第22話−陰陽得業生への依頼

来訪に忠栄は不満そうに答える。


「……入りなさい」


「失礼します! おはようございます、賀茂和紀かづのり学生です」


外の者はそんなことなど気にせず戸を開け挨拶をする。

戸を開けた賀茂家特有の雰囲気を持つ青年は、今朝俺がBL鑑賞をしていた対象の片方であった。


年下攻め下剋上の子じゃないか!


和紀は、俺がジロジロ見ている事に気に食わなかったのか、俺に向かって眉を顰めた。

その後、真面目な表情に変え、綺麗に整えられた姿で座っている忠栄の方を見る。

和紀は、忠栄の視線に合わせようと簀子の上に膝を付ける。


俺嫌われてるなあ、ハハハ

俺がこの部屋にいるのが気に食わないんだろう。


忠栄が口を開かないため、俺が代わりに応えた。


出来るだけ突き放すことはしないように、目に笑みを浮かべながら。


「何事ですか」


「……」


和紀は俺の存在を無視するように、返事をしなかった。


おお、生意気だけど、ツンデレ受け君の横に並ぶには裏表があって良いキャラだ。


「……あなた、満成が言った言葉が聞こえないのですか?」


忠栄の冷たい声を聞いて背に汗を浮かべる。

きっと、和紀もそうだろう。


俺は扇で顔半分隠しているおかげもあって、驚いた顔を晒す事は無かったが、目をひん剥かせたのだけは隠すことが出来なかった。

忠栄は叱責を含んだ視線を和紀に向けている。


美人が怒るとめっちゃ怖い。


忠栄の厳しい表情と視線と言葉と、全てを受け和紀は顔を強張らせた。

彼は苛立ちげを隠そうとはせず俺の方へ身体を向けた。


「得業生に御用があって貴方には用がないので、返事をしませんでした」


「そうですね、こちらも生意気に兄様と貴方の間に介入するなど、御気分を害してしまい申し訳ない」


彼のふてぶてしさが可愛らしく思い、扇の下でニヤつくのを隠しながら和紀に謝罪した。


いい性格してるな。そうそう、甘えるのは君の兄様にだけでいいぞ~!


すると、忠栄は自分の前で俺に失礼な態度を取った和紀が謝罪するのではなく、俺が謝罪していることに不満を抱いたようで、和紀に向かって呆れたように言った。


「……他に言うことはないのか? 失礼なのはどちらですか」


兄様~、なぜ、そんなに彼に謝らせたいんですか!


不穏な空気が未だ蔓延る空間の中、和紀は気にせずそのまま横柄な態度でいる。


彼も彼でなんでこんなに兄様の前で堂々出来るんだ!

メンタル強すぎる!


和紀は怒気を含ませた声で話す。


「……それと、寮生活の中であまり僕の、安倍の兄様の事をその様な不純な目で見ないで頂きたい。あの方は清廉潔白な純粋な御方ですから、品行が悪い満成殿が慕うような事が出来る相手ではありません。それに、得業生の御方など本来貴方のような人が関われるような御方では、」


バンッ


息継ぎをしていない彼の説教を止めたのは、忠栄だった。

横にある机を細長い指の白い手が大きく叩いた音だった。

その音に驚いた俺と和紀は、普段温和な忠栄が、机を手で叩くなど本人なのか疑いそうになった。


俺は忠栄の掌を心配して、声を掛けようとしたが、先に口を開いたのは忠栄だった。


「ほお、色ごとにうつうを抜かすとは、ねえ満成」


「ち、違います! そ、そんなことより和紀殿、用件は? 急ぎの用じゃないのですか?」


「あ、ああ 得業生に藤原実敏さねとし様から御依頼がありました!」


「実敏様ですか。……満成、後で詳しく聞きますからね」


忠栄は目が笑っていない恐ろしい笑みを浮かべて、そう言うと、和紀の話を先に聞くことにしたようで、続きを促した。


別に慕ってないぞ!

和紀の勘違いのせいでこんなことに……、忠栄になんて弁明すればいいんだ!


そんな嘆きを心のなかに一旦留め、和紀の話を聞く。


「正二位藤原実敏さねとし左大臣より、すぐ屋敷に来るようにとの事です」


「何事ですか?」


「それが、左大臣の使者が来ただけで詳しい内容は屋敷にて、だけ言って戻られました」


「そうかい、分かったよ」


「兄様、俺は座学の準備を、」


席を立とうとしたら、忠栄の声によって止められた。


「満成も行きますよ」


「え?」


「え?」


仲良く俺と和紀の声が重なった。

すぐに和紀の焦る声が俺の声を遮った。


「どういう、」


「なぜですか!? 賀茂家のものでも無く、学生の身分の彼をなぜ連れて行くのですか!?」


「後学のためですよ」


「ですが!」


キッと音が立ちそうなほど、俺を鋭く睨む和紀。


俺が行きたいと言ったわけではないのだけれど、どうすっかなあ、これ。


「あのぉ、俺も付いていきたい気持ちはあるのですが、博士が」


「陰陽博士になら、話をつけときますよ」


「ですが、」


俺の負担が多いんだが!

陰陽博士の嫌味が聞こえてくる。


なぜかというと俺は、一度目の座学から教師のような立場の陰陽博士とはあまり良くいってなかった。


というのも、ある学生と陰陽博士が俺を陥れようと躍起になって、数々の嫌がらせをしてきたのだ。


ある日、授業の一環で場所が変わっていたことを知らず、その学生から言い渡された場所に行っても、人ひとりおらず、まったく別の場所で授業が行われていた。


また別の日では、自身の式の召喚を間違えて教えられ、嫌味を言われそうになった。彼らの企みが成功しなかったのは、式の召喚などとうに終え、双葉をなんなく使役したからだった。


他にも呪や鬼、妖など吉凶に関わる分野までのことで、陰陽師として知っていて当たり前だが学生には難易度がわりと高い質問をされた。白狐の屋敷で陰陽道の書を読んでいたおかげで陰陽寮で最良の答えを、博士から問われるごとに全て答えていた。


すでに頭の中に知識として蓄えられている内容の授業や掃除など地味な嫌がらせを毎日課してくるのだ。俺が質問に対して全て答えた時のあいつらの顔は見物だったがな。


ただそんなことがあったから、あまり彼らを刺激しないようにと成績に関わること以外で関わらないようにしているのだが……。座学を欠席するなんて、後でどんな罰があるか。


「あと、これまでの陰陽博士の行動は今後慎むように釘を指しておきます」


え! まじで!? 兄様大好きです!

ありがとうございます!

……ん? ちょっと待てよ、じゃあなんで今までの博士の嫌がらせは無視していたのですか?


「……後学ですよ」


なんでも、後学、で済ませないでください!

てか、さっきから俺の考えは筒抜けなの?


「顔に出ています」


……俺、顔は扇子で隠してるから目ぐらしいしか見えないと思うんだが。


「あなたの綺麗な目が全てを訴えてきているんですよ」


「……」


忠栄は笑みを浮かべながら俺を見つめてくるので、恥ずかしくなって扇子で顔を全て隠す。


やっば、顔で殺されるかと思った。


「……得業生? おのれ、蘆屋め忠栄得業生を妖術で惑わしたのか!」


そう言って和紀は俺を今度は呪ってきそうな勢いで睨みつけてくる。


こっわ! なんでこんなにこいつはこんなに俺を毛嫌ってんだよ?


「……ん? 妖術?」


和紀の言った言葉に忠栄が溜息をついた音が聞こえた。


「兄様?」


「なんでもないですよ、さっさと朝餉を済ませて左大臣の元へ行きましょう」


「部屋へお運びしましょうか?」


話に置いてけぼりの俺を無視して、発端の和紀は忠栄の世話をしようとしている。


「いいですよ、満成と行きますからあなたは戻って構いませんよ」


「その、……左大臣様の件に僕もご同行しても良いでしょうか?」


俺を見てから和紀は言った。


何を疑ってんだ! こいつの妄想癖はなかなかだな!


「……構いませんよ、満成のことと一緒に伝えておきます」


「ありがとうございます!」


こうして、俺は疑問を片付けられないまま、陰陽得業生の忠善と同じ陰陽生の和紀とともに左大臣の屋敷へと向かうことになった。



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