第26話−攻略対象 源雅峰
部屋から出ると左大臣は別の部屋に行ったようで、廊下や庭の方には誰もいなかった。先ほどまでは騒がしくなった邸内だったが、今は下人らが慌ただしくして玄関のほうに向っていった。
何かあったのか??
俺はそれに気を取られていたが、庭の方からガサガサと植木が揺れる音が聞こえそちらの方に視線を移した。
なん、だっ!?
見て分かるぐらい揺れているその植木から突如顔が生えた。
俺は驚いて扇を持っていた手を放してしまった。
綺麗な顔をしている少年と青年の間のような雰囲気のその顔は俺に気がついて目を見開いた。
「ま、まさか」
よく注意してその顔を見てみるとどしたものか、『恋歌物語』の攻略対象である、源#雅峰__まさみね__#の顔が生えていたのだ。
なんで、どうして、え、てかめっちゃ見てくんじゃん。
雅峰は大きな目をこちらに向けて視線を外そうとしない。
しかし、よく見てみるとその顔はゲームで見た雅峰よりもいくらか幼いと感じた。
ああ、今は主人公が転生するより前だ。
植木から出てきた雅峰は、以前忠栄に聞いた話だと二、三年前に元服されたというのに、まだ、少年のように幼い姿をしていた。
十才くらいにしか見えないな。
ただ、しっかりと育ちの良さを醸し出した精悍とした顔つきは年相応に見える美男子だ。
俺は扇を拾い広げずそのまま手に持ち、彼に近づこうと沓を履き、庭に歩みを進める。
俺が自分に近づいてくると気づいた様子の雅峰は恐怖に怯えた顔をした。
焦りを含ませた決して高くない声で言った。
「近づくな!」
「危害を加える気は、」
「違うんだ、おれに近づくと災いが、あなたの身に災いが起きるから」
そう自分で言って、哀しそうな顔を浮かべてから俯いてしまった。
「ハッ、近づくだけで俺に災いが降りかかるのか」
「……真なんだ」
「ふうん、だがな俺にはそんなこと起こらん」
「だけど、おれに関わる者は、みな……姉上も、嘉子殿も」
雅峰は肩を震わせながら最後の方は力なく呟いた。
ああ、雅峰、君はこんなに幼い身体でそんな重い宿命を背負ってしまっているのか。
この後に起こる未来は予想できる。
いや、結果そうなってしまうのかどうは分からないが。
第一皇子として後ろ盾もしっかりとしているにも関わらず、この子の身に起きた様々な事が理由で臣籍降下され源氏を給わることになるのだ。
雅峰は刀と弓が得意だったため、武家として力を持つ平家の武将のもとで技を磨き、元皇子として雅事には長け、さらに武術を身に着けた公家の一員として政治的面で主人公を助けることになる。
主人公は、嘉子の体に転生したため、雅峰の現在である過去を慰める事が出来る唯一の人なのだ。
俺は雅峰に近づく歩を止めた。その動きに気付いて顔をあげた雅峰に向かって出来るだけ優しく微笑んだ。
雅峰は硬直しているようだった。
怯えているようだし、もう少し後ろに下がるか? いや、ここで後ろに下がったら雅峰が傷つかないかこっちが不安だ。
俺は不安がらせないようにと頭で考えていたが、いい案が頭に浮かばず、笑顔を引きつらせた。
すると、雅峰は少し期待を込めた表情で、両手を握りながら小さい声で言った。
「ま、真に、あなたのそばに寄っても大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」
やっぱり、雅峰は人が恋しかったんだ。
内親王である姉は目を醒まさず、正式な婚姻関係があり正室となるはずだった橘嘉子は橘家滅亡に巻き込まれ死体さえ見つからず、きっと宮でも彼の不幸を噂して肩身の狭い思いをしているのだろう。
雅峰はゆっくりと足を動かして近寄ってきてくれた。そんな彼の身長は十代中頃だというのに平均より背が低かった。それは心の不安からくるものなのか、どうかは分からないが少し同情してしまった。しかし、彼は普段あまり人に近寄らないせいか距離感覚が鈍っているようで、そのまま俺の狩衣をギュッと握った。
この時代であれば、元服すれば一人前の大人として扱われるが、俺にとったら思春期真っ只中の中学生くらいの美少年がなついてくれたような、くすぐったい気持ちになった。
はあ、可愛すぎないか? 待って、なにこの天使。
「すまない、久しくこんなに、その、近づいたことがないから、感慨深くて」
「……気にするな」
「その、遅くなってしまったが俺は……」
「東宮様!!」
そう雅峰が声を発するより先に実敏左大臣の声が聞こえた。
俺はすぐに扇を顔の前に広げた。
「左大臣殿」
左大臣の焦る声と顔が廊下の方から見えた。後ろには顔を青くする忠栄もいた。
どうやら、左大臣の邸宅に東宮の雅峰が来て早々に姿が見えず邸宅内にいた人達で捜していたのだろう。
問題を起こした雅峰は彼とは正反対に落ち着いた様子だ。
そういえば、雅峰はどうしてここに居たんだ?
「すまない、だがいつも俺が来る時は人を寄せ付けないでくれと頼んでいるだろう」
「そうですが、本日は陰陽寮の方々がお越しになっていたので、私が案内することが出来ず、数人だけ案内に向かわせたのです」
「おん、みょう寮」
そう言って、雅峰はバッと勢いをつけて俺を見る。
その目には期待なのか、諦めなのか対極的な色が浮かんでいた。
「東宮様に御挨拶申し上げます、陰陽寮陰陽生の蘆屋満成と申します」
忠栄は雅峰と面識が合ったようで挨拶をしようとしたのを制止する。それを受けた忠栄は軽く挨拶をするだけにしたようだ。
「あなたは満成殿と言うのですね」
「はい」
「あの、」
「田舎者ゆえ都の事情に詳しくなく、先程の御無礼な態度をお赦しくださいませ」
地に膝をつこうとしたとき、俺の腕を掴んだ雅峰によって止められた。
「……構わない」
そう言って俺の腕から手を離す。
一変した俺の態度に大きな瞳が寂しそうに揺れたのが見えた。
すまん、ただ左大臣が来たことで邸宅内の下人の目が光るこの状況では親しさを見せてはならない。
どうやら俺は、都で"妖"だと思われているからな。
雅峰の周りで変な噂が立てば、ますます雅峰の立場が悪くなってしまう。主人公が現れることのないこの世界では、それだけは回避しなければならない。
「お、……私は現帝の第一皇子 雅峰だ」
雅峰の立ち振舞いは皇族らしく、堂々としていた。
「満成殿は、左大臣の屋敷によく来るのか?」
「いえ、本日は、」
「はい! 東宮様、最近雲行きが怪しくなってきましたので、この屋敷の護りを強固にして頂こうと陰陽寮の忠栄殿と満成殿に依頼したところ今後も様子を見に来て頂けることになりました」
言葉を続けようとした口は左大臣の言葉で閉じられた。しかし、驚愕だったのは聞いたこともない依頼の件が勝手に受け持っていることだ。横を見ると忠栄も驚いている。
しかし、雅峰の硬い表情が解けたように見えたから、良いかと思えた。しかし、忠栄の顔は少し引き攣って見えた。
何か都合が悪いのだろうか?
忠栄は隣にいた俺にしか聞こえなぐらいの声で不満(?)を募らせていたが、俺は聞こえないふりをした。
「あなたはまた、はあ、私はどうすれば」
忠栄と俺は雅峰と左大臣に陰陽寮に戻るため挨拶をした。すると忠栄は俺の腕をしっかりと掴みながら玄関の方へ向かった。
振り向いた先に見た雅峰はこちらを睨んでいるようだった。その瞳に背筋が寒くなる。しかし、俺と目が合うと少しばかりの笑みを浮かべた。
その笑みはまるで笑うことが苦手なのに精一杯の笑みを浮かべようとしているようだった。
笑うことに慣れる日が来ることを願おう。
それまでは、俺があの小さな皇子の精一杯の笑顔を守ろう。
忠栄が牛車を呼び、先に彼が中に乗り込む。中にいる忠栄によって、車の中に引き込まれるようにして俺も乗り込んだ。
どうやら、兄様はゴキゲンナナメみたいだ。
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