第12話−悪役法師の叫び

悪役法師 満成は、ひと通り笑い終えると酒瓶の蓋をあけて口に含んだ。

今までは飲むためではなく、双葉達の火から引火させるための油として使っていた。しかし、その火となるものが陰陽師達に消されてから、過去の辛さを忘れるために飲むようになったのだろう。


音がしたのは、彼が持っていた籠を置いた音だったらしい。

彼は籠の中から水の入った瓶と山菜を取り出した。柿や棗といった木の実と山菜の種類から今の季節は秋であることが伺える。


満成は籠の底からを取り出した。

中で何がモゾモゾとうごめく膨れ上がった布袋。

それを持つと俺に近寄ってくる。

いや、正しくは俺のそばにある大きな壺である。


爪が割れた切り傷だらけの指で札を丁寧に剥がした。

壺の蓋を開けるとその中に持っていた布袋を放り込む。


ひぃ、きもい!


壺の中身が見えてしまった。

底の方に大きな黒い影が動いていた。その姿はムカデのようだった。

蛇が底に横たわっているのが見える。袋の中からゲジ、カエルなどが飛び出てきた。

そのムカデは追いかけながら食していく。


おえ。


その光景を避けきれず見てしまい吐きそうになった。

自身の顔から血の気が引いていくのがわかった。




満成はそれを満足そうに見ていて、蓋を閉めると元通りに札を貼った。


それから、横たわっている嘉子のそばに近寄り、水瓶のなかの水を顔にかける。嘉子が噎せながら目を覚ますと、彼女の小さな肩を蹴り上げた。


なっ! なんてことをするんだ!


なんとか、起き上がろうとする嘉子かこの体を支えようと駆け寄り、体に触れようとすると、その手は体を通り抜けてしまった。


あ……、そうか、これは夢だ。現実じゃない。


この洞窟が俺の夢の中だとしたら、彼らの体は、おそらく満成の記憶の映像なのだろう。


嘉子は痛みを感じているはずなのに、我慢するように眉に力を入れ、頭を床に付けた。


「私めを、……お、助けいた、だきありがとうございます」


「……」


満成は、嘉子のその態度が気に入らなかったのか、床についている頭を足で踏みつけた。


「やめろ!」


嘉子の顔は見えないが、頭が石の地面と満成の足に挟まれている痛みでうめき声をあげている。彼は頭からメリッと音がするほど足に力を入れた。


「もうやめてやれ! 彼女が何をしたっていうんだ!」


俺の声が彼らに届かないと知りながらも張り上げずにはいられなかったり


「助けた、だと?」


「……」


「このわしがか?」


「……はい」


満成は嘉子の消えそうな声で答えた返事を聞いて、さらに怒りをあらわにした。

足を離して、嘉子の髪の毛を強く掴むと壁に頭を打ち付けた。頭部が切れたらしく血が首を伝っている。今度は、彼女の苦痛に歪んだ顔が夕日に照らされた。


「勘違いをするな。わしはおぬしを助けたのではない」


「……ですが、」


「おぬしの家は、全て! 燃えた! おぬしの母も、父も、使用人までもがだ!」


嘉子は悔しそうな顔をして泣きそうになっている。


「助けたのではなく拾ったのだ。おぬしに帰る家などない。もはや、普通の人間として生きていけると思うなよ」


「な、何をなさるつもりですか!?」


「おぬしが知る必要はない。実験体なのだから、死ねばそれで終わりぞ」


満成は、嘉子の足と腕をそれぞれ縄でしばり、身動きが取れないよう縄の先に札を貼る。彼女の体は大の字になった。

そして、上の衣から切り裂き、まだ幼さゆえの柔らかさのある肌に刃先を立てる。


「なッ! おやめください!」


嘉子は泣き叫ぶように悲鳴を上げる。

満成は口元を布で隠していて表情が見えなかったが彼の目元は愉快そうに歪んでいた。


その様子を直視することが出来なかった。


目を圧迫するくらい力強く瞑る。

耳に手を当て、嘉子の叫び声を消そうと、喉が焼けるほど叫んだ。


なんで! なんでこんな酷いことが出来るんだ!


早く目を覚ませと直接脳に指令を出していると、頭の中で声がした。



──本当か? 今のおぬしはわしであるのに本当に意味が分からないのか?


その声は、目の前で幼い子供を拷問している満成のものだった。



ハッとして目を開けると、血に濡れた刃物を手にした満成がこちらを向いて立っていた。


息を乱れさせ、胸のシャツを皺になるほど掴む。


足に力が入らずしゃがんでしまった俺にゆっくりと近づく。

俺の髪の毛を掴むと刃物の先で頬を薄く切った。


「ぃや……、いやだ! やめてくれ!」


「ハッハッハッ! やめてくれ? それは、わしの台詞じゃ!」


「……え?」


「おぬし、わしの身体で何をしている? 家族を貶めた貴族に媚びへつらいやがって! ……しかも陰陽師の童まで助けただと? 胸クソ悪い!!」


彼の言葉の意味から現状がようやく分かった。


ここは、俺の夢なんかじゃない! 

ゲーム上進むはずだった本来の満成の魂に刻まれた記憶の中だ! 


転生したばかりの時、双葉火玉との会話のなかで満成の脈を感じた。それは、彼の魂がまだ完全に消滅しておらず、内に残っていたからであったのだ。


満成は、刃物を俺の太腿に突き刺した。その痛みは夢ではなく現実のように感じた。刃物周りの肉は麻痺しているかのように感覚がなかったが、刺されたところから燃えるような熱を感じる。


声にならない叫びをあげ息を荒らげた。


「痛いか?」


そう言いながら満成は愉しそうに、刃物で肉をぐちぐちと鳴らす。

上下左右にほじくり返されその度に悲鳴をあげる。

血の気ははじめから失せ、心臓の脈は激しく波打っている。


「わしはおぬしを殺さないと気が済まん……。

宮廷陰陽師になろうなどと、愚かなことを!

さらに、そのためにわしを崖から突き落としたあの童の父親に頼るだと!?」


満成が最後の言葉を発すると刃物を勢いよく抜いて、そのまま心臓に突き刺そうとした、その時──!


「……扇?」


俺を刃から守ったのは、白狐から贈られた銀砂子の扇だった。

扇は白く輝きを放っていた。

満成が持っていた刃物は手から弾かれ地面を跳ねながら離れていった。


その扇に触れると、扇はさらに白く輝きを放って人間の女の姿に変えた。よく知った姿だ。


「白狐!」


「……ケガはないか?」


白狐は俺の傷の具合を確認して懐から薬草を取り出すと、人差し指と薬指で挟んで念じた。すると、とろりとした白い液体に変化し、空いている手に垂らしてから、傷口に薬を塗ってくれた。みるみるうちに傷口は塞がり、深く刺された太股はスラックスに穴が開いているだけで傷跡さえ見当たらなかった。


「おのれ、白狐め!」


「ふん、おぬしの魂はもう足りぬ」


「……クソ!」


そう言った直後、満成の体が透けていった。


「気づいていただろう? それでもこの子に楯突く気か?」


満成は先程までの威勢を無くして、呆然としながら薄くなっていく自分の手を見つめた。体の輪郭が朧げになっていくと、満成は顔をあげて、俺を見た。


その顔から、無力になっていくことを感じすでに諦めたように感じた。もとから、短い時間しか残っていなかいことを理解していたようだ。


俺を見つめるその目には先ほどの憎しみの色はなく、哀しみと羨ましさを含んでいた。


白狐は満成を抱きしめた。満成の顔は驚いている。

俺も彼女の行動に驚いた。


……白狐、と自然に声が漏れた。


「大丈夫、おぬしは一人じゃない。双葉火玉の加護を受けている」


「あいつらは、消えたんじゃ……」


「彼らは消えたが、その思いはおぬしの魂に刻み込まれておる」


「そうか、それならどこにでも行ける」


満成は白狐に腕を回して、涙を流しながら俺に言った。


「覚えているか? 母上が生きていた頃わしの幼名を一度も呼ばなかったことを」


そう言われて記憶のなかに満成の幼い時の記憶が浮かんだ。しかし、それはもっと前からそこに存在しているようにも感じた。


「ああ、ちゃんと記憶にある」



***


蘆屋満成の母は貴族の娘だった。

母は武家上がりの将来有望な満成の父に嫁いだ。身分は低いが母は父を愛し、父もまた母を愛した。


しかし、母には多岐に渡る知識に対し盲目的に貪欲であったのだ。


父が酷く体調を崩し、都の屋敷に戻った時、母は蘆屋家の民間陰陽師の一人を利用し、陰陽道、呪術を学ぶようになる。

はじめは良かった。ただ、書を読んでいるだけだったから。

しだいに自分の知識欲のために自らの子まで使うようになった。満成がまだ五才にも満たずうちに寺院へ連れていき、生まれ持った頭の良さと整った顔立ちを僧に売って世話係にさせ、僧から受けた仏教の教えを一字一句覚え、母の前でその教えを暗唱させられた。


しばらく経つと満成は寺院で、地獄を味わうことになる。


寺院では、自分より倍の年頃の稚児がいた。

身分が低い家の子や売られた子はある部屋に集められ、大人の男たちに弄られるときもあった。

幼すぎた満成を同じ年上の稚児たちは同情し、守ろうとしてくれた。

隠れていても聞こえる、彼らの奇声に近い叫び声、肉の裂ける音、しだいに激しくなる水の弾ける音、男共の荒い息遣いが満成は恐ろしかった。


しかし、守られるには限度があった。


昼間、満成が掃除をしていると寺院に来ていた貴族たちが好色の目でみていた。

美しいという評判により、寺院の僧らに暗い部屋に連れて行かれることになった。そこで男たちは五才に満たない満成を玩具のように扱ったのだ。

まだ、良かったのが満成は幼すぎたため年上の稚児らと同じようなことをされなかったことだ。


ある日、行儀見習いに来た上位貴族の稚児が、稚児である彼らを汚いものでも見るような目で見た。

満成は羞恥よりも怒りが勝った。行儀見習いとしても、普段同じ部屋で教えを受けているものの、そのような行為に参加させられることもなく、いつも恐怖におびえているのは中稚児・下稚児の自分たちであったからだ。


さらには、母は満成の体に呪術を施そうとしたこともある。

何度も呪術のこもった水を飲まされた。直接、死に直結することは無かった。


その後幸運なことに、父が都から戻り半年過ぎた頃母が藤千代を出産し、そのまま帰らぬ人になった。父は、何も知らずに満成と接する。母の行ってきたことは母の父によってもみ消されていたから知らないのだ。満成もあえて父に話すこともしなかった。


これまで、母が喜ぶ顔が見たいがために満成は全てをのみ込んだ。しかし、母は満成に関心を寄せることもなく、また彼の幼名を呼ぶこともなかった。


***


満成は目を虚ろに過去を見ているようだった。

その瞳の奥には、深い悲しみを持っていた。


満成の声が半透明のように聞こえた。


「母様のお喜びになったお顔が見たかった」


それで、と白狐に抱き着いて泣きながら、


「ただ、ただ一言だけ……菊千代と呼んでほしかった」


その言葉を最後に、目の前に存在してはずの満成の魂は消えていった。



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