第10話-家族との再会
これまでの時間の流れは、『恋歌物語』のシナリオ通り進んでいる。
風雅を誇っていた橘家は、今はもう口にするのも忍ばれている。しかし、シナリオと違うところをあげると、俺が悪役法師としての道を進んでいないということだ。
シナリオで、満成は貴族に復讐すべく都で計画を練っていた。当然、その惨劇を直接目で見ることが出来たのだ。己の野望が勝手に自滅する姿を。
満成は、助けを乞う関係者を救わず、橘家の惨劇を面白そうに見物していただけだった。
だが、唯一の生き残りとなる、幼き美しい姫君───
そう、近い未来に、本来の異世界転生者、美人女子高生
ちなみに、二人の容姿は合わせられたように瓜二つだったのだ。
救ったは良いが、満成の彼女への対応は人間に対する扱いではなかった。むしろ奴隷のようだった。
しかし、今生き残れるはずだった橘香澄の生存が分からない以上、俺は彼女を見殺しにした気分だ……
山に閉じ込められていたからと言って、知っている未来を変えられなかったのは心苦しいな。
あれこれ、考えながら帰路についていると、ついに七年ぶりの屋敷についた。
門を叩くと、番のものが泣きながら俺の帰りを大声で告げた。
すると、すぐにいつのもの柔和な笑みを浮かべた父と自分と年が変わらなく見えるほど成長した藤千代、そして双葉火玉は涙を流しながら迎えてくれた。
申し訳ないことをしてしまったな。
きっと、みんな俺のこんな姿を見て向かわせたことを後悔するだろう。
みんなの辛そうな顔を見ると心が痛む。
双葉火玉は突進するようにしがみついてきた。帰ってくる間に冷えた体に感じた温かさは酷く懐かしいと感じた。
腰辺りの衣の色が双葉の涙で濃くなった。
主と長い間離されていたからか強いストレスを感じていたのだろう、泣き疲れもあってすぐに式に戻った。安心したかのようにそれからしばらく式のまま静かにしていた。
「兄上」
見ないうちに藤千代には武人らしくもあり、さらに貴族としての風格が備わっていた。
少年から成人に変わった彼の成長に寂しさより喜びが勝った。
「藤千代」
名前を呼ぶと、彼の蝶結びした首紙の緒が揺れた。
昔から変わらないものがあって満成は安心した。
藤千代は羽織を掛けてくれた。そして、家族に手をひかれて、屋敷に入った。いつものように火鉢を寄せてくれて、温石もすぐに準備してくれた。
その間、父は残りの仕事をすぐに片付けてくると言い、席を立った。兄弟の再会を優先してくれたのだろう。
温石を持って藤千代と庭が見える簀子の上で立ちながら話した。
「兄上がいない間に、元服の議が終わってしまったのですよ」
「すまんな」
「寂しかったですが、兄上の仕事のほうが大事です」
「……名はなんともらった?」
「
「そうか、友成、おめでとう」
心からそう言うと、友成が堪えていらしい涙を流しながら抱きついてきた。
「う゛ぅ~、兄うえぇ゛本当にご無事でよがったぁ~」
「泣くな、泣くな……、俺だって、グス……父上と藤千代が無事で良かった」
藤千代、幼名を変え友成となった彼は俺と同じ背丈だった。成長を感じ、泣くなといいながらも自分も泣いてしまった。
そして両腕で最愛の弟、友成を強く抱きしめた。
転生前の友成との記憶は、確かに蘆屋満成の物だけど、でも俺のなかでも友成は藤千代として過去から過ごしてきた可愛い弟なんだ。
だいぶ落ち着いてから、お互いの涙で濡れた顔をみて笑いあった。
「うう”、泣き顔も美しすぎますよ! 朝露のように垂れていますよ」
「はは! 友成は逞しくなりおって、涙が似合わん男になったなあ」
お互いの涙を袖で拭き合った。
離れていた兄弟と再会出来たことに嬉しさで胸がいっぱいになった。
そのうち、火鉢を横において簀子の上で座りながら俺がいなかった七年間のことを教えてくれた。
それは、村人から聞いた話とまったく同じだった。
式神が俺を待っていたことや、左大将が俺を探すのを手伝ってくれたことなど、橘家の全ての屋敷が燃え、使用人もろとも殺され、全てが灰になり、生存者の確認ができない状況だったと教えてくれた。
俺は「そうか」とだけ、答えるしか出来なかった。
夕餉の刻になり、久しぶりに家族で食べていると、その話はあがった。
「戻ってきたばかりで大変だろうが、満成は明日都へ出立しなさい」
「左大将様ですか?」
「そうだ。左大将様から、もし戻ることがあれば屋敷に来てほしいと言われている」
「わかりました。明日の朝向かいます」
「兄上! いくらなんでも明日の朝だなんて!
ご無理をなさらないでください!」
「友成~、お前に良いことを教えてやろう」
「何ですか?」
「いいか? 位の高いもんには逆らうな」
「そんな、本当に兄上ですか? 兄上は、目上の方でも関係なく、人を助ける為なら立ち向かっていたではないですか!」
「ほほぉ、俺が何かに逆らっていることは理解しているみたいだな。でもな、貴族として生きていくうえでは、お前もきちんとしなきゃだめだ」
「でも」
「でもじゃない、お前は蘆屋家としてこの家を背負っていくことになるんだ。分かったな」
「……はい!」
友成の返事から、武士貴族であった自分たちの先祖をきちんと敬っていることが伝わってきた。
今自分が言ったことをこれからの自分にも当てはめた。
そして、ある可能性の未来の話が口からぽつりと溢れた。
「……もし、俺が人の道を踏み外したら、」
父と友成はそう溢した俺の顔を不安げそうに見ている。
「兄上?」
「満成?」
「俺が人を殺めるためにこの力を使ったらお前は兄を見捨てろよ」
友成の顔を真剣な顔で見つめる。
友成は何を言われているのか分からず、助けを求めるかのように父の方を向いた。
父は、俺が言いたいことの意味を理解しているのだろう。
一つ目、民間陰陽法師ほど自由がなく、手を指し伸ばせる範囲が限られるということ。
二つ目、宮廷陰陽師として貴族の前に出れば、権力争いのために人に害を加えるために呪を使うことがあるということ。
ニつ目は、……これだけは、俺が二度目の生を全うするために、極力近寄らないように気をつける必要がある。
蘆屋家から宮廷陰陽師が出るのは初めてのことだ。都での権力争いに俺が巻き込まれないか心配してくれているのだろう。
父は口にはしないが、いつも子供の心配事があると眉根を寄せる。
今の父の眉根にもくっきりと濃い皺がある。
食事を終えると、父は優し声で言った。
「満成、明日も早いだろう。そろそろ休みなさい」
「父上」
「はい。そうします」
友成の、まだ不満そうな気持ちが声から感じとれた。
挨拶をした後、部屋に戻った。
すると、いきなり式に戻っていた双葉が形を成した。
しかし、その姿は疲れが取れていないからか、火玉の形になってふよふよと浮いているだけだった。
「起きてるのか?」
「……」
呼んでみても双葉からの返事がない。
しかし、寝台に上がると、双葉はゆっくりと傍によってきた。
久しぶりの家族とも会えたし、色々ありすぎて疲れた。
長旅の疲れと、一日で変わってしまった現実から逃れるように眠りに入り、ゆっくりと深い意識の中に落ちていった。
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