第28話−再び左大臣邸へ
三日後、左大臣から早い返事があり屋敷へと向かった。
通された部屋には、雅峰がすでに到着していたようで、俺と忠栄は彼に挨拶をする。
雅峰は庭で初めて会ったあの時よりも、人を見る顔の表情が明るくなったような気がした。
忠栄は俺の方を見ると頷いた。
俺も同調するように頷く。
忠栄は怯むことなく雅峰に話しかけた。
「東宮様、申し訳ありませんが、少しの間私たちは先日の呪の件を左大臣様にお伝えしますゆえ」
「……左大臣殿、私が聞いていても問題ないか?」
雅峰は眉を八の字にして、上目遣い気味な目で左大臣に尋ねた。
俺は美少年である雅峰のそんな顔を見て絆されそうになった。
左大臣は焦ったように、とんでもございません! 東宮様がお決めになされた通りにしましょうと言う。
……左大臣、雅峰が大事なら甘やかすだけじゃなくて、厳しく躾けろよ。
忠栄は人のいい笑みを浮かべているが、どうしましょうかと内心困っている様子だった。
それもそうだ、これから話すのは東宮という立場の雅峰に関することも含まれている。
この話を聞いたことで、雅峰が宮で立場が悪くなるような行動を取ったら、それこそ早々に相手が望む結果になってしまう。
こうなったら、少し怖がらせるか?
「東宮様、これから左大臣様にお話することは、それはもう恐ろしいことであります。……人非ざるモノ、欲に溺れた物ノ怪が───」
「ヒィ 忠栄殿! 彼の話は真実ですか!?」
え? ……なぜ、あなたが驚いている、左大臣。
左大臣は、忠栄の狩衣の肩あたりに濃い皺を寄せるほど強く握っていた。
忠栄は、落ち着いてくださいと左大臣を宥めている。
「構わん」
この状況に似つかわしくない、堂々とした声で雅峰は言った。
「左大臣のことだ、もとより、そのような怪しい話だと理解している。……むしろ、その物ノ怪とやらを切ってやるぞ」
「……」
シン、となる部屋で、おそらく皆が雅峰から目を離せられなかっただろう。
雅峰の眼つきは静寂を纏っているくせに奥では血の気が騒いでいるようだった。
ハハ、こいつならヤりかねない。
この雅峰という男はシナリオで、宮の行事の際に現れた妖や怨霊、鬼などを陰陽師の力なくして太刀を使って得意な剣術で斬りつけて消滅させていった。
笑えないぐらいには恐ろしすぎる男だ。
話の方向性を間違えたな。
忠栄にごめ~んと目線を送る。
どうやら呆れたらしく、顔を隠して小さくため息をしたようだった。
「解りました」
忠栄は姿勢を整え、それではと合図をしてから、話をし始めた。
先日の不思議な実の祓いが完全に終わったこと、俺が祓った邪気を持つ霊石を今後陰陽寮に移すことを話していた。
「それと、今からお話することは、陰陽寮の者としてではありません、左大臣様が危惧していることが起こりそうな考えが私達の頭に過りまして、お伝えしようと思っていることです」
「ふむ、忠栄殿、満成殿、誠に有り難い。して、その内容は?」
「はい、それは───」
忠栄はそう言って、俺の考えを伝えた通りに話した。
「左大臣様の邸内を歩き回っていた武家の者に満成が話しかけられたようでして、その男は露影と名乗ったそうです」
「露影?」
「ご存知ありませんか?」
「うぅむ、その名の者は聞いたことがないな。平家の武士を雇っているから、名はすべて把握している」
「そうですか」
俺は左大臣が知らないという男を問い詰めなかったことを詫た。
「勝手な判断で怪しい人物を見過ごしてしまい、申し訳ありません」
「いや、初めて訪れた家の者かどうかなど分かるまい、気にしなくてよい」
「それと、その露影という者は満成が祓った霊石に興味を示していたそうです」
「あの石か……」
「はい、仮にその者が呪をかけた術者であったとするならば、実敏左大臣様の失脚を狙う右大臣様の勢力の者である可能性が高いです」
「ああ、だが、そんな術者をどこで」
「それは、私達も分かりません。しかし、この件についてどうもそれだけでは無いようです」
「何? 私以外に何をし、よう、と」
左大臣は、恐ろしい事に気づいたように、顔を真っ青にし雅峰の方を向いた。
目線の先にいる雅峰は目を閉じ、落ち着いた様子を見せているが、彼の力強く握られた拳が震えているのが目に入った。
自分を大切にしてくれている左大臣だけでなく、自分までもその謀略のうちに組み込まれているかもしれないということに憤りを感じているのだろう。
ただ、この話はあくまで俺の考えだ。
もしかしたら、考えすぎているのかもしれないが、右大臣の動きを見てみないことには真偽を知ることが出来ない。事前に伝え、右大臣に隙を見せないように行動してもらうしかない。
忠栄は彼らの様子を見ながら、言葉に注意して話を続ける。
「そこで、東宮様には左大臣様の身に何か起きたとしても、右大臣様を問い詰めるような事はしないようにしてください」
「なん、だと?」
「申し訳ありません、東宮様が左大臣様を大切になされているのは分かります。しかし、だからこそ大切にするあまり、周りの状況に目を曇らせてはならないのです」
忠栄が言っていることは、雅峰自身が東宮という立場の重責を意識することになるだろう。
「解った」
「ありがとうございます」
俺は雅峰に少しでも安心して過ごして貰えるようにと思い、俺達の決意を伝えた。
「東宮様、俺と忠栄得業生様は決して東宮様を裏切る事はいたしません。いかなる手段を右大臣様が取られようと左大臣様の御身を必ずお護りいたします」
雅峰の瞳が少しだけ揺れた気がした。
俺の力を信じてくれるかどうかは置いといて、少しでも彼の気持ちに余裕が出来てくれればそれでいい。
シナリオ通りであれば近い未来起きるかもしれない東宮の臣籍降下、よくよく考えてみれば悪役の満成が少しでも関わっていたかもしれない。
橘家滅亡により不吉な東宮となってしまった雅峰。
雅峰が陥れられず、本来帝となる未来になるかもしれない。
ここまで来たら、雅峰も左大臣も、右大臣の思い通りにさせてやるつもりはない。
話に一旦区切りをつけて、忠栄は左大臣とこれからのことについて話をするようだった。
俺もその話に混ざるだろうと思っていたが、雅峰を気遣ってか左大臣が提案した。
「満成殿、よければ東宮様と庭を見物に行かれてはどうですか?」
その言葉を聞いて雅峰は頷く。
雅峰の顔に浮かぶ憂慮の影を少しでも和らげたいと思い承諾した。
これ以上のことはこの世界に詳しい忠栄に任せておけば問題ない。
俺は雅峰と部屋を出て庭に向かった。
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