに、山の外の人達の間では二人が降りたのは、俺がいた間になっている。


俺は、村人達に背を向け、眉間に扇をあてて考えていると、脳に直接ある映像が流れた。


これは、……そういうことか!


彼女は白狐になったばかりの野狐ではなかった。太郎丸を連れて逃げている過程で記憶を失ってしまい、自分が白狐になったばかりだと思い込んでいたのだ。

あの屋敷にいた時は、双葉がいなければ感じていた冬の寒さも特に感じることがなかったし、初夏の花は咲いていたけれど、気温に差異はなかった。

これは、白狐の結界の中に入っていたのははじめから分かっていたから特に気にしていなかった。


だが、二人と別れた時、白狐の記憶の破損のせいで妖力が乱れ無意識に俺の意識を数年閉じ込めたのだろう。

そして、俺はそれに気づかず、そのまま山を降りていると思ってしまったんだ。


俺は、白狐がくれた銀砂子の扇がこの情報をくれたことだと気づいた。


この扇は、記憶を失う前の白狐が普段から使っていたものだったのだろうな。


後ろから、白髪混じりの男が話しかけてきた。

俺は扇を開いた。


「法師様、今日はもう暗くなる。狭い所だが泊まって行ってくださいな」


「ありがとうございます。そうさせて頂けると助かる」


色々な情報が頭を痛くさせたため、彼の懇意で一日休ませてもらい、次の日礼を言ってから屋敷へと戻った。




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