第27話−右大臣の怪しい動き

牛車の中で不機嫌な面持ちを浮かべている忠栄。これでもかという深いため息をついた。


「……満成、東宮様と何を話されていたのですか」


「えっと、」


「東宮様だと知らなかったでしょう?」


「はい、その左大臣様のお屋敷で何をしているのかを尋ねました。それだけです」


「それだけですか? 東宮様はここ最近、皇后様からも貴族からも距離を置かれていました。それなのにあなたにはよく懐いているような印象を受けました」


細心の注意を払っていても忠栄には気づかれていたようだ。多分、左大臣も少し感づいているだろう。

だから、あんな強引に約束を取り付けて雅峰のそばに俺を置かせようとしたのだろう。


「俺も、よくわからないのです。しかし、俺にも東宮様と同じ年頃の弟がいます。弟のように接したからかもしれません」


少し嘘だけど、こう言っておけば納得してくれるだろう。


「……そうでしたか」


忠栄は雅峰の境遇を左大臣から聞いているだろう。だから、簡単に納得してくれたようだった。


「今回は東宮様の寛大な御心でお許し頂けたので良かったですが、あまりひとりで行動して心配させないでください」


「すみません」


「私はあなたが大人しく部屋で待ってくれてると思って早めに戻ろうとしてたんですよ」


「すみません」


「それに、ひとりで邪気を持つ霊石に挑んだりしないでください。本当に心臓が止まるかと思いました」


「申し訳ございません」


あれ? 俺、左大臣の屋敷で問題起こしすぎてない?


でも、優しい忠栄は俺の行動に注意はしても、邪険に扱わないでくれてるから本当にこの人がいてくれて良かったと思う。


暫くして、陰陽寮の宿舎に着き、部屋に戻った。

自室に戻る際に、忠栄から荷物を置いたあと部屋に来るように呼ばれた。


声を掛け部屋に入ると、#茵__しとね__#の上に座り、机に向って筆を持っていた。


「どうかしましたか?」


「実敏左大臣様がおっしゃていたように日を改めてお屋敷に伺うことになるので、あなたの座学をどうしようかと思いましてね」


「なるほど」


「それで、近いうちに陰陽博士として官位を賜ることになりましたので、満成の教育は私がすることにしました」


「え?」


ちょっとまって、頭が追いつかない。

陰陽博士? 忠栄が? 俺の先生になるの?


忠栄は有無を言わせまいと怖い笑顔で圧をかけてくる。

目を離せず、額に汗を滲ませた。


「これで、あなたを肌見放さず近くに置いておけますね。つねに私の側にいてくださいね、満成」


「は、はい……」


俺、人として扱われてるのか? 式神のように扱われてない? 肌見放さずってなに!?


忠栄は何かを書き留めていた手紙を折り鶴にすると外に飛ばして言った。


「これでよし」


「兄様、どこに飛ばしたのですか?」


「父上のところにですよ」


父上……って陰陽寮統一者の陰陽頭じゃないか!?

てことは、


「さっきのには、満成が了承してくれましたよ~って事を書いたのです。この刻ならば安倍様も御一緒におられますね」


やっぱりそうか。てか、安倍のやつもいるのか。

手紙を見てさぞ、大笑いしてるんだろうな。

ハハ、このことは諦めよう。特にこれからのことに支障もないしな。


「それとですね、次、左大臣様のお屋敷にお伺いするまえに、あなたに伝えて置かなければならないことがあります」


左大臣の気分を落ち着かせるために二人が別の部屋に移動したときの話らしい。

権力争いの話を聞いて気分が悪くなった俺に気を使って忠栄に伝えたのだそうだ。

ついでに、宮廷陰陽師として出仕する以上、こういったことに慣れて置かなければならない、と忠栄に優しく注意された後、話は戻った。


「今からお話するのは、左大臣様の政敵でおられる右大臣様についでです」


右大臣、か。ゲームの中でも右大臣の名前はよく登場したな。

左大臣の政敵であり、邪道もためらわぬ右大臣。

そのため、悪役陰陽法師だった満成が嘉子の次に目を付けたのだった。


「従二位藤原道則右大臣様はあまり良い噂を聞かないため、近寄ることのないようにしてくださいね」


「はい」


「左大臣が懸念しているのは、最近の右大臣の動きが怪しいということでした」


「というと?」


「今回の左大臣のお屋敷で起きた件についても、関与しているとの事でして。満成が言っていた『作庭記』によると北の方角には四尺ほどの石を置いていなかったにもかかわらず、小石だったものが日に日にあそこまで大きくなってしまったそうです」


「そんな、ですが、あの石にはかすかに呪のようなものが混じっていました」


「恐らく、呪をかけた石を何者かが左大臣のお屋敷の中に侵入し置いたのでしょう」


「誰がそんなことを」


「見つけることは容易いでしょう」


「そうなのですか?」


「はい、左大臣ほどの慎重なお方です、お屋敷の中に入ることが出来るのは下人、武士か左大臣様がお呼びした貴族だけで、彼らの名簿をつけていることでしょう」


その言葉を聞いて、俺はある男を思い出した。

不穏な言葉を呟いて、左大臣の邸内を自由に歩き回っていた露影という男。

彼が、もたらした災いなのか、だとしてもなぜ左大臣の屋敷を? 右大臣が仕向けた者だったとしたら、実敏左大臣の失脚を狙っているのだろう。


しかし、本当に左大臣を失脚させるだけだろうか?


その考えが過ぎったのには、今回左大臣の屋敷に行ったことで新たに得た情報があったからだ。


東宮の雅峰が屋敷に来ていたという事実。


恐ろしいことだが考えられるのは、皇后とも貴族とも交流をしていない東宮の雅峰が唯一交流している左大臣の屋敷で何か災いが起きれば、近い未来起きるはずの東宮の臣籍降下が必ず行われることになるだろう。


右大臣にとったら一石二鳥以上だ。


そして、今は元服前の第二皇子が東宮となり、帝へと担ぎ上げれば自分の娘を入内させ、正室となり国母となった娘と権力を得ることができる。


「ああ、なんてことだ」


「どうかしましたか?」


「忠栄兄様、日取りは早めにしましょう」


「あなたがそう言うのでしたら、左大臣には近々伺うことを伝えますね」


渋々といった口調で忠栄が了承してくれた。

早めに彼らに会わないと、大変なことになる前に。














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