第15話-左大将と安倍陰陽師

羅城門を通ると、人で賑わった大内裏まで続く朱雀大路が簾から透けて見えた。

その広大な横幅は物売りに、武士、貴族の牛車で溢れている。

前世では見た事のない、学校の教科書に載っていた通りの果てしなく続く道。


さっきは、良佳のせいでちゃんと見ることが出来なかったが、羅城門もきっと素晴らしかったに違いない。


耳元でまだ良佳の声がするような気がした。

顔に熱が集まって消し去るように扇を振る。

そういえば、とその扇が夢の中で白狐が姿を変えた物であったことを思い出す。満成は意識をそこに集中しようとした。


そういえば、この扇は記憶のない白狐が別れる際にくれた物だったな。あの時はすぐに帰ってしまったが、返さなくて良かったのだろうか。


……さすがに、いきなり変化するとかないよな!? 


そんなことがあってはたまらないので、扇を顔から少し離した。しかし、その扇からは夢のように光る様子もなく、また妖力のような怪しい空気を感じることもなかった。

安心してまた顔に近づける。


すると、俺が乗っている輿に近づいてくる男がいた。

よく見ると、褐衣かちえ姿の男だ。

俺の従者は、男の話を聞くと輿に近付いて説明した。


「彼らは左大将様の使いの者らしいです。お屋敷までご案内するよう遣わされたと言っています」


ふん、ご丁寧な気遣いだ。


輿を運ぶ力者達は父が大内裏に出仕する際、度々左大将の屋敷に呼ばれるため道をよく知っているようだった。

しかし、左大将は立場的に見栄を気にしているようで、それなりに豪奢に飾り付けられた輿を俺のために寄越したらしい。


乗り換えていくしかないか。


「そうか、わかった」


従者がそれを男に伝えると、男は輿の方を向き丁重に礼をした。


「ありがとうございます」


移動する際、お付きの者全員に向かって言った。


「ここまで本当に助かった。ありがとう」


「は、はい!」


従者は驚いて顔を上げ、すぐに返事をし頭を下げた。

輿を乗り換えると俺の従者を後ろに引き連れ、左大将の屋敷へと向かう。

ここにくるまで内心、心配していた事が晴れた。


──果たして、左大将は条件を飲み込む気があるだろうか?


それは、この豪奢な輿でよくわかった。しかし、まだまだ可笑しなところがあり、不安は減らない。


何故、六年も俺を待ち続けていられたのだろうか。

ゲーム上の満成と今の自分がこうも違う理由はなんだ?


ああ、でも一つ言えるのは、俺が宮廷陰陽師になると父に言った時、左大将もそれを強く勧めていた。後ろ盾にもなると言ったのは私用に使える陰陽師がほしかったのか?

そしたら、奴の手駒として使われる身か。


日が傾き始めた頃、左大将の屋敷についた。

そこでは、やはり盛大に迎えいれられた。彼になぜか後ろから肩を捕まれ押されるように歩かされた。

案内されたのは、邸宅内にある庭の池に面した泉殿。

そこに、俺の予想をはるかに超えたその人はいた。

所有者の地位や財力を現した屋敷の庭をつまらなそうな顔で見ていた男に、"彼"を想起した。


……安倍善晴!?


少し距離を置いたところから見たその容姿は、『恋歌物語』に登場する攻略対象、安倍善晴にそっくりだった。


左大将は泉殿の方に声をかける。

彼は笑みを浮かべてこちらを向いた。

俺の姿を見て、やっとか、と言っているようだった。


近づくにつれよく分かる、彼の背筋が凍るような頬笑み。

それに自分の脈が激しく波打った。


いや違う。彼は、彼はまだ友成と同じ歳のはず。


纏まらない情報を集めている俺をよそに、左大将が彼を呼ぶ。


「安倍殿、こちらが蘆屋殿でございます」


背後で笹が重なる音がした。


「はじめまして、君が……蘆屋満成だね」


立烏帽子に白色の狩衣を着ている男は、そう爽やかな声で挨拶をする。


よく見ると、彼は善晴ではなかった。


その姿はまるで善晴にそっくりだったが、善晴よりも冷たい顔つきだった。


特に全てを視つめているような、その冷めた目が恐ろしかった。


おそらく、善晴の父だろう。


彼の目線が下にいく。それに気づいて確証した。


彼はきっと気づいたのだろう。


その目が見つめてくる扇を握る手に力が入る。


落ち着け……落ち着け。ここには多少なりとも人の目がある。さすがにこんなところで騒ぎを起こすわけがない。


彼の冷たい目を見据えて礼をする。


「お初にお目にかかります。播磨守蘆屋の満成と申します」


「私は陰陽師の安倍と申す」


「彼は陰陽師の中でも鬼才と呼ばれている、彼に陰陽寮の話を聞くといいだろう」



なんてことだ。こんなことが起こるなんて。

左大将め、どういうつもりだ!


左大将の背後で、睨みつける。

もちろん、扇で隠しながら。

すると、予想してなかった言葉を安倍が言った。


「蘆屋殿、私は君のことを知りたい。陰陽寮のこともあるのでね」


「……はい」


そう答えると、安倍は笑みを崩さないまま聞いてきた。


「そちらの扇はどこで?」


ヒイ。


冷や汗が止まらず、扇を握る手が震えた。


「……こちらは昔助けたから譲り受けたものです」


「ふうん。それを持った、そのは私も会ったことがある気がするな」


ぎゃー!! もう本当にやめてくれ!

もうむしろ直接聞いてくれたほうがストレスが減る!


しかし、ここには左大将がいる。彼の手前下手なことは言えない。


「そうなのですか? そのがいたのは播磨国の山でございます」


「おお! そうだった! 聞いてください安倍殿! 

貴方を送ったあの噂の女がいる山から蘆屋殿は戻られたばかりなんです! 使いから貴方が戻られた手紙を見たときは、それはそれは喜びました」


空気の読めない左大将は興奮気味に喋る。


左大将ナイス! 流石にもう心が持たない……


陰陽師の安倍、左大将と俺はそこから軽く雑談を始めて日が静まると食事を取った。

そろそろ締めに差し掛かったところ、左大将の顔に喜色が浮かんできた。


「疲れているだろう。今日はここを自分の家だと思って体を休めなさい」


「はい、ご厚意感謝します」


自分の身を滅ぼさないように今回は下手に出た。


こいつに関しては、ここが正念場だ。陰陽寮に入ってしまえば、召使いのように扱われようが関係ない。


「それでは、彼の顔も見れたし私はそろそろお暇しようか」


安倍が立ち上がると、左大将は待ってましたと言わんばかりに早々と切り上げようとしている。


きっと、白狐の件に関して、警告の意味で顔を見せにきたのだろう。

……てか、俺が白狐の髪の毛を切ったと知られたら、死ぬんじゃね? え、知らないよね? え?


そんな心配事をよそに安倍は笹の葉のように目を細め、近付いてきた。小さく耳元で囁いた。


「今夜は、お気を付けて」


死んだ。殺される。


顔から血の気が引く、かすかに震える。

安倍はそんな様子を面白がるかのようにクスクス笑って帰っていった。


その日、式神も寝静まった宵に、俺は安倍が言っていた“お気を付けて”の本当の意味を知ることになる。


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