第21話-兄様の朝は弱い
陰陽生として勉学に励む日々を過ごし、祭事に忙しい陰陽寮の仕事も半分くらいは終わった頃。
季節は芒種を終え、梅雨が明けていく。
定期的に行われる試験は、自分にとって苦ではなく、白狐の屋敷で読破した古書に全てが記載されていたため満点を取ることが出来た。
最近では、"満成という陰陽生は、秀でた才能がある"と噂されるようになった。
陰陽を司る者として優秀さを周りに知らしめ、俺の陰口は程度の低いものから称賛に変わっていった。それでも、周りの人間は以前と変わらず俺に話しかけてくることは無かった。
そのおかげで、俺は入寮式から何事もなく平穏に過ごせている。
すべて、常に隣にいてくれる賀茂
二十前半で得業生を与えられればかなりの第一人者と言われるくらいだ。忠栄は親のコネがあったとしても、ここまで早くのし上がれるほど、他とは器量が違い素晴らしいのだろう。
そんな彼のおかげもあって、密かに楽しみにしていた兄弟子関係などのBL鑑賞が出来ている。
多くは同じ家の者と行動するのだが、あの二人は絶対に近い未来下剋上か、年下襲い攻めになるぞ!
早朝、食堂へと向かう二十代半ばの二人の男がいた。
彼らは俺の視線に気づかず、いや、気づいているのかもしれないが、あえて俺に近づかないよう避けているようにも見える。ただ、それはこちらにとってとても好都合であった。
あの安倍家の者は、安倍家の中では珍しい真面目っぷりで、そんな彼を兄様と呼ぶ賀茂家の純朴そうな年下男子は、さすが賀茂家の血と恐れるほどあの手この手を使って彼からの信頼を得ている!
あの年下男子やるな、と俺は常に目を光らせている。
それに、昨日は賀茂家の者は家の会合のため帰省していたから、帰ってくるのが遅かった。
玄関先に、何度も弟弟子の帰りを待つ兄弟子の姿を部屋から覗き見れるなんて、……さいこう。
俺はゲーム上登場していないcpを、作って勝手に推し始めていた。
しかし、そんな俺もこれだけは毎日欠かさず行っている。
「
「……満成か、起きているよ。部屋に入りなさい」
それは、朝一番に兄弟子である忠栄に挨拶をすること。
入寮が遅いため名前呼びを願ったら、押しに負けてくれたようで受け入れてくれ、今では年上扱いをされなくなった。
隣の部屋で過ごしているため、薄い壁の向こう側で人が出入りしたりすればすぐにその存在を把握できる。この端の二部屋は俺らだけの空間の様でもあった。
そう、たしかに。二人だけの空間という言い方はあっている───が、しかし!
この人、はっきり言って自分のことに無頓着すぎる!
障子を開けた部屋の中には、まだ布団から上半身を起こしただけの忠栄がいて、起きているよと言いながら、衣は首から腹にかけてはだけており、白い肌が羞恥心なく露出し、烏帽子も明後日の方向に飛んで落ちている。
なんで!?
いつもは他の学生と博士と貴族の前では偉い真面目な人なのに、主人公の前でもそんな姿見せなかったよね? いつもピシッと狩衣を着て、烏帽子も萎れてなかったよね? あ、なんか卑猥。違う違う。
言いたいのは、この人初日とたいそう見違えるほどダメ人間なんだが!
攻略対象のときの姿とはまったく違う彼の姿を見続け、俺は彼が姫ならそんな姫の女房化していた。
まずこの、"起きているよ"は"今起きた"であって、"部屋に入りなさい"は"身支度するの手伝って"、に等しいのだ。
……うん、やっぱり。天才はネジが外れているというが、この人の場合生活力が欠けているな。安部の奴、これを知りつつ面白がって俺を傍に置かせたんだろうな。
「満成、私の烏帽子は?」
「はあ、今渡しますよ。それよりも先に衣を整えて、こっち着てください」
新しいのか古いのか分からない投げ出されている狩衣から綺麗な方を選んで渡し、烏帽子を拾って皺を伸ばす。
「はい。あー待ってください。先に髪結いますよ。それとこれで顔を拭っててください」
渡した烏帽子をそのまま被ろうとしていた忠栄の細い腕を掴み、烏帽子の代わりに濡れたてぬぐいを渡した。
「ん……いつもありがとう」
う"ッ……顔面が強すぎる。
そう言って、ふやけたような笑い方をする彼に毎度何も言えずにいた。
俺は忠栄の背後に周り、扇を閉じると、ぼーっとしている彼の髪の毛に櫛を通す。
すでに慣れた手つきで髪を結いあげる。真っ黒な細い髪の毛は梳きやすく柔らかくもあって密かにこの日課が楽しみであったりもする。
彼の細い腰まである髪の毛は癖がつきやすく、手の形によく馴染むので、自分の思い通りに扱うことが出来る。
「はい、烏帽子を被ったら終わりですよ」
「うん。完璧ですね」
「はい! いつもの完璧な忠栄兄様です!」
「ははは、満成がいないと完璧でなくなっちゃいますね」
「俺が居なくても今までも完璧だったでしょう」
「いえいえ、君が手伝ってくれてから周りの評判が以前より数倍上がっているんです」
照れていることに気づかれないよう、仕舞った扇を開きなおし顔を隠す。
急に褒めるから質が悪い……。
そうだ、と言って忠栄は机の上においてあった漆塗りの箱を持った。
「満成の好きな菓子を沢山もって帰ってきましたよ」
「……蜜柑*はありますか?」
「ふふ、干し蜜柑も棗も、唐果物もありますよ」
それじゃあ、後で蜜柑を使ってジャムを作るか!
この世界に来て初めての頃は、こういったお菓子を食べて味の薄さに驚いた。小麦を油で揚げたものだからしょうがない。
それよりも、普段は果実を乾燥させたものを食べているから、久しぶりの唐果物をめっちゃ食べたい。
ジャムをつけて食べるとそれなりに美味しいからな。
「あとで、蜜柑のあまづら*を作るので、それは残しておきます」
「じゃあ後で厨に行こうか」
俺が頷くと忠栄は箱を開け、なかから棗を一つ指に挟み、棗を顔の前に近づけてきた。扇を持っている手を握りしめた。
こ、これは、あーんなのか!?
こんな美男子にしてもらって俺は死ぬんじゃないか!?
「ほら、これなら食べてもいいでしょう?」
さすがに心臓が保たないので、忠栄の指から棗を取ろうとすると、その手は彼に止められた。
「ただし、一つお願いがあります」
「……なんでしょうか?」
「私しかいないのだから扇を下げて」
そんな簡単な事をお菓子を使ってまで頼むことか?
疑問に思いつつ扇を下げようとした。
一度顔を見られているんだ、二度も三度も変わらない。
しかし、腕は扇を下げることをしなかった。
俺の意思とは正反対に、扇に操られるまま顔から離すことが出来なかった。
な! なんで!?
眉間に皺を寄せる俺に対し、忠栄の顔は猫のように獲物を見つけた目をし続けている。
忠栄は俺の異変に何も気づいていないようだ。
俺は扇を睨みつける。
なるほど、忠栄も何も感じないようだな。
こんなことをするのは白狐だな。まったく、どこから見てるんだ。
俺は小さく溜息をついた。
忠栄は不思議な顔をして、白く細い指に挟んだ棗を扇の前で揺らしている。
どうしようか迷っていると、外の方から誰かが走ってくる足音がした。
俺は何事かと戸の方へと振り向いた。
「賀茂忠栄得業生、お知らせがあります!」
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