第7話-白狐の結界

「あ、あかり! 満成様が起きましたよ」

「おはようございます、満成さま!」


「ん、おはよう」


ああ、あのまま寝てしまったのか。


目を覚ますと、あかねとあかりの声がして、血色が良くなった太郎丸の顔があった。白い肌に咲く桜色の頰はとても愛らしい。


ほっぺたぷにぷに可愛いなあ。あ、そうだ


「双葉たち、白狐は起きたのか?」


「いえ、満成様がお休みになられてからほんの数刻しか経っておりません」

「流石、満成さまですね。この童すでに元の体力に戻っていますよ!」


「ああ、なんてったってあの天落草で煎じたからな」


双葉は目を見開いている。


「そんな高等の薬草が咲いているなんて」


「でも、あれって凄く苦いって山の妖が言ってたよね」


「そうですね、妖にも効くけれど、妖達には凄く苦く感じます。だから、天落草という名は不味くて天から落ちたのだって言われてますからね」


「……」


「どうしました?」

「満成さま?」


「……太郎丸は、何も言わず全部飲み干したぞ」


太郎丸が半妖であることはこの双葉たちも気づいているだろう。双葉は顔を見合わせてから、同情して眠っている太郎丸の頭を撫でた。


「あ! そうだ!」


双葉はそう言って部屋から出ていき、手に新鮮な山菜と魚が乗った籠を持ってきた。


「どうしたんだそれは、外に出られたのか?」


「いえ、あかりに水に取りに行かせたら、門の所に置いてあったそうです」

「はい、物音がしたので気になって」


「……そうか」


記憶を失くした白狐。

太郎丸と白狐がこの廃れた屋敷に隠れていた。

しばらくの間、山に籠っているにも関わらず生きるために必要な食料を調達している様子がない。白狐の手や腕は傷がなくまっさらだ。


きっと、彼らの関係者だろう。

直接関わることは出来ないというところか。


俺は食材に近づいて、疑ってはいないが一応毒となるものがかかってないか確認する。呪を使えるものであれば毒は香りなどから確認することができない。


やはり、毒はないか。


「毒はないから台所に置いて、米があれば粥でも作ってくれ。太郎丸が起きたら食わせる」


「はい!」


双葉は音を立てないように行った。


「んん、母様」


彼らの甲斐は虚しく散ってしまったようだ。


「太郎丸、起きたか?」


「……あ」


太郎丸は、俺が母様ではなかったことに驚いているようだ。

顔を真っ赤にさせ、口をパクパクさせている。


「おはよう、体調は大丈夫か?」


俺は太郎丸の額に手を当て、脈を図る。


うーん、少し早い気もするが……

まあ、素性のわからない男とふたりきりなら気を張るだろう。


「……すぐ粥がくるからそのまま横になってろ」


「あ、あの」


「どうした?」


「その、昨夜は、ありがとうございました」


「ああ。元気になってよかった」


太郎丸は年に似合わず丁寧な口調で言った。

表情は反対に子供らしく恥ずかしそうにし、目を泳がせている。


かんわいい!! このまま持ち帰りたい! 

いつから公式通りの男になってしまうんだ! 

ツンツンして無愛想な未来の善晴の要素はどこだ!


俺が悶ていると太郎丸は白狐の姿が見当たらず落ち着かない様子だった。

体力が戻ったからか、寝ているのが疲れてしまったのか体を起こした。


「あの、母様は」


「まだ、起きていないんだ。だが、じきに目を覚ますだろう」


まだ、目覚めていない母を心配しているようだ。


すまん、太郎丸!

俺があんなことをしなければ……。

待て、これで白狐が目覚めなかったらどうする?

このまま、母親の復讐で殺されるのか!?


俺は問題を自分で作ってしまったことに頭を抱えてため息をついた。


「あの、それなら……一緒に外で遊んでくれませんか?」


「へ?」


俺は予想外の反応に一瞬思考が止まった。


体調が戻ったばかりだし、もう少し休ませた方がいいとは思うんだが、まだ子供だからな。体を動かしたいのかもしれん。


「その、ここに来てからずっと体調が悪くて、あんまり遊べてなくて。だけど、今は体がとっても軽くてずっと眺めているだけだった雪で遊びたいんです」


……無理だろ。こんな瞳で見つめられたら遊ぶしかないだろ!


「双葉達を呼んで温かい粥を食べたらみんなで遊ぶか」


「はい!」


太郎丸は嬉しそうに俺の袖を掴みながらぴょんぴょんと跳ねている。


風邪をぶり返さないように、羽織るものを探しとくか。

双葉達がいるから大丈夫だと思うが、念には念を入れておこう。


***



軽い食事を終え、俺らは庭に出た。

庭に積もっている真っ白な雪に足を踏み入れる。

太郎丸は雪を踏む感触を楽しんでいるようだ。


改めて見ると、藤千代と同じ歳位かな?


太郎丸は、白い肌に白色の水干で身を包んでいるからから雪景色に儚く取り込まれてしまいそうだ。

切れ長の目と鼻筋の通った顔立ちは幼いながらにも整っていることが分かる。



二組になり距離を取って、間に雪の壁を作り隠れて壁から雪玉を投げ合う、雪合戦をすることにした。


太郎丸、俺 VS 双葉火玉


俺はは雪玉をたくさん作り、太郎丸に渡していた。太郎丸は渡された雪玉をせっせと相手に投げている。

双葉は、自分たちで雪玉を作りながら投げている。


太郎丸が投げた雪玉はあかりの顔面に当たり、あかりは顔を真っ赤にした。


太郎丸と俺、仲間であるあかねもその様子を見て笑った。


すると、俺らの場所以外から足音が聞こえた。


それは、目が覚めたらしい白狐の足音だった。


白狐は晴れた空の日が積もった雪に反射して眩しかったようで、涙袋に長い睫毛の影を差しながら目を細めていた。


よく見ると、彼女の足元は素足のままで、それでも庭に一歩、二歩と近づいてくる。


俺は太郎丸に声をかける。


「母様!」


「太郎丸!」


白狐は太郎丸を力強く抱きしめた。太郎丸も白狐にしがみついている。

昨夜の白狐とはまた違った印象を持ったのは、母親らしくその目には太郎丸を我が子だと確信していたからだ。

白狐は太郎丸の身体をさすって尋ねた。


「身体は大丈夫かい?」


「はい! 兄さまたちが治してくれました!」


「そう……そう……、本当に良かった!」


俺と双葉火玉に優しく微笑みかけてきた。


「ありがとう、本当にありがとう」


太郎丸を抱きしめながら繰り返した。


俺は女に向かって頭を下げた。そして懐から包みを取り出すと捲って中身を見せた。

そこには昨夜切り取った髪の毛が一束あった。


「もし、人を襲っているものが白狐ではなかった場合、女の髪を一束献上しろ、そう言われたのだ。合意を得ずに勝手な行動をとったらお主が倒れたもんだから、双葉たちにもすごく怒られた。すまなかった」


「いや、本当に満成様のあの行動は反省した方が良いです。女性の髪をいきなり切るなんて非常識すぎます」


あかねが眉間に皺を寄せて自慢のストレートの髪の毛をいじりながら説教をしてきた。


「だって白狐だし……妖狐だし」


「彼女は妖になったばかりですよ! そんなに大妖怪みたいに笑って争いを起こせるほど肝すわっていませんよ!」


「本当にすまん」


俺は言い訳が効かないのも当たり前だろうと、素直に謝った。


「いえ、太郎丸もこんなに元気になってくれて。私あのまま死んでも後悔はなかったと思います。あなたなら必ず約束を守ると信じていました」


白狐は嬉しそうに太郎丸の肩に手を置きながら言った。


俺は幸せそうな二人の顔を見て嬉しかった。


このまま、健康に成長してほしいな。


太郎丸が俺のそばにやってきた。

袖を掴みじっとしている。

白狐はあらまあ、と言ってクスクス笑っている。


どうした? なんか、不満なことでもあったのか?


白狐は愉しそうに目を細め脅してきた。


「私の髪を無理やり切った事を本当に反省なされているのでしたら、しばらく太郎丸と遊んでいただけませんか? 

本当に反省しているのなら、ですけど」


「おい、やっぱりこの女狐肝すわってるぞ」


「遊んであげたらいいんじゃないですか? 私たちはあの貴族にこれを渡してきますよ。何事もなかったんですから、半年ぐらいたったら帰ってくるといいですよ」


「え? 半年?」


将来俺を殺すかもしれない善晴と?

俺は白狐の件で復讐エンドに自ら持っていきそうになっていたんだぞ? 

ていうか、俺の式神いきなり素っ気なくない?


天パを揺らしてあかりが太郎丸とは反対側の裾を引っ張ってきた。手で招いてきてので屈んでやると耳元で小さい声で話しだした。


「このお屋敷の物置きみたいな小屋に陰陽道に関連する古書が多くありました。昨日部屋を探している時にあかね兄さまと見つけて、満成様のお力になるのでしたら読破してから戻ると良いですよ。量がすごいので数日では読み切れないかと」



そう言って、双葉火玉は俺の持っていた一束の髪の包みを奪って飛んで行った。


あーあ、もう姿が見えない。

しょうがないか、あかりが言っていた古書も気になるしな。


「兄さまはまだここにいてくれるの!?」


未来の善晴こと太郎丸、かわいすぎるな。


太郎丸は嬉しそうに俺を軸に走り周っている。


満成の手を引っ張って母親のもとに近寄る太郎丸が幸せそうだったため満成はそのまま残ることに決めた。


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